第11話 出題編2-3 渦巻く吹雪

 案の定、凪沙が冷静に状況を説明し修一が亡くなっていること、そしてその犯人は館の中にいることを説明したけれども英二たちは凪沙のいうことには従わずに部屋へと戻っていった。幸い、二人の部屋は近いからと中道さんが注意をしてくれるらしい。さすがに今日は何もないだろうと思うけれども、そういう油断はいけない。あくまで依頼を受けたのは増吉の死を調べることだが、さすがにそんなことは言っていられなかった。これ以上の殺人は防がなければならない。


 凪沙は食堂の椅子に座ると、天井を見た。はっきりとしたシャンデリアの明かりをぼんやりと眺めている。そんななかで私は一通りの話が終わっても食堂に残っていた久米さんに話を聞こうと隣に腰かけた。


「あの、久米さん。聞きたいことがあるんですけど」


 胸のポケットからメモとペンを取り出して、膝を久米さんの方に向ける。

「おや、もうすでに一本だたらの伝承は話し終えましたよ。中断されてしまいましたが、あんなボートを壁を破るほどの勢いでぶつけるのも一本だたらの怪力が無いと不可能でしょうから。ああ、修一様は残念なことです」


「いえ、そのことではなくて。今度はこの家と椋木グループについて聞きたいんです。話を聞いている限り、久米さんが最も古株だそうなので」


 そう言うと、ほとんど糸目だった久米さんの目が小さくピクリと動いた。明らかにそれは、こちらの言葉に反応してのものだった。


「いえ、私は料理しかしないものですからそう言ったグループのことには」


「ならそれでいいんです。久米さんから見てこの家の人間関係。四葉さんにここに来るとき、四兄弟が全員この館で育ったことや久米さんと中道さんは四葉さんが生まれた時からここで働いていると聞きました。どれほど小さなことでもいいんです。なんでも思い当たること、どうして増吉さんと修一さんは狙われたのか教えてもらえませんか? わからなければ、久米さんがどうしてここに来たのかを教えてください」


 久米さんはじっと私の方を見ている。降りてきた瞼の奥に鋭い眼光を感じる。じっとこちらを観察しているようで、少し怖くなってきたけれどもここで引くわけにはいかない。お年寄り特有のこちらの全てを見透かすように柔らかくも強い視線。しかし、ここで退くことはできない。凪沙は今も頑張って考えている。


「わかりました」


 私の熱意が通じたのか、久米さんは諦めたように頷いて話を始めた。おそらく、昔からこの家で暮らしてきて話したくないようなこともあったのだろう。


「私がここに雇われたのは、十八歳の頃でした。そのころはまだ増吉様が椋木家の当主ではなく、父である忠道様が椋木家を支えておりました。ですが、そのころはまだ椋木の家は大きくなくあくまで一企業であり、今のような日本経済界を支えた大企業という様なことはありませんでした。それでも、椋木家はしっかりとした家であり、忠道様は若くして父を亡くしてお金のなかった私を雇ってくださいました」


 久米さんの目には様々な感情が宿っていたけれども、その時は懐かしむように優しい表情をして憧れのものを見るかのような目をしていた。


「そこから働いているうちに、忠道様は癌で亡くなられて増吉様が当主になられました。昔は優しく、私にも接してくださっていたのですがまだ二十代の前半で家を継ぐことになった増吉様には様々なものがのしかかっていたのでしょう。やがて私たち使用人に冷たく当たるようになり、そのころに共に働いていた数人は解雇されました。そして、同じころに増吉様は造船業を営んでおられた父を持つ幸代様をこちらに迎えられました。そして、同時期にやってきたのが中道さんです」


 久米さんは指を使って丁寧に思い出しながら話す。それは、まるで自分の家族を語るようだった。彼女にとって十八歳のころから雇われていた椋木の家はまさに世界なのだろう。この山奥で年中無休で働くのはどんな人生なのだろうか。


「私はあくまで使用人でありましたが、中道さんは元々は幸代様のお父様の秘書を務めておられました。しかし、幸代様が嫁入りをするタイミングで増吉様に仕え始め、彼の献身的なサポートと幸代様の実家による援助で椋木の家はたちまち大きくなり、ちょうど好景気もあいまって家はますます成長しました。しかし、ここで思い当たることがございます」


