第5話

「え?」


 昼休みの残り時間も少なくなり、二年のクラスはその後、体育だったらしく教室から居なくなるギリギリで声をかける事が出来た。


「少し時間をもらっても?」


 周りに人がいる為、場所を移すように廊下の隅へと指を差す。

 


「なになに?霧島さん、男に呼ばれるなんて!」

「あの子一年だよね!紹介してよ!」

 仲が良さそうな生徒達が、楽しそうに霧島へちょっかいを出す。


「え?紹介?…ま、まぁ、今度ね!」


 何故、知らない生徒に…それも男子生徒に声を掛けられたのか分からないまま、前から自分と仲の良い男子生徒かの様に返した。




「な、なんなの?」


 戸惑いながら、隅にいたカナタへと近付く霧島。


「放課後」


「へ?」


「屋上で待ってます」


「………えっ?…」


 その言葉だけ伝えて、直ぐにその場を去る。

これ以上ここにいると、野次馬で道が埋まって帰れなくなってしまう。





「彼、なんて言ったの?!」

「誰か聞こえた?!」


 隅から戻ってくるカナタから間を取るように避ける生徒達は、ぞろぞろと霧島の元へと集まる。


「ねぇなんて言われたの!?」

「告白?告白なの?!」

「さっすが、お金持ちの霧島さんは違うよねぇ!!」


 囲う生徒達に、誂われたり尊敬の言葉を貰う中、本人の霧島は必死に虚栄を張っていた。





「ちっ」


 それを遠巻きに見ていた生徒達は、自分達と変わらずただ金を持っているだけの霧島を恨むように睨んでいた………。


「クソ女が…」


……………………………………………。




 午後の授業が始まった。


教室の近くで、さっきの光景を見た生徒たちは皆、揃って遅刻をして放送で呼び出されてやっと体育館へと移動し始めた。


 ガタイが良く、背の高い女体育教師からお叱りを受けたが、あんな事を言われた私は全く話が入ってこなかった。




「はぁ……誰なわけあいつ…」


 授業でやるバレーの出番が回ってくるまで時間が掛かるため、友達に言って一人壁際に座る。


「私、あんな奴と遊んだことあったっけ?」


 あの生徒に呼び出される様な覚えがなく、誰なのか記憶を探るが、地味な雰囲気をしたあんな生徒と関わった覚えは無かった。


「……ママの知り合い?………っ…それじゃあもしかして」

血の気が引いてくる。


 ママの知り合いなのだとしたら、さっきのあの生徒はまずい人間かもしれないからだ。


親友にも話せない事だが、私のママは裏社会で生きている人間だ。


 人を扱う、言わば人身売買をしている。


 私には教えてくれないが、多分人を騙して連れてきたり、単純に誘拐などをして商品を仕入れている。


 ママの仕事場で遊んでいる時、連れてこられてた人達は皆、ボロボロの服を着ていたり、大怪我を負っていたり、小さな子供だったりしていた。


 そんな環境で生まれ育ったから、中学位まではどうやって連れてきているのか考えたことも無かったが、そういう事だと思う。



 そして、そういった人物を見つける手段に関わる協力者……協力組織がある。


その組織には、女だけでなく男も数十人といて、ターゲットが男でも怪しまれることなく近付く事が出来るらしい。


「あいつが?」


 さっきの生徒もそうなのであれば、私と同じ高校生で裏社会で生きているという事。


 普通であれば、高校生の男などは雇うよりも商品として売ったほうが組織にとって有益なはず……?


「私と同じかもしれないわね」


 組織の長の息子。

それならば、組織の一員として生きていれる筈だ。


いくら人を物として売っている人間でも、自分の子供なら大切にしているだろう。



「そんな奴…いや、そんな方がなにを?」


 協力組織側とは言え、立場上同じ位置になるだろう人物が、わざわざ学校で呼び出すなんて何かあったのだろうか、と心配になる。


「…………学校に持ってこれる携帯は、ママに通じない仕様になっているし…取り敢えずは慎重に相手したほうが良さそう」


 こうして、どんな態度をしたほうが良いのかと考えながら、放課後になるのを待ち始めた。




……………………………………。







「お疲れ様です」


「は?」


 いきなりどういう事だろうか。

屋上で待っていて、やって来た霧島はまず丁寧に頭を下げてそんな言葉を放った。


「いつもお世話になっております。今回はどの様なご要件でしょうか」


「………」




 訳が分からない…が、誰かと俺を勘違いしている様に感じる。


一体誰と勘違いしている?


