第二章:学園の幕開け



春の風が吹き抜ける朝、名門・セレニア王立学園の正門前には、色とりどりの制服に身を包んだ生徒たちが集まっていた。

その中に立つローラは、誰よりも静かに、しかし確かな足取りで校舎へと向かっていた。


(ここが、全ての始まり……)


この学園こそが、ゲームの舞台。

そして、断罪イベントへと続く運命の中心でもある。


だがローラはもう、何も知らない無垢な少女ではない。

前世での苦い記憶と、そこから得た知識が、彼女を支えていた。


入学式のあと、クラス分けが発表され、生徒たちは新たな出会いに胸を膨らませていた。


「ローラ様、私たち同じクラスでしたわね。うれしいです」

そう声をかけてきたのは、モニカ・エインズワース。

柔らかな金髪に笑顔を浮かべたその姿は、誰もが羨む完璧な令嬢——のように見える。


(あなたが、私を貶めた張本人……)


ローラは穏やかに微笑み返す。

だがその内心では、かつてモニカに裏切られた日のことが鮮やかによみがえっていた。


「ええ、モニカ。これからよろしくね」

声色ひとつ変えずに、ローラは演じる。

前世とは違う未来を掴むために、まずは敵を知ることから始めねばならない。



学園生活は、華やかで騒がしい日々の連続だった。

貴族の子女たちが集まるこの場所では、優雅な授業と社交のルールがすべてを支配していた。


「ふむ、あなたのステップ、少々ぎこちないですわね」

舞踏の授業中、教官の厳しい声が響く。


ローラは笑みを浮かべたまま、前世の知識を使って華麗に舞う。

ひとつひとつの動作に無駄はなく、堂々とした所作が周囲を圧倒していく。


「……ローラ様、まるでプロのようでしたわね」

モニカが横目でローラを観察する。


(前と違う。あなた、何かを知っている……?)


彼女の瞳に、ごく僅かな焦りが浮かんだ。



その日の午後、ローラは図書館の奥で一冊の記録書に目を通していた。

王族の系譜、貴族間の力関係——ゲームでは背景に過ぎなかった情報も、現実では生きた武器となる。


(このまま何もせずにいれば、また破滅が待っている。でも……)


ページをめくる指先に力が入る。


(前世では見落としていた、もう一つの選択肢があるはず)


その時、足音が近づいてきた。


「ここにいたのか、ローラ」


現れたのは、クリス・ルグラン。

銀の髪に鋭い瞳を持つ王国の第二王子であり、ローラの婚約者——であるはずの人物。


しかし彼の表情はどこか冷たく、距離のあるものだった。


「君が入学式で一番の成績を収めたと聞いた。……見違えたな」


「ありがとう、クリス様。でも、見た目だけじゃ何も変わらないわ」


ローラは微笑みながらも、心の中でため息をつく。


(この距離感……やっぱり、モニカが間に入ってる)


彼女の記憶では、モニカは巧みにクリスの信頼を得ていた。

ローラが嫉妬深くて高慢だと、少しずつ印象操作をして——それが断罪の伏線となったのだ。


(でも、今の私は違う。騙されるのはもうたくさん)


ローラは静かに目を伏せる。

心の奥に、熱く燃えるような決意が宿っていた。


「私は……この学園で、変わってみせる。もう誰にも振り回されない」


小さく、でも確かに呟いたその言葉は、誰にも届かなかった。

だがそれは、ローラが本当の意味で“自分の物語”を生き始めた瞬間だった。

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