「それはなに?」


「聞いてたんですか」


 先ほどまでだらりとソファーに身体を預けていた凪沙は、いつのまにか後ろに回り込んでクッションを抱くように私の体に手を回していた。しかし、久米さんはそれを気にすることなく話を続ける。


「実は、結婚から三年ほどしてから幸代様の父とその弟様。幸代様から見ると叔父にあたる人物が続けて亡くなったのです。幸代様には兄弟はおらず、その会社は幸代様の叔父が継ぐものだと考えられていたところを続けて亡くなられたことで会社は幸代様。ひいては増吉様が実権を握ることになりました。数少ない血縁を失った幸代様はひどく傷つかれ、その頃から増吉様との仲には隙間風が吹くようになりました」


「なるほど、つまり増吉が義父とその弟を殺害した可能性があると」


 確かに久米さんの話を聞く限りはそれはドラマならあり得そうな話だとは思ったけれども、凪沙はそれをはっきりと口にした。


「いえ、私の口からはっきりとそんなことを申すことはできません。あくまで、思い当たることのみでこの家しか知らぬ老人の戯言でございます」


「じゃあ、もう一つだけ聞きたいんだけれども」


「はい、なんでしょう」


「その幸代さんはもう亡くなっているんでしょ。血のつながりがあるのはあの三兄弟だけなの? そこまで大きな企業だったら別系統の血筋もありそうだけど」


 久米さんはすっと首を振って、それを否定する。


「いえ、私はさすがにそこまではわかりません。中道さんはともかく私は生まれてからずっと椋木に仕える人間ですから。そんな人がいたとしても今、どこで暮らされているのか、そもそもご存命なのかは家の者は誰もわかりません」


「なるほどねえ」


 おそらく凪沙の頭では、幸代の関係者。例えば幸代の別系統の親族や元々の会社にいて幸代の父を慕っていた人物による犯行。そんなストーリーが組み上げられているのだろう。もちろん、私もその可能性は考えた。


「ありがとう、よくわかったわ。また何か気が付いたら教えて頂戴」


「わかりました。どうか、お気をつけて」


 凪沙は憧れの昭和ミステリーらしき展開にはしゃいでいたせいで全く気が付かなかったけれども、私にははっきりと見えた。最後にもう一度、部屋を去る前に軽く会釈をした瞬間に久米さんのほとんど動かなかった目が悲しそうだったことを。



 久米さんとの話を終えて戻ってから一人で少し考えを整理したいからと部屋を追い出された私は、ついで誰かから話を聞けないかと思ってぶらぶらと廊下を歩いていた。やっぱり私の中で話を聞きたいと思っていたのは柴崎さんと今泉さん。


 やはり同年代の私からしてどれくらいの給料でどれくらいの仕事量かはわからないけれどもこの辺境の館で年がら年中働くというのは考えられなかった。せめて、なにか二人に納得できる理由があるのならそれを知りたかった。


「あら、渡橋さん。どうされました?」


「あの、今泉さんか柴崎さんにお話を聞きたいなと思ってて探しているんですけど」


 私がそう聞くと、四葉さんは廊下の奥を指さした。


「今泉さんは洗濯と掃除で忙しいですけど、柴崎さんは休憩していたと思うので部屋にいると思いますよ。ご存じかもしれませんが、部屋はあちらです」


「わかりました、ありがとうございます」


 すぐにドアの前に立った私は、少しだけ緊張していた。部屋に入れば、柴崎さんと二人きりだ。しかし、意を決してドアを三回続けて叩いた。


「どうぞ」


 返事を聞いてから踏み込むと、部屋の中にはすっぱいシトラスの香りが充満していた。そして、その先に柴崎さんがいる。ソファーにだらりと腰かけ、こちらを一瞥してからふっと息を吐きだした。白い煙が、黒を基調に作られた館の壁に良く生えている。メイドの服を着て、すらりとした柴崎さんがまるで絵画の様だった。彼女はすっと立ち上がると、私の方をみて確認する。


