第2話 万物の霊長VS文明の利器

「ほう、こんなところに人間が、それもエルフの娘がおるとはな」

「帰って来て早々、いきなり魔竜に出くわすとは……」


 魔竜まりゅう——それは、魔素を強く取り込んで魔物化したこの世界に六種存在する悪しき竜族で、それぞれ鱗の色と材質、角の本数、そして吐き出す魔炎ブレスが異なります。

 なお竜族には魔竜と対なす聖竜せいりゅうというのもいて、双方に共通するのは人語を解すほどの高い知能と空高く舞う翼を持つ「万物の霊長」であるということ。

 わたくしが今遭遇しているのはその魔竜の中でも下位の方だったりしますが、それでもこの世界においてはなので脅威に変わりはありません。


「まったく、今日は厄日か何かですか? よりにもよってこんな面倒くさい相手に遭遇するなんて、聞いてないですよ」

「ヤクビというのはよく解らんが『面倒くさい』とはよく吠えたものだ。驕るなよ、うぬら人類種など所詮ちょっと知能が発達したサルに過ぎぬというに」


 何やら上から目線でご高説を垂れ始める霊長類さまに多少辟易しながらも、わたくしは片眼鏡の金縁とツルの繋ぎ目に触れると、をつぶやきます。

 さながら呪文の如く。


能力診断マウトスガンテ


 するとレンズ越しに映る魔竜の体を光が包み込み、空中に羊皮紙を模したホログラムウィンドウが現れました。

 そこには――


「ふむふむ、攻撃力9500、防御力5400、速度1224、魔力値は……ほぅ、42000ですか。これは中々……」


 これらの数値は地球人を基準に計算したものですが、あちらでは5段階評価とかいう謎の風習(マルテア談)があって、地球人はどの能力値ステータスも最大値は「5」を超えません。

 ただ、わたくしは人間以外も計れないと色々不都合だと思い自分用に最大値をけいまで引き上げていたりします。

 ざっくり言うと、石魔竜の各数値は最低でも地球人の200倍以上はあると考えていいでしょう。

 魔力値に至っては地球人はほぼ「0」同然ですので、比べるまでもありませんね。


「何をブツブツとつぶやいている?」

「いえねぇ、流石の能力値ステータスだと感心してるんですよ」

「何を言ってるのか良く解らんが、その生意気な態度はいけ好かんな」

「それは失敬」


 そう返すと、わたくしはトレンチコートのポケットから手のひらサイズの金属板カードを取り出します。


「なんだそのちっこい札は、まさかそんな物で我とるつもりか? それとも昨今流行りの魔力増幅の呪符とやらか?」


 石魔竜リトスドラゴン金属板カードに興味を持ったようです。

 未知というのは知的生命体ほど惹かれるものですね。


 わたくしは、その問いかけを無視して呪文コードを唱えます。


重縛陣クアンナ!」


 その瞬間——


 ズドンッ!


 ――という衝撃と共に巨体が大地に叩き伏せられました。


「ぐえっ……な、なんだ……体がっ……きっ、急に重く!?」

「重力……って言っても通じないでしょうから、自重じじゅうで落ちたと思ってくださいな」

「自重だと? ふざけるな! 我はそんな重くない……ハズ……」


 などと石魔竜リトスドラゴンは反論しようとしたが、徐々にその声が小さくなっていく。


「貴方の体重がどうであれ、どの道もう一生その場から動けないでしょうから、まぁそこで番犬ならぬ番竜ばんりゅうにでもなってくださいな」

「エルフ風情が、竜族を舐めるなよ!」


 叫びざま、魔竜が開いた口から魔炎ブレスを吐きました。

 石化魔炎ゴルガブレス——それを浴びた途端、身体が一瞬にして石に変えられてしまう恐ろしい黒灰こくはいほむら。だが、


絶界ミヌア


 わたくしは、すかさず呪文コードを唱えます。

 刹那——魔炎はわたくしの肌、いや髪の毛の先にすら届くことなく霧散しました。


「我が魔炎ブレスを弾いただと?」

「これがです」

「たかが人類種如きが魔法を極めたとでも言うのか?」

「フフン、人類舐めんなですよ!」


 魔竜にびしっと指さして、言い放つわたくし。

 ふっ、決まった!


「技術とは日進月歩で進んでいく物です。軽く数十万年を生きる最長寿種だからといって惰性に日々を過ごすと置いてかれてしまいますよ」

「おのれ小娘ぇー!」

「では、お勤めがんばってくださいね。ごきげんよう」

「この報い、必ずや晴らしてやるぞ! くそエルフがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 語彙のとぼしい魔竜の遠吠えを背に受けながら、わたくしは悠々と聖山へと向かうのでした。




 なだらかな山道を上ること20分。

 わたくしは地球から持ち出した浮遊椅子アングラチェアに乗って、聖山ジューテンベルクの中腹をゆったりと進んでいました。

 なお現在、わたくしの視界を覆いつくすは訪れる者を惑わす『迷いの霧』――

 古の魔術師によって張られたエルフの森を守る大結界のいわば「外堀」です。

 この険しい山道とセットで部外者の侵入を阻むため、正しい道のりを知るものでないと辿り着くことは不可能と言われています。


 まぁ、飛行魔術を使えばあっさり登れたりするんですけどね。


 しばらくして、山頂が見えてきました。

 この頂きに到達する頃には、この行く手を阻む迷いの霧も晴れ、山麓ふもとには故郷の森が視界一杯に拡がって……ない?


 わたくしは思わず目を丸くしました。


「えっと……これって……」


 眼前に拡がっていたのは、深緑の木々が生い茂る世界樹の森――ではなくて。

 草一つ生えてない枯れた、いや、禿げた焦土が地平線の向こうまで果てしなく続いていました。って……


「なんぞこりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

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