幕間20
音声が途絶えたその瞬間、部屋の家具ががたがたと音を立て始めた。背後からぎしぎしと、特に大きな音がした。パソコンの画面から目を離し、勢いよく後ろを見る。
私の目に映ったのは、こちらに向かって降ってくる本棚だった。
「——ということがありまして」
「……いや、元気そうで何よりですが」
私は病院のベッドの上で、林檎を食べる手を止めて事情を説明した。
本棚が直撃しただけで、特に大きなけがではない。頭から派手に出血したから入院となったが、ほぼ日帰りで退院できるそうだ。
その旨を見舞いに来た編集に伝えたところ、先ほどの会話が生じたわけである。
「それにしても、驚きました。音声データを聞き終わってすぐにこれですから」
「データをとった時は大丈夫だったんですか」
「うん?」
「はい?」
編集と話がかみ合わない。あのボイスレコーダーは編集から借り受けたもので、データをとったのは当然、編集のはずだ。何かのはずみに音が録れた可能性もあるが、原稿を書く時以外はいじっていないし、その時に録音されてしまったのなら、次に原稿を書くまでの長さのデータになっていないとおかしい。
「あなたにとってきていただいた録音、あるじゃないですか。あれですよ」
「……? それはこの前お預かりした原稿で全て使い切っていたじゃないですか」
「……え?」
何を言っているのか、と記憶を遡る。そういえば、猫の話の後、続けて音声が再生されていなかったような覚えがある。
では一体、私が聞いたあの音声は、いつ誰に録音されたのだろうか。
ちょうど林檎を食べ終えるころ、病室に都子が入ってきた。確か彼女が住んでいるところは、ここからそれなりに離れた地域だったはずなのだが。
「たまたま近くに来てたから見舞いに来たったわ」
「連絡はしたけど」
凄い偶然だ。連絡してから彼女が来るまで一時間も無かったため、本当に近くに来ていたのだろう。
ベッドの近くの丸椅子をがらがらと引き摺り、都子は足を組んで座った。
「で? なーにやったの」
「それがさ……」
編集にしたのと同じような説明を都子にもする。足だけでなく腕も組み、首を縦に振りながら話を聞く姿勢は、学生時代から変わった様子はない。
「あんたさ、全っ然霊感ないでしょ」
「無いけど」
私の話を聞き終わって、都子が言った最初の感想がそれだった。
「しかも幽霊とか信じてないじゃない? だから入り込めなかったんじゃないの」
「なにが?」
「幽霊みたいな?」
ふわっとした答えが返ってきた。
「こう、なんていうの? 心の隙? があまりないと入りにくいらしいし」
「何情報?」
確かに私は現実主義で、かつ幽霊なんて生まれてこの方見たことが無い。だから信じていないわけだが。
確かあの時は、打ち合わせ後のファミレスで食事を済ませていた。空腹状態だと余裕がなくなる。心の隙というのは、そういうことなのかもしれない。そのことを都子に話すと、「それかも」と言った。
「私の親戚筋に、そういうの感じる人が居るんだけど、霊園の近く通るときはお腹いっぱいじゃないとしんどいって言ってた」
「車に酔っただけじゃないの」
カーブやでこぼこ道など、酔いやすい道はある。それがたまたま霊園の近くだっただけだろう。
「まあ要は、うまく入れなかったから癇癪起こしたんじゃない?」
「は? 誰が?」
「幽霊みたいなやつが」
幽霊みたいなやつが?
「入れなかったからキレて、棚をこう、ばーんと」
「ポルターガイスト?」
「そゆこと」
人間由来のポルターガイストを起こしやすいのは、子供や若い女性だというが……。子供が癇癪持ちでもおかしくはないし、女性の方がヒステリックなことが多い気もする。キレてポルターガイストを起こすというのは、百歩譲って理解できなくもない。ポルターガイストを科学的に研究する機関もあるそうだから、未知の原理で棚が揺れるのもあるかもしれない。
受け入れがたいが。
————————
試験!! がァっっ!!
無事爆死したッッッ!!
明日から更新頑張ります……。
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