「えぇと?」


 俺は、気の弱そうな人間を演じる。

こうした方が、相手は強気になるからだ。


 人は強気になると、警戒を緩めたり慎重さを弱めたりと、相手に油断し始める。

流石に大勢の前では辞めた方が良い方法だが、こういった一対一の、それもこの女の様な性格の持ち主に対してならば、本音を出させるのに有効な手だ。


「す、すみません。誰かと勘違いしていませんか」


 彼女は、疑った表情でそのまま続けた。


「……そうかもしれません、気にしないでください。それで、ご要件は?」


「あ、えと……あの……」


 モジモジと下を向き、目を合わせないようにする。


「……なんでしょう?」


 顔を見なくても、苛ついているのが声で分かる。


 こいつは、家の環境で男に慣れている。

今の世の中では、大々的に商品として扱えない存在では有るが、それでも確かに月に数人という多くの男性が組織に仕入れられているのだ。


 どうせ、その商品として扱われる男を相手に好き勝手しているのだろう。


 誰かが手を出した後の商品でも、『男』である以上とんでもない値段で売れるのだからな。



 そんな奴でも、理性崩壊はやってくる。


男に慣れている……男を既に物として見ている人間をどうやって支配できるようにするのか……それは…


「お付き合いさせてください!」


 勢いよく手を前に出した。


そう、告白だ。



「……は?………はぁっ??!?」


 予想外の展開に、彼女は演技を忘れて驚く。


「な、なな、何いってんのよあんた?!」


「好きなんです!一目惚れでした!付き合ってください!お願いします!」


 必死さを見せて、気が弱いけれど一生懸命に発言しているんだなと思わせる様にする。


「ひ、一目惚れって///…男が女に?!そんな事あるわけ…っ」


「本当です!」


「っ!!」


 ぎゅっと、手を握って顔を近づける。


「僕、可愛い物が元々好きなんです!」


「先輩の可愛さに惚れてしまったんです!」


 自分の事ながら、よくも気持ちと正反対の事を口に出せるものだと思う。

それもこれも、俺が一度『奴隷』として落とされ…これ以上ない事をされてきたからだろう…。



「かわっ///………ふぅ…い、いいわ///…取り敢えず信じます…」


 冷静を取り戻す為に、また演じ始めるが…目は落ち着かずキョロキョロと目線を合わせようとはしない。


「あ、ありがとうございます!そ、そ、それで!どうでしょうか!ぼ、僕の恋人になってくれますか?!」



 いくら男に慣れていようが、元世界の人でも誰もが気持ちが揺れる告白行為だ。

この世界での慣れなど無意味に等しかった。





…………………………………。


「こ、恋人って///……わ、わたしが…?………わたしに?」

 目の前の男子生徒と恋人になる想像をして直ぐに、『世の中に知られてはいけない事』をしている私に、恋人なんかを作っても良いのか疑問を抱いた。


 もし、隠し通せなかったら…嫌われて彼は私を責めるはずだ。

それだけじゃない、きっと知ってしまった彼は誘拐されて……商品とされてしまう。



 正直、好意を向けられて嬉しく感じた。

これがまた『商品』で、『物』だったのなら良かった…。


けれど、この純粋な好意は『恋人』でしか向けられない物………。



「わ、私は…」


 手に入れてしまえば、手放す事が怖くなる。


今まで、金と権力を使えば手に入る…替えの効く物ばかりだった私には耐えられない強さだった……。


なら……



「…こ、ことわ」


断る。


 そう応えようとした時だった。



ギィッ!



「だ、誰っ!?」


 突然、屋上の扉が開く音がした。

霧島が振り向くと、そこには数名の女子生徒がいる。


「あ、あんた達…そこでなにを…?」


 同じクラスの仲の良い友達だった。

にやにやとしていたり、きまずそうにしている標準から、聞かれてしまっていたんだと気付く。



「ど、どこから聞い『やったね笹乃!』ちょっと!」


 一人の友達が、自分の事のように喜びながら抱き着いてきて言葉を遮られてしまった。



「男子に告白されるなんてやっぱり凄いよ笹乃ぉ!」

「うりうり!羨ましいぞっ」


「えっ」


 皆私が告白を受けると思っているみたいだった。

どうしよう……やっぱり、恋人を作って失ってしまうかもしれない確率が高いのは…はっきり言って怖い。


「世界初なんじゃない?!男子に告白されるなんて!ニュース!ニュースに載っちゃうレベルだよこれっ」

「ほんとそれ!『男性にも効いてしまうほどの可愛さを持つ女子高生!』的な!」


 私の様子に気付かず、皆の盛り上がりは止まらない。



「あ、あの……?」


「「「あっ」」」


 そこに、彼がおずおずと声をかけてやっと、皆が話すのをやめて、こちらを向いた。


「そ……それで、ぼ、ぼくはオーケー貰えたってこと何でしょうか…?」


 皆の反応を見て、彼もまた私が告白を受けるのだと期待しているのか、不安ながらも目を輝かせている様に見えた。


「「「「「どうなの?」」」」」


「わ…わたしは…」


 付き合ったとしても、バレなきゃなんともないんだと、私は選択肢を頭の中で無理矢理に絞っていく。


付き合えば、心から人に好かれるという事をして、皆からも羨ましがられる事になる。


 皆が皆、私の事を噂する………。



 霧島は、まだ体験した事のない男と『愛し合う』事よりも、周りの皆から向けられるであろう感情に魅了されていた。


 物ならば、ある程度が手に入る人生。

金と権力ではどうしようも出来ない、人の感情を手にするには、この機会が最後のチャンスだと感じた。




「…よろしく…お願いします……。」


 私は皆の視線を受ける中、彼に手を差し出して頭を下げるのだった……。







……………………………………………。



皆が屋上で盛り上がっている最中…。



「…ん……………ちが…う…?…」



 未だ、カナタの行動をひっそりとストーカーして覗き見ていた女子生徒は、痛む胸を押さえながら、自分が少しながらも知っている彼と違う事に疑問を抱いていた………。

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