異世界に住む、女の子を僕は好きになりました

もち雪

魔王が来たので

第1話 プロローグ

 大学受験をへて、なんとか大学生になった僕。


 慣れない一人暮らし、慣れない大学生活にだいぶ疲れがたまり、永遠に寝ていたい。しかしそう言うわけにもいかずに、帰宅後、ふたたび買い忘れた今日の晩御飯と明日のパンの買いだしへ出る事になった。


 ――実家では黙っていれば出て来るのに、本当に面倒くさい。


 玄関の鍵を閉める時、いつもネームプレイと見てため息が出る。『草薙ハヤト』カタカナの名前は、簡単に書ける分、字のうまさが露骨に出る。今回は、上手く書けないパターンだった。


 今日もネームプレイとの名前の不格好さには、目をつぶり、スーパーへ行くためアパートの前の道へと出る。


 数件ある住宅の前を通ると、この市で結構有名な公園の中へと入って行く、ここを抜けると断然スーパーには近いのだ。


 4月桜の花が残る公園の芝生の上には、ビニールを敷いた花見客がちらほら見える。まだ日が高いこの時間には、静かにお弁当を食べている人達や、花見より仲間の楽しいおしゃべりに夢中の人達が多い。


 そう思いながら歩いていると、僕は足をとめる。


 目の前のベンチに座ってた女の子から、僕は視線を外せなくなったからだ。


 帽子をまぶかにかぶり、そこからゆるく編んだ銀色の髪を見る事ができる。ひざの上に大きな地図を広げながら彼女は、今年最後の桜をただ眺めていた。


 桜の花を眺めているだけの、外国から来た観光客の女の子。もう会う事のない女の子。そんな彼女が僕を見た。


 僕は、視線をすぐ逸らし、歩きだすべきだった。ナンパなんて今までした事はないし……。


 しかし彼女は、ひざの本を手に持ちながら、ベンチから立ちあがると僕に向かって「こんにちは」と、彼女は言った。


 僕も「こんにちは」と、もちろん答える。


「駅に行きたいのですが、連れて行って貰えないでしょうか?」


「僕もそっちの方向へ行くので、大丈夫ですよ」と言って、しまったと思った。


 僕の今の進行方向だと、駅は真逆の方向だったからだ。

 しかし動じず、今来た道を引き返す。


 彼女は、クスクスと笑い。


「わざわざ、ありがとうございます」


 そう言って、僕の横に並ぶ。


 彼女は、銀色の髪に珍しい金色の瞳で、流暢な日本語で話したので僕は思わず「日本語、お上手ですね」と言ってしまった。


「日本に住んでいるわけではないのですが、日本語で話す人がいつも身のまわりにいるので、日本語が一番上手く話せるんですよ」と彼女は笑った。


「こちらへ観光ですか?」


「いえ、仕事で、義理の父の仕事を手伝っているので、その調査です。でも……」


「でも?」


「あまりに桜が見事なので……、公園内に入って美しい桜に魅入られてしまいました。義理父の友人も、桜が好きなので見せてあげたいのですが……、なかなか遠くて……でも、大切なものもみつけられたようですし、来て良かったです」


 そう言って僕に笑いかける。


「それは良かった、では、そろそろ駅が見えて来ました。ほらあそこ」


 僕はタクシーも居ない、人気ひとけのないロータリーの向こうの白い建物を指差す。


 そして彼女に向きなおった時の彼女の瞳、深い金の瞳を見た僕は、あわてて鞄にいつも入れてあるボールペンを探し、取りだした。そして財布から出したレシートを、そこに僕の携帯番号を書いて渡した。


「あの……レシートで気が利かないけど……ここに僕の携帯番号を書いたのでまた、またこちらの方へ来たら電話して、いや、来なくても電話してください。是非に」


「あ……」

 彼女の様子に戸惑いを感じて、僕は激しく後悔したが、また、彼女がここへ訪れるとは限らない。だが、後悔は無かったが、祈るような気持ちでその後の言葉を待つ。


「私の住んでいる環境では、電話機自体が貴重なものになっているのです。でも、義理父になんとか頼み込み絶対電話しますね。ありがとうございました」


 彼女は、深々と頭を下げた、次に彼女が頭を上げた時、彼女の帽子は無かった。そのかわり頭の上に、もふもふとした三角の耳があった。


「えっ……おみみ」


 僕がそう呟いている間に、慌てて両手で頭の上にある三角の耳を隠す。


「狐の耳は嫌いですか?」


 彼女は、少し泣きそうに、目を潤ませ僕に聞く。


「えっ……と、触ってみたい……かな?」


 僕の答えを聞いて彼女は、顔を赤くして……。

「エッチ……」と、呟いた。とても、可愛らしい声で呟くと、ちょっと褒められたような気さえする。


 その時、僕と彼女の間に少し強い風が吹くと、彼女の帽子が風に乗ってさらに遠くへと転がって行ってしまった。僕は慌てて彼女の帽子を拾う。


 しかしその一瞬の間に彼女は、どこにも居なくなっていた……。まるで、この世の者ではなかったように……。



 その後、駅のホームまで降りたが、彼女はやはりどこにもおらず、僕は何も買わずに家へと帰った。そして彼女の帽子をいつでも見える位置に飾って、ながめ、その日を過ごした。


 その夜は、何度も彼女の事を思いだし、『エッチ』と言われない解答を考えはしたが、最終的に……。


 ――君の全てが好きだよ。って解答を出し、そんなの絶対に引かれるに決まっているだろう!?と、頭を掻いた。


 しかし帽子はすぐに、何も手につかなくなるって事で、僕の新しいタンスの奥へと大切に箱に入れてしまったのだった。


 続く 

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