「煙、大丈夫な方ですか?」


「はい、私は平気ですけど」


 私が返事をするよりも早く、柴崎さんは頷いて再び水煙草シーシャを吸いだした。部屋の中には、さまざまなアンティーク家具が並べられており、どれ一つとして同じものは無かった。しかし、よく見ると部屋の一角には乱雑に洋服が積み上げられており、その横には下着類も散乱している。お洒落な内装の割には整っていなかった。この部屋に今泉さんも泊っているらしいから仕方がないと言えばそうだ。


「それで、なにか御用でしょうか?」


「あの、増吉さんと修一さんが殺害されたことで何か思い当たることがないかと話を聞いているんです。何か思いだせることがあれば何でも話してください」


 柴崎さんは溜息をつくように大きく息を吐き、それと同時に煙が私に向かって飛んでくる。生暖かい煙の臭いがした。柴崎さんはじっと私の目を見つめた。その表情は、妙に艶めかしい。何かの罠かとも思ったけれども、私はまっすぐに彼女を見返した。すると彼女は少し笑ってから、口を開いた。


「わかりました。ちょっと考えさせてください」


 そう言うと柴崎さんは目を閉じて、ソファーに座り直した。彼女が指でさししめしたのを見て、私も部屋にあった椅子に腰かけて柴崎さんの言葉を待つ。しばらくすると、柴崎さんはすっと目を開けて再び私の方を見てくる。柴崎さんに聞こうと用意した質問の答えが返ってくるまでの間、じっと柴崎さんを見つめていた。しばらくすると、ようやく彼女は口を開けた。


「いろいろと考えてみましたが、誰が犯人とかそういうことは思いつきません。会社の運営で何かあるのかもしれませんが、私や今泉は会社の事はほとんど知らされず、ただ家事をする機械として雇われていますから興味もありません。そういうことは中道さんが良く知っていると思います」


「では、失礼かもしれませんが増吉さんや修一さんの人間性に何か殺害されるような問題はありませんでしたか?」


「やはり女性関係ではないでしょうか」


 女性関係。その四文字がはっきりと脳の中に浮かんでくる。


「増吉様のことは詳しく知りませんが、修一様、英二様、雄三様が酔っぱらっているときに話していたのを聞いたことがあります。この椋木の家に生まれた以上は増吉様のように政略結婚というか親に決められた相手と結婚しなければならない代わりに昔からその莫大なお金で女性と遊んでいたようです。そのことが今回のことに関係があるのかはわかりませんが」


 修一が殺された理由、そして英二と雄三が狙われる可能性。


「あとは単純に跡目争いとかですかね。増吉様が遺書を残されなかった以上は修一様が椋木グループを継ぐことになるとは思っていましたが、こうなっては英二様が犯人でなければレースは英二様と四葉様になる。私に思いつくのはこれくらいです」


 そう言うと、柴崎さんはシトラスの煙が充満した部屋の窓を開けて外を覗いていた。外はずっと叩きつけるほどの猛吹雪が続いていて、吐き出した煙がすぐに攫われていく。また夜にはさらに強い吹雪に見舞われるという予報が来ているのでできれば外に出て修一を押しつぶしたボートがあった場所を見てみたいけれども、積もった雪がそれを阻んでいた。


「ありがとうございます。あと、もう一つだけいいですか?」


「なんでしょうか?」


「柴崎さんがここで働いている理由は何ですか?」


 その質問を私が口にすると、柴崎さんははっきりとその表情を曇らせた。明らかにこちらを警戒している鋭い視線が体に突き刺さった。だけど、私から見れば最も不思議に感じることだった。この館に捕らわれてまでここで働くことに何の理由があるのか。私の引かない視線に観念したのか柴崎さんは話を始めた。


「昔、水商売をしていたことがあってその時に増吉様に拾われたんです。その時に抱えていた借金もすべて肩代わりしてもらっているのでその恩ですね」


「なるほど、すみません。嫌なことを思い出させてしまって」


「いえいいんです。ですが、もうそろそろ休憩を終えないといけないので少しだけ一人で休ませてもらえませんか?」


 そう言われてしまえば私には返す言葉がない。すごすごと部屋から退散した。

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