敵対ギルドへの襲撃

 その夜、冒険者ギルド『吹雪の旗』の施設周辺に、200人の冒険者達が集まった。

 エルドラとロネットの呼びかけによって集まった、連盟のギルドの冒険者達である。

 フルシのパーティーは実力者として街でも有名なため、二人は顔が利く。なので、人を集めてもらう様にお願いをしたのだ。


「とはいえ、短時間でよくこれだけの人数が集まったな」


「半分以上"ギルド崩し"の被害にあった冒険者達よ。職場を奪われて怒っているのは、マスターだけじゃないという事ね」


 エルドラはそう言って、魔道具の手袋をはめながら戦闘の準備をしていた。


「明日、探索隊の大規模探索があるので、声をかけても動ける冒険者は少なかったんです。本来なら、もっと集まったかもしれません」


 ロネットがやや申し訳なさそうに言う。僕としては予想以上の成果なんだけどな。


「これでも十分過ぎる人数だと思うよ。事前に調べてある限りじゃ、連中は事務員を入れてもたったの62人だ」


 二人がかりで一人を押さえったって余りが出る。しかも、事務員に関してはおそらく架空だろう。このギルドが本来の機能を果たしているとは思えない。あくまでも詐欺師たちの隠れ蓑のはずだ。


「裏口の配置が完了したわ」


 冒険者達から合図を受け、エルドラが告げる。


「よし。じゃあ、行こうか」


 僕らは先遣隊として、まずは四人でギルドに乗り込んだ。

 当然だが、ロビーにいた詐欺師たちは、何も言わずに乗り込んできた僕らへ、一斉に訝しむ視線を向けた。


「クーナさん、分かる?」


「うん。アイツらだ!」


 記憶力の鬼であるクーナさんに、覚えのある顔が無いかたずねると、一角で固まっている集団を指さした。

 その顔ぶれをよく見ると武器屋の前で絡んできた連中だった。何やら怪我の手当てをしている。


「間違いないわね。その火傷の傷、治癒魔法が効かなかったでしょう。私の火炎魔法には呪いが乗っているから、治せないのよ」


 エルドラがなにやら恐ろし気な事を言う。

 というか、火炎魔法って何だ。まさか、ギルドの中で使ったの? ギルドの入り口が吹っ飛んでいたのって、この人の仕業じゃないよね? ……まさかね。


「そりゃ、とんだ言いがかりですわ。こいつら、今日の探索でサラマンダーとかち合ってしまって、大怪我して帰って来たんですよ」


 一人の男が軽薄な調子でそう言って、僕らの前に立った。


「悪いが、君たちと問答するつもりは無いんだ。君たちが北皇系マフィアに雇われた集団だという事は分かっている。ギルド崩しの工作員だったことも調べが付いている」


「うちのマスターにした事、謝ってもらうからね!」


 クーナが男に拳を突き付けた。

 僕らの強硬な姿勢に、男の顔つきが変わる。


「ほう。それはそれは。で、アンタらたった四人で、この人数どうするおつもりで?」


 ロビーにいた詐欺師たちが一斉に立ち上がって武器を構えた。


「はぁ……二百人もいらなかったかもしれないわね」


 エルドラが呆れた様にため息をついて、指を鳴らした。

 直後、ロビー内の各所で空気が破裂した。

 爆風の如き風圧の暴力に吹き飛ばされて、詐欺師たちは宙を舞う。


「なっ、なんじゃ! ―――うびべっ!」


 目の前で狼狽えた男を、クーナが殴り飛ばした。

 それを合図に、僕は号令を発する。


「突撃っ!」


 号令と同時に、二百人の冒険者が一斉にギルドへ雪崩れ込んだ。

 施設の全周囲を完全に抑えたので、施設内からは誰も逃げられないだろう。


「僕らはギルドマスターを押さえるよ」


「了解!」


 僕ら四人は階段を駆け上がり、ギルドマスターの執務室に突撃する。

 エルドラたちが人手を集めている間に、僕とクーナは施設の間取りを手に入れていた。迷うことなく、目的の場所に直行できる。

 執務室に乗り込むと、ギルドマスターらしき男は武器を投げ捨てて両手を上げた。


「まっ、待った! 降参する。全部話すよ!」


「あれっ?」


 突然、クーナが疑問形の声を上げた。


「どうしたの、クーナさん?」


