追放エースは女子サッカーコーチから成り上がる 【旧題】:サッカー界から追放された俺、女子サッカー部を成長させる……って、なんでハーレムが出来ている!?
チャーハン@新作はぼちぼち
第一章
第1話(1) 逸材シューター、マメシバ
「君のシュートセンスは目を見張るものがある!うちのチームに入らないかい?」
夜八時。校庭の土は昼間の熱をまだ抱えていて、靴裏にじわっと貼りつく。
さっきまで俺が蹴っていたボールは、縫い目の糸がところどころ毛羽立っていた。指で撫でると、ざらりとする。
ゴールネットが、まだ小さく揺れている。
その揺れの向こうから、知らないおっさんがこちらへ歩いてきた。
息が切れてない。走ってきたわけでもないのに、目だけが妙にギラギラしている。
「おじさん、誰?」
俺が半身で振り返ると、おっさんは一拍置いて、胸ポケットから名刺を出した。
紙が少し湿っている。汗か、ファイルの中の熱か。そんなのどうでもいいのに、指先が気にした。
斉京ビルダーズFCスカウト、と書かれていた。
「どんなチームなの?」
「小学生、中学生の世代で日本一を何度もとっている名門チームさ!」
「そこに行けると、一億円プレイヤーになれるの?」
「あぁ!上手くいけば、世界各国で名が通る選手にだってなれるさ!」
おっさんは、言葉を重ねるたびに声が軽くなる。
軽い。風船みたいだ。けど、風船でも空に上がる。
「じゃあ……選手登録代や備品代を免除して、入部できる?」
自分の口から出た言葉に、俺の腹が小さく鳴った。
夕飯の味噌汁の匂いだけで米を食って、足りなくて水を飲んだ夜が、なぜか今ここで戻ってくる。
スカウトのおっさんは笑顔を止めた。
喉仏が上下して、目線が一瞬だけ名刺の端に逃げる。
「……それは、普通はな」
「普通は、無理って顔してる」
俺が言うと、おっさんは乾いた笑いを漏らした。
しょうがない。
俺の家は貧乏で、一日食うだけでも一苦労だ。
サッカーで飯を食うなら、まず“飯を食える場所”を取らなきゃ話にならない。金を払わなくても大丈夫だと言い切れる環境が必要だった。
「まぁ、見ててよ。きっと、周りの大人たちが首を縦に振るからさ」
俺はボールを拾い、土の平らな場所を探す。
踏み固められたところに置くと、ボールがほんの少し沈んだ。
助走。
軸足の位置。
足首の角度。
毎日一人でやってきた。誰も褒めないし、誰も止めないから、同じ失敗を何百回でも繰り返せた。
足の甲の皮が硬くなるまで。
息を吸って、吐く。
そして――右足をしならせて、蹴った。
乾いた爆音。
ボールが空気を裂く唸り。
ネットが「バンッ」と殴られたみたいに鳴って、ゴールが揺れた。
後ろに立っていたおっさんの息が、そこでやっと詰まる。
「……すごいな」
声が裏返りかけた。
「球速は既に中学生上位レベルを超えているぞ……!」
俺は振り抜いた足を下ろし、靴底の砂を一度擦った。
胸の奥が熱い。でも、熱いって言うと負けた気がする。
「おじさん、それで……交渉、出来そう?」
おっさんは口を開きかけて、閉じた。もう一回開いた。
「あぁ……!入団テストで高い成績を残したら交渉しよう!」
「本当に、お願いしてくれるの?」
「あぁ。君は才能がある。結果を残せば、上も黙るだろ。その代わり……」
「その代わり?」
おっさんは視線を逸らして、照れたみたいに鼻を掻いた。
「もし君がプロになったら……俺に、飯を奢ってくれよ」
……なんだか、軽いな、この人。
でもまあ、飯の話をする人間は嫌いじゃない。腹は正直だ。
*
数日後。
トレシューのゴムが新品みたいに鳴くグラウンドに、俺は立っていた。
周りの連中はみんな背が高い。肩幅もある。スパイクもピカピカだ。
近くを通ったやつの体から、プロテインみたいな甘い匂いがした。
俺の靴は、かかとが少し潰れている。
潰れてるのに、ここまで来た。なら、十分だ。
「上等だ……やってやろうじゃねぇか……!」
ベンチの端で、膝の中に小さく火を焚いていると、スカウトのおっさんが寄ってきた。
今日だけはスーツじゃない。ラフな格好なのに、落ち着きがない。
「
「回数は?」
おっさんは指を立てかけて、途中でやめた。
「……推薦してもらうとしたら、一回だね」
「上等。ちょうどいいハンデだな」
俺が言うと、おっさんは笑った。笑いながらも、目だけは真剣だった。
グラウンドの方では、監督っぽい声が飛ぶ。
「全部止める気で行けよ!一軍のGKはいつでも変えられるからなぁ!」
「は、はいっ!!」
今、五人目が外したところだった。
GKはすでに汗だくで、それでも前に出る足が鈍ってない。
一人五本なら、二十五本近く止めてる計算になる。
正直、すごい。
すごいけど――俺は一回でいい。
「さて、次は俺かぁ」
ボールを置く。
首を回すと、骨が小さく鳴った。空腹の時の音に似てる。
「おいちびぃ!泣きべそかく前にかえりなぁ!!」
「ママのお胸でも吸ってろよ!ギャハハハハハッ!!」
観客席代わりの柵の向こうがうるさい。
耳が勝手に拾う。
うるせぇよ。俺には父親しかいねぇんだよ、馬鹿どもが。
胸の奥で言い返して、息を吐く。砂埃が舌に乗る。
右足を引く。
(軸足よし。ボールとの角度よし。威力調整も問題なし)
「うぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
叫ぶと、腹の底が少しだけ軽くなる。
インステップで叩いた。
GKが反応して飛ぶ。
でも、手が届く前に決まった。
左下。
ネットがもう一度、殴られたみたいに鳴る。
静寂。
それから遅れて、どよめきが膨らんだ。
「まっ、マジかよ……!?」
「あんなチビが決めるなんて!?」
俺は騒ぎを背中に置き去りにして、おっさんのところへ歩く。
歩きながら、なぜか指先が少し震えてるのに気づいた。寒いわけじゃないのに。
「結果残したから、交渉頼んだよ」
「あ、あぁ!任せとけ!!」
おっさんとハイタッチした。
掌が汗でぺたりと張りつく。
それが、妙に現実だった。
*
その日から俺は、斉京ビルダーズFCで学ぶことになった。
……新しい場所でのサッカーは、俺にいろいろな変化をもたらす。
本当なら、そう言いたい。
けど、現実はまず“輪”だった。
俺には友達が一人もできなかった。
周りはボンボンばかりで、話題の端っこにすら入れない。
受験がどうだの、ゲームがどうだの、女がどうだの。
俺は、明日の米の残りを数えてるっていうのに。
「よっ、PK戦でたまたま入れただけの、貧乏野郎!」
「帰れよ貧乏!お前にゃ似合わないよ!はははっ!」
「ほら、バナナの皮でも頭にのせていろよ!」
二軍の控え連中が、わざとらしく笑いながらバナナの皮を放ってきた。
皮はまだ湿っていて、床に落ちるとぬるっと音がした。
俺は拾って、指先のべたつきを制服のズボンで拭う。
甘ったるい匂いが、鼻に残った。
「こんないじめとか週刊誌で出たら選手生命に関わりそうなことをやるなんて……なんというか、哀れだなぁ」
口に出すと、連中の笑いが一瞬だけ止まった。
止まったのに、またすぐ再開する。そのズレが、人間っぽい。
それと同時に疑問が刺さる。
一体どこから“貧乏”が漏れた。
汗の匂いの中で、名刺の湿った感触が蘇る。
「まさか、な……」
俺はシャワー室へ向かった。
水の音が近づくほど、背中の皮膚が薄くなる気がした。
*
数日後。
俺はおっさんにファミレスへ呼び出された。
ドリンクバーの氷がカラカラ鳴って、油の匂いが服に染みる。
こういう匂い、嫌いじゃない。腹が鳴くから。
席に着くなり、おっさんは目を泳がせて、言った。
「ごめん。しゃべっちゃった」
謝罪の言葉なのに、口の形だけが軽い。
俺はオレンジジュースのストローを噛んで、黙って待った。
おっさんは耐えきれずに続ける。
俺がチームに所属する際、金を払わずに入ったこと。
特待生枠でもないのに金を入れてないこと。
それを、おっさんが……喋った。
結果、二軍連中に知れ渡って、あの嫌がらせが始まった。
「は~~なるほどねぇ……で、飯を奢って黙らせようってわけか」
「そ、そう!ダメかなぁ……?」
おっさんは笑ってごまかそうとして、失敗した顔になる。
「う~~ん、ダメだねぇ。許されないねぇ」
「……本当に申し訳ない」
おっさんが頭を下げる。
テーブルの上に影が落ちて、俺のグラスの中の氷が溶ける音だけが聞こえた。
俺は空になったグラスを置いた。
底がテーブルに当たって、鈍い音がした。
「別にいいよ。一つのことを聞いてくれたらね」
「一つのこと……?」
「うん。おっさんさ、俺を一軍昇格戦に出場させるよう交渉してくれない?」
おっさんの顔が固まる。
口が開いて、閉じて、もう一度開いた。
「な、な、何を言ってんだ!?斉京は半年ぐらいたたないと一軍には――」
「別にいいでしょ。そもそもそれがおかしいんだよ」
俺はメニューを開いたまま、指で写真をなぞる。
唐揚げ。ハンバーグ。全部、光って見える。
「実力があればすぐにスタメンに使う。それが出来なくて何が常勝軍団だよ。そんな風に思わないの?」
「お、おぉ。まぁ確かに……というか、相当ポジティブだな」
「まぁね。これでも二軍では結果を残してるし」
注文した料理が届く。
湯気が頬を撫でて、油が舌に刺さる。
俺は一口食ってから、続けた。
「俺が特待生並みの実力があるってわかれば、みんな黙るだろってことだよ」
「……」
「斉京はみんな実力者にへーこらへーこら頭を下げて、トラブルを起こした奴らは人間じゃないみたいな扱いする連中だってのはわかってるからね」
おっさんは黙ったまま、フォークをいじった。
歯が金属に当たって、かすかな音がする。
「……けど、リスクがデカいな。もし失敗して上層部からその情報が下へ漏れたりしたら、今度こそ俺のクビが飛びかねないし……」
俺は箸を止めずに言う。
「おっさん。人生は挑戦だよ」
「……急にでかいな」
「挑戦しないと物事は始まらない」
俺は皿の端のソースを拭うみたいに、言葉を揃える。
「つまりさ、俺を出場させて成功すれば、おっさんは特待生枠を使わずに特待生レベルの選手を手に入れた超敏腕スカウトになるってわけだよ」
おっさんの目に光が宿る。
欲の光だ。嫌いじゃない。欲は人を動かす。
「わかったよ、豆芝君!きょうはたーーんと食べなっ!」
俺はおっさんに約束を取り付けるよう約束してから、飯を沢山注文するのだった。
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