4.そのころジョンは

 ノハを乗せたそりが山の頂上に移動したのは、一瞬の出来事だった。周りの人にとっては「あっ」と声に出す時間さえも与えられないほど。頂上にいるノハをみて、みなが唖然あぜんとした。ジョンは混乱しながらもノハを助けようと一歩足を踏み出した。


「痛っ」


 一気に気温が低下、顔に当たる風が痛い。猛吹雪となる危険を感じる。ナックが転がりながら斜面を落ちて来た。急いで、ナックを受け止めている間にも風は激しさを増す。


バリバリバリ、ズドドドン。


 雷まで鳴り出した。稲妻いなずまが光を放つとすぐに雷鳴らいめいが聞こえる。すぐ近くだ。まずは子どもたちの安全を最優先にしなければ。


「おーい、みんな急いで降りてこーい」


 ジョンの怒鳴り声に、ハッとした子どもたちは次々とそりで降り始めた。ロールやミークの家族は親の代、いやそれ以前から交流がある。子どもたちにとって、ジョンは自分の家族みたいな存在だ。子どもたちはみなジョンを信頼しているし、ジョンも自分の子と同じように大切にしている。子どもたちはジョンの元へ必死に向かっていった。ノハ以外全員合流したことを確認したジョンは、ナックを抱きかかえ、風の音でかき消されないよう、大声でみんなに声をかけた。


「一旦、引き上げよう。オレが風避けになるから、みんなは一列で歩いてこい。最後はロール」


「おじさん、わかった。さあ、歩こう。ここにそりは置いていけ」

 最年長のロールはみんなのリーダー的存在。テキパキと他の子どもたちを整列させる。ミークとロール間にミークの弟を並ばせた。


「オレが一、ミーク二、ロール三 掛け声かけるぞ。みな離れるな」

「わかった!」


 ミークとロールが返事をして歩き出した。雪の非常時の対応は日頃から教えられている。ミークとロールは冷静に対応していた。

 一、二、三……、 一、二、三……掛け声とともに進む。次第に視界が見えなくなってきた。行く手をはばむような冷たい風と雪がみんなの身体にぶつかる。そしてみんなの上に容赦ようしゃなく雪が積もっていく。

 雪のかたまりが一列になって歩いているようだった。雪のない日なら、簡単に歩ける距離だけれど、今日は思い切り前に足を出さないと進まない。それでも、みんな必死に足を動かした。

 


「みんなよく耐えたな。すごいぞ」

「疲れたー」


 やっとの思いで、ノハの家にみんなが到着。表情の抜け落ちたミークの弟は床にへたり込み、ミークとロールが頭や肩などにたまった雪を払っている。みんな手足の感覚がなくなりだして、動きが鈍い。

 ジョンは、ナックを抱きながら、ルカと共にベッドのある部屋へ向かっていった。


「ルカ、落ち着いて聞いてくれ。ノハが森の中に入ってしまった。雪が強くなり出したから、ノハをおいて戻ってきた。詳しいことは後で話す。それより子どもたちが凍傷とうしょうしかけている。今家にいる子どもたちを生かして欲しい」


 一気にそう言うと、強い目でルカを見つめた。ルカは、途中から大粒の涙がこぼれたけれど、取り乱したりせずに大きく頷いた。


「わかった。子どもたちを着替えさせるわ」

 ここにいないノハを思い悲嘆にくれることではない、戻ってきた子どもを生かすことだ。今やるべきことを定めると急いで部屋から出ていった。


「ナミ、ノハは大丈夫。軽く雪を払ったら暖炉だんろのある部屋に連れて行って。ララと二人で温かいものを運んできて」


 ナミはララと一緒にみんなを暖炉のある部屋に連れていき、温かい飲み物を配りはじめた。ルカはジョンの洋服をありったけ持って来て、濡れた洋服を脱がして着替えさせていく。冷たさで身体が動かなかった子どもたちが回復するにつれ、段々と口数が増えていきにぎやかになった。ナックをベッドに寝かせて、応急対応していたジョンがみんなのいる部屋に戻ってきた。


「ナックは、足を打撲しているが、他は大きな怪我はなさそうだ。このままこの家で寝かせよう。ララ両親に伝えてくれ」

「はい、ナックをよろしくお願い

します」


 緊急の連絡手段は、街の所々に設置してあるかねを使う。非常時に鳴らす回数はニザの住民はみんな知っている。鐘を鳴らせば、人は集まってくる。けれど、ジョンはこの雪の状態でノハの救出のために自分以外を森に行かせるのは悪手だと判断した。みんなを巻き込んでしまう。鐘はならさない。今は子どもたちを家に帰すのが最優先だ。


 森の方と街に近い方では空の様子が全く違うようだった。ノハの家は森に一番近く、森の吹雪の影響をもろに受けている。ロールやミークたちを家に帰した方が安全だろう。ノハの家はベッドも人数分しかない。少し雪が弱まった頃合いを見計らい、ジョンはミーク兄弟を家まで送り、ロールはララを連れ手分けして帰ることになった。

 

 ジョンがミーク兄弟を送り届けて、家に戻ると雪はさらにひどくなり、風はうなり声をあげ、時折雷がとどろいていた。


「ノハを探しに行こうかと思っていたんだが……」


 雷の光は、外全体を遠くまで映し出していた。ジョンは激しさを増す外の景色を見て顔をゆがめた。ルカが心配そうに夫の背中に手を触れる。吹雪の音に混じって、ジョンの歯ぎしりの音が聞こえるようだった。

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