「う、ううん。なんでもない。多分気のせい」


 クーナは不思議そうにしながら、かぶりを振った。

 なんだろう。気になるが、今はそれどころじゃない。


「貴方、北皇人じゃないわね。マスターはどこ?」


 エルドラが男に問う。


「ここのマスターは私だ。別にオーナーがいるんだよ」


 なるほど。書類上はともかく、以前と同じという事か。


「そのオーナーはどこにいる?」


「そっ、そんな事言ったら殺されちまうよ」


「ほう、自分の立場が分かってない様だな」


 唐突に別の男の声がして振り向くと、部屋の入り口にデイビスの姿があった。


「良いタイミングだ、デイビスさん」


 そろそろ来る頃だと思っていた。


「どうしてここに?」


 首を傾げるクーナに、デイビスが種明かしをする。


「ギルドで騒動があれば、憲兵隊が鎮圧のために出動するのは当然だろう。そこの兄ちゃんは、俺達が来る理由をわざわざ作ったんだ。でなきゃ、誰がこいつらを逮捕する?」


 ギルドマスターがこの場ですべてを自白するのなら、今手元にある証拠だけでなんとかできる。

 非常に力業で、その場の運に左右される方法だが、手順を詰める時間が今回は惜しかったので仕方がない。


「戦力は私一人で十分って言ったのに、わざわざ人数を集めさせたのはそういう事?」


 どこか呆れた様に、エルドラが訊いてきた。


「いろんなギルドから人が集まっていた方が、大捕り物の題目が立つだろう? 少人数じゃ、ただのカチコミだ」


「やってることは変わらないわよ」


 エルドラは肩をすくめて呆れ笑った。


「まあ、何はともあれ、お前は捜査に協力する義務がある。話せば刑は軽くなるし、黙ってるなら今度の横領は全てお前の罪になる。外国のごろつき共からは守ってやれるが、この街の冒険者はおっかねえぞ。どのみち死ぬな」


 冷徹にそう言い放つデイビスへ、男が非難の声を上げる。


「憲兵が脅しかよ!」


「別に。ただそうなる事実を述べたまでだ。どうせお前はジョンの手駒だろう? こうなった時点で切り捨てられるさ」


 デイビスのその言葉で、男は観念した様だった。


「……分かった。憲兵さんの言う通り、"ギルド崩し"を仕切っていたのはジョン・カリアビッチだ。俺たちは彼に雇われて、命じられるままギルドを潰して回っていただけで、理由は知らない」


 やはり、あの男が絡んでいたか。

 王国と北皇国の関係が昔から悪い事もあって、この新大陸の植民地においても北皇国人は受け入れられていない。

 そのため、マフィアの様な連中がこの街に根を張る事がそもそも困難な状況だ。

 そんなこの街で北皇国系のマフィアを名乗るのなんて、本当に珍しい事なので最初から見当はついていた。


「カリアビッチはどこにいる?」


「居場所までは知らない。ただ、あの人は本国からこの街に組織を定着させることを命じられている。その為に、最近どこぞのギルドの大物と手を組んだって話だ」


「どこのギルドだ?」


「そこまでは、分からないよ」


 男からは大した情報は引き出せそうになかった。思ったよりも成果が無い。


「まあ、いい。より詳しい話は署の方できっちり聞かせてもらおうか。お前を逮捕する」


 デイビスがそう告げると、後ろで控えていた憲兵たちが男に枷をはめて連行していった。


「アイツが何かしゃべったら、最優先でお前さんに知らせよう。下の連中も全員押さえたし、ミニケ嬢襲撃に関しても、しっかり対処しておく」


「ありがとう、デイビスさん」


「それで、収穫はあったか?」


「まだ何とも。ただ、やり取りの記録がここに残っているかもしれない。彼の証言を聞くよりも、その方が確実だ」


 僕は執務室を見渡す。この部屋だけでも、結構な数の資料が保管されている様だった。

 それらの中身を確かめれば、何かしらカリアビッチに繋がる手掛かりが見つかるはずだ。


「やれやれ。今夜は長くかかりそうだな」


 苦笑いを浮かべて、デイビスがかぶりを振った。

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