【本編完結済み】幼馴染の少女に触れたくても触れられない私は代わりに彼女を求めた……キスをしたのもそんな目で私を見上げるあんたのせいなんだよ
tataku
第1章 閉じた世界で
第1話
これは、そう――過去のお話。
私たちはいつも一緒で、いつも三人だった。
よく思い出すのは――陽の光が降り注ぐ放課後の校庭と、前を走る彼女の背中。
それは、凄く近いようで凄く遠い。
彼女は世界の中心で、世界のど真ん中にいる。
そんな彼女に私は憧れた。だから、必死に追いかけたりもした。彼女の背中は夕焼けに染まり――足音が弾むたび、砂埃がふわりと舞い上がる。
後ろで呼ぶ声が、私を引き止めた。
振り返れば――転んだ少女が膝をさすりながら、困ったように私を見上げている。
放っておけなくて――だから、手を握ってやることにした。
本当、私って意外といい奴だったりするのだ。
だって本当は――今すぐ、彼女を追いかけたかったんだから。
時は過ぎて、憧れは変質し、心が窮屈になる。
叫びたくなった。好きだと、彼女に言いたかった。愛していると、今すぐにうちあけてしまいたい。
でも、女同士だった。女と女が結ばれる――そんなの、ただの夢物語でしょ?
だから、私は気持ちを抑え込んだ。正直、苦しかったから、下を向いたんだ。本当、昔の私はとんだ乙女野郎だ。
そして、後悔することになる。目を離した隙に、彼女は消えてしまったから。だから、私は絶望してしまった。情けない話だけどさ。
だけど、私の手を握る少女は――彼女と、瓜二つ。だから、手放せなくなった。
三人から――二人になる。もう――この子しかいない。この子は――私の全てになった。
愛している。
私はこの子を、愛していた。だけど、同じ失敗を繰り返すことになる。
膨れ上がる感情を抑え込んで――今日も私は笑っている。
自分と彼女の影を眺めながら――今日も私は、とてもアンニュイな気分だ。
***
高校2年の初夏、5月初旬。ゴールデンウィークが明けたばかりの朝。
早朝の澄んだ空気の中、校門へと続く道は、制服姿の生徒たちで緩やかな列をなしていた。白シャツに紺色のカーディガン。グレーのチェック柄のスカートが、歩くたび風で揺れる。
街路樹の若葉がきらきらと陽を反射し、どこからかカッコウの鳴き声が聞こえてきた。
隣では、深雪が絹のような黒髪を風にそよがせ、柔らかな視線を私に向けて微笑む。標準的な高さの私よりも、彼女は少しだけ背が高い。
校門を抜けると、レンガ造りの校舎が堂々とそびえている。古い伝統と新しさが交錯するその外観は、時の流れを感じさせる。
いつものように下駄箱を開け、いつものように上履きを履き、いつものように顔を上げた。
その先に――いつものように、私を待つ深雪の姿がなかった。
後ろを振り向くと、深雪は下駄箱の前で立ち尽くしている。
「深雪、どうかした?」
彼女は困った顔で私の方を振り向く。その手には、ラブレターらしき便箋。
私はひどく動揺した。だって、あり得ない。ここは女子校なのだから。1年以上ここに通っているが、女の子に告白されたとか、付き合っているとか、そんな話は聞いたことがない。
そもそも私たちは部活にも入っていないし、交友関係も少ない。深雪は確かに美人だが、大人しく、それほど目立つ存在ではない。だから――そんな訳がないんだけど。本当にラブレターだったのなら、そんなのはただのいたずらに決まっている。
「でも、良く考えたら、ラブレターな訳ないよね。なんだかすっごく恥ずかしい勘違いしちゃったよ」
そう言って、深雪は恥ずかしげに笑う。
「だから、後で確認することにするね」
深雪の結論は、私と同じ。
それでも、それを信じきれない私がどこかにいて――今すぐに確認してくれと言いたいのに、何も言えなかった。
「そうね、深雪がラブレター何て絶対にあり得ないから」
強がって、気にしていない振りをした。
いつだって、この気持ちが表に出ないか、私は恐怖している。夢で何度だって見てきた。この気持ちが溢れ、離れていく深雪の姿を。
「あー、奈々ちゃんは本当にひどいなー。でも、本当にその通りだと思うよ」
そう言って深雪は笑う。その笑顔を私以外に向けないで、私だけを見て――笑っていて欲しい。だけどそんなこと、いちいち言えるわけがない。
深雪は人見知りが激しく、クラスの人間とは殆どまともに話さない。――そんな彼女を見ると、私は独占欲を満たし、優越感に浸ることができる。そう、実にいい気分だ。
深雪は手紙をカバンの中に大事そうに仕舞う。そんな紙けらひとつに、私は嫉妬してしまった。そんな自分が、本当に嫌になる。だけど、自分を殴ることなんてできないから、代わりに彼女を小突きたくなってきた。
「それじゃあ、そろそろ教室に向かわないとね」
深雪の言葉に、私は頷いた。
教室に入り、自分の席にカバンを置くと深雪の机に向かった。
彼女の手には例の便箋。
光のせいかやけに白くまぶしく見える。そしてそれを綴じるためのハートマークのピンクが、私の心に小さな爪を立てるように不快だった。
深雪は私の視線に気づいて、手紙をすぐに裏返す。
「奈々ちゃん、ゴメンね。この手紙、読もうと思うから」
「別に、気にしなくても大丈夫なんじゃない?」
私は、自分の笑顔が引き攣っている気がして、口元を手で隠す。声が固くなっていなかったか、私は不安になってきた。
「もしかしたら、ただのいたずらなのかもしれないけど、私にくれた手紙なら、私一人でちゃんと向き合うべきだと思うから」
そんなの絶対に駄目で――絶対、嫌だから。
「そう、分かった」
出て来る言葉はいつだって、正反対。
「ありがとう、奈々ちゃん」
私は頷いて、笑って、手を振って、席から離れる。
私の気持ちと行動は、いつだって正反対。
今すぐ、その手紙を奪って破り捨ててやりたい。そうすれば、私の心はほんの少しぐらいは救われることだろう。
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