悪役令嬢転生
クロネコ
プロローグ:静寂の中で
母の棺がゆっくりと地中へと降ろされていくとき、空は曇天だった。
まるでローラの心を映すかのように、重く、鈍く、冷たい雲が空を覆っていた。
「……ママ……」
何度呼んでも、もう応える声はない。
幼い頃からずっとそばにいてくれた、優しくて、強くて、温かい人だった。
その存在が、たった一瞬で、永遠にいなくなってしまった。
喪服の裾を握りしめた指先に、土のにおいと涙がにじんだ。
周囲では貴族たちが形式ばった言葉を並べ、慰めのようなものを口にしていたが、何一つとして心には届かない。
声も、景色も、すべてが薄い膜の向こう側にあるようだった。
まるで、自分だけが別の世界に取り残されたかのように——。
•
それから数日、ローラはほとんど言葉を発さず、自室で静かに過ごしていた。
だが、眠るたびに、奇妙な夢を見るようになった。
それは夢というには、あまりにも鮮明すぎた。
——炎の前で泣き叫ぶ少女の姿。
——誰かに侮蔑の目を向けられるパーティー会場。
——そして最後に、自分の名が断罪される声。
(……これ、知らないはずの景色。なのに、なぜ?)
ある夜、夢から目を覚ましたとき、ローラの額には汗が滲み、心臓は激しく脈打っていた。
そして、その瞬間だった。
——記憶が、流れ込んできた。
言葉では言い表せないほどの情報と感情が、一気に脳内を駆け巡る。
まるで誰かの人生をなぞるような、しかし、それは確かに「自分のもの」だった。
(これ……わたし……?)
断片的な場面、名前、感情。
そして——一つの確信が胸を締めつけた。
(わたしは……ゲームの中の悪役令嬢、「ローラ・ヴァレンティア」……?)
息が止まりそうになった。
あり得ない。そんなこと、あるはずがない。
けれど、心のどこかで分かっていた。
自分はこの世界で「演じる」立場ではなく、「やり直す」立場にあることを。
母を失ったばかりの混乱の中で、現実と記憶が交錯し、ローラの心は限界に近づいていた。
「……どうすれば……また、同じことになる……」
そう呟いたその時、不意に母の声が脳裏をよぎった。
——「どんな時でも、自分を信じて。あなたは、あなたよ」
涙が頬を伝った。
その温もりだけが、現実と幻想の狭間で揺れる彼女の心を、わずかに繋ぎ止めてくれた。
「……うん……私は……変わらなきゃ……」
そうして、夜が明けた。
静寂の中、ローラは立ち上がる。
まだ痛みは癒えていない。けれど、もう目を背けるわけにはいかなかった。
——これは“ゲーム”なんかじゃない。
——これは、私の人生。
それが、彼女の第二の物語の、始まりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます