第16話
ギルドの医務室にて、僕は展開していた魔法陣を閉じ、大きく息を吐いた。
「はい、これで治療は完了です。様子見で3日は安静にしててくださいね」
僕がそう言うと畑中さんは、恥ずかしそうに後頭部を掻いた。
「いや〜…情けないねぇ…まさか自分がここまで弱くなってたとは思わなかったよ」
そう言ってもう一度豪快に笑うと傷口が動いたのか、痛そうに顔をしかめていた。
救出時、畑中さんは片桐さんと合流した地点より奥でまだ竜と戦っていた。
近くには2体分の竜の死体が転がっており、彼女の血か、はたまた返り血か、大きな血溜まりが出来ていた。
僕は急いで竜を倒し、畑中さんの下に駆け寄ると、彼女は僕の背に負ぶわれている片桐さんを見て糸が切れたように気絶した。
結局、僕は二人を担いで冒険者協会へと戻る事となった訳だが、本当に二人とも無事でよかった。
先程、二人とも治療を終えたが、どちらも深刻な問題にはならなさそうだ。
まあ、片桐さんはちょっと無理に魔法を使ったせいで、数日間は魔法を使う際に違和感を感じるだろうが、それ以外は大丈夫。
僕は椅子に背を預け、今日の事をゆっくりと思い出す。
今まで龍脈の鎮圧を何度もやって来たが、まさか「勇者」スキルの弊害がこんな形で出る事になるなんて…流石に想定外だった。
瞼を閉じると傷だらけで、藻掻く片桐さんの姿と、血溜まりの中で佇む畑中さんの姿が鮮明に浮かび上がる。
それと共に、己の脳裏にとある情景がフラッシュバックする。
……少し、気分が悪くなった。
大きく息をついて、背もたれに体重を乗せる。
そんな僕の様子を見て、畑中さんが心配そうに声をかけて来た。
「零士君、疲れてる?」
「……いえ、大丈夫ですよ」
治癒士が患者に弱っている所を見せる訳にはいかない。
それは治癒士にとって最も基礎的で最も難しい事だ。
どんな優秀な治癒士でも惨状を見れば気丈に振る舞うのは難しい、だが、そんな時だからこそ、僕たちは笑わなきゃいけない。
下がった口角を薄っすらと上げる。
「それじゃあ、僕はお暇しますね、僕が見てないからって、抜け出さないでくださいよ?」
そう釘を刺すと、畑中さんは分かりやすく目を逸らした。
僕はそんな彼女の様子を見て見ぬふりをし、冒険者ギルドの医務室を後にした。
「あ、白峰さん………」
医務室を出ると、片桐さんが立っていた。
畑中さんよりも軽傷だったが念の為、今日は早めに帰るよう伝えたはずだが……何か忘れ物でもあったのだろうか。
「片桐さん、何か忘れ物ですか?」
「…えっと、その……」
片桐さんは目線を合わせてくれず、何かを話そうと口を開いてはまごまごと動かすのみだった。
ううん……このまま待っても構わないのだけれど、僕も少し話したい事が有るしな……良し。
「片桐さんちょっと待ってください」
僕は腰に掛けてあるマジックバックから、一振りの剣を取り出した。
「これを君にと思ってたんです」
「……これは…」
無骨ながらも美しい装飾がなされた鞘に収められた一振りの剣。
柄の部分には翡翠色の魔石が埋め込まれていた。
片桐さんは鞘から刀身を取り出すと、その美しさに息をのんでいた。
「本当なら片桐さんの4級昇格祝いにと思ってたのですが…今回は僕のミスでこんな危ない目に遭わせてしまった上、剣も壊れてしまったようなので、少し早めのお祝いです。銘は【
僕がそう言うと、片桐さんは目が零れてしまうのではないかと思う程、目を見開いて、小さく呟いた。
「本当に、良いんですか?」
僕はその問いに対し、間髪入れずに答える。
「勿論、逆に受け取って頂けないと悲しくなっちゃうかもしれないです」
僕がおどけた様に笑うと、彼女は剣を鞘に納め、大事そうに抱えた。
「…絶対に、大切にします」
「気に入ってくれた様で良かったです」
柔らかな空気がその場を包み、喜ぶ片桐さんを温かな気持ちで眺めていると、受付の方から赤城部長がやって来た。
「あ〜…感動的な空気の所に悪いが、片桐、お前に本部から4級推薦状が届いた」
「片桐さんに…かなり早いような気がしますが…」
「さっき龍脈の鎮圧完了を報告した時に、【勇者】スキルの影響で出た魔物についても報告したからな、本部も実績は足りてないが実力が十分という判断を下したんだろう」
「あのふんぞり返っているだけの老人どもが」と赤城部長は面倒そうに吐き捨てると僕たち二人に視線を改めて向けた。
「と言う事で、お前たちには本部に行ってもらう」
本部…久しぶりだな、何だかんだで治療院を継いでからは行く機会も少なかったし、序に取引先に挨拶するのも良いか。
「本部なら、新幹線の予約を取らないとですね、片桐…さん?」
横を向くとそこには顔を真っ青にした片桐さんが呆然と立っていた。
「片桐」
弾かれたように片桐さんは顔を上げた。
怯えた表情を浮かべて、震える彼女に対し、赤城部長は優しく声を掛ける。
「大丈夫だ、今回は零士もいる。だから安心しろ」
片桐さんは依然として怯えたまま此方にゆっくりと視線を向けた。
何が何だか未だに把握出来ていないが、ここで安心させる言葉の一つは掛けなければ…。
「勿論!どんな事があっても片桐さんの事を守ってみせます。だから、安心してください」
僕は彼女の手を取って両手で優しく包む。
夏だと言うのに、彼女の手は氷の様に冷えていた。
「本当…ですか?」
「ええ、僕がこの1ヶ月間で嘘を付いたことがありますか?」
「……今日のダンジョン攻略…」
「うぅっ……そ、それは嘘と言うか…ドタキャンと言うか…」
僕が渋い顔をすると、片桐さんは小さく笑みを浮かべた。
そうして、憑き物が落ちた様な、スッキリとした顔で、真っ直ぐ僕の目を見た。
「白峰さん、今更ですが私の話を聞いてくれますか…?」
「ええ、どんなお話でも聞きますよ」
片桐さんは深呼吸をするとぽつりぽつりと語り始めた。
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世界観紹介
・【曉】
白峰零士が片桐六華の為に作った直剣。
陽に当てると刃がほんのりと茜色となる不思議な鉱石を使用している。
治療で彼女を【診て】その際に得た情報を基に作られた為、よくよく考えなくても作成過程がちょっとだけ気持ち悪い。
オーダーメイドした際、零士本人もこれは正しいのかと一度考えた程である。
しかしながら、その性能は非常に素晴らしく、2級冒険者になっても使用できる程度にはちゃんとした素材で作られている。
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