17 ダンスパーティー
ロングハート家のパーティーに出るのは、始めてだった。
馬車で屋敷の前まで送ってくれたのは、エルトンだ。屋敷の前には今日のパーティーに出席する貴族や豪商たちの馬車が並んで渋滞しているほどだった。エルトンにお礼を言い馬車を降りたロレッタは、緊張しながら招待状を玄関で見せて中に入る。
すぐにクララが見つけてくれて、「ロレッタ」と声をかけてきた。エントランスホールで待ってくれていたようだ。その姿を見るとホッとして、駆け寄ってきた彼女と手の握る。
「来てくれてよかった! 断るんじゃないかと思ってたのよ」
「そう思ったんだけど……ディランが行ってきたほうがいいというから」
思わずそう答えると、クララが面食らった顔をする。
「あなたたち、もう夫婦みたいね」
「まさか! お屋敷にご厄介になっているだけよ」
「でも、名前で呼び合うほど親しくなっているなんて驚きだわ。きっと、相性がいいのね。てっきり、彼も一緒に来ると思っていたのに」
「ディ……アスター卿は、お屋敷にいると思うわ。頭痛がするとおっしゃっていたから、体調が優れないのではないかしら」
クララと並んで正面の大階段を上がりながら、声を小さくして答える。
本当は元気一杯で、ドレスや装飾品を楽しそうに選んでくれた。
「そうなの? それより、今日のドレス、とても素敵だわ」
手持ちのドレスを、エルトンとアンナがケンカしながら直してくれた。ディランは新調すればいいと言っていたが、ロレッタが断った。婚約の申し込みを正式に受けたわけではないのに、そこまで世話にはなれない。
かわりに、『これを』と渡してくれたのはあのラピスラズリのネックレスだ。ラピスラズリの石をはめ込んだ台座は立派なものに変えてあり、チェーンもパールになっていた。石は外せるようになっていて、元のネックレスにもすぐに戻せるようになっている。
「ありがとう。クララはいつも素敵よ」
クララは笑い返してから顔を寄せてきた。
「今日のあなた、すごく注目されてるんだから気をつけて。エミリーたち、あなたに意地悪するつもりなんですもの」
囁かれて、少し顔を強ばらせて頷く。そういえば、階段で談笑していた女性たちも、さりげなく視線を向けてくる。ドレスや装飾品、髪型まで、話題にして吟味しているのだろう。
(私、すっかりディランの婚約者候補ということになっているんだわ……)
やはり、彼と一緒に来なくて正解だったと、密かにため息を吐いた。
大広間に入ると、楽団の奏でるワルツに合わせ、優雅にダンスが行われている。
緊張しながら、手袋をはめた手でスカートを握り締めた。クララは「大丈夫、ほら行きましょう」と、小声で言って背中をそっと押してくれる。
(そうね。クララがいるんだから……大丈夫だわ)
彼女が一緒にいてくれることが心強い。
「あら、本当にいらしたのね。お二人とも」
扇で口もとを隠した女の子たちが、クスクス笑いながらそばにやってきた。その真ん中にいるのは今日のパーティーの主役でもあるエミリー・ロングハートだ。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
ロレッタは緊張しながら、膝を軽く折って挨拶をした。
「相変わらず賑やかで派手なパーティーね、エミリー」
ニコッと笑ったクララは、彼女に手を差しだしていた。それを無視して横を向いたエミリーは、すぐにロレッタのドレスに目をやる。
「あなたってば、そのドレスしかお持ちではないの? そんな古くさいドレス、田舎のパーティーにだって着てくる方はいなくてよ?」
「あら、ロレッタのドレスは素敵よ。今日のドレスは彼の婚約者であるディランが選んでくれたものですもの。ねぇ、そうよね。ロレッタ。彼ってばとてもセンスがいいわ」
クララが笑顔で言うと、エミリーの作り笑いが消えて、不快そうな表情に変わっていた。
「まぁ……そうなの……きっと、他に似合うドレスがなかったのね。ずんぐりしたドレスがよくお似合いよ。ロレッタ」
エミリーが皮肉っぽく言うと、周りの取り巻きの女の子たちが顔を見合わせて忍び笑いを漏らしていた。
「ありがとう……エミリーのドレスはとても華やかで綺麗ね」
エミリーの着ているドレスはバラ色で、襟元や裾にも薔薇の飾りがたっぷりつけられている。腰や袖、襟元はパールがあしらってあった。
「ええ、そうね。ドレスはね」
クララが意地悪くクスッと笑うと、エミリーは顔を赤くしてプイッとそっぽを向いた。「行きましょう。他にご挨拶する方たちがいるので失礼」と、そばを離れていった。その一瞬、向けられた冷たい棘のある視線にビクッとする。
「案外あっさり撃退できたわね。やっぱり、アスター卿の名前の効果って絶大だわ」
クララは腰に手をやり、肩を竦める。ロレッタは「クララったら」と、思わず苦笑した。クララはシャンパングラスを二つ受け取ると、その一つをロレッタに渡す。
「敵地の真ん中だけど、せいぜい楽しませてもらいましょうよ」
そう言うと、彼女はニコッと笑ってグラスを合わせた。
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