【脱出と煙】
男達が村に来てから三日目の昼過ぎ。変異歹によって滅ぼされた村はさらにひどい状態に変わってしまった。
まず、焼け焦げた家とレンガ造りの家以外は殆ど解体され、木材の状態まで戻されていた。釘などは抜かれ、村の端っこに綺麗に積まれている。再利用に回すつもりだろうが、一体どのようにして運び出すのか。
家の中にあった金目の物も全て回収され、集められた。そのまま売ったり使ったり出来る物。そして金属として一緒くたに売る物とに分けられた。ボロボロになった鍋や用途のよくわからない工具などが後者だ。
リーダーの命令通り、男達はこの大変な作業を三日弱で終わらせてしまった。その手際の良さはまるで大木を貪るシロアリのようだ。
その間、アーサーはずっと檻の中だった。時々男達がやってきてはパンや水を置いていってくれた。その際にこの近辺の気候の特徴や、最寄りの他村の事などを聞かれ、アーサーは素直に答えた。そうすれば決まって甘い果物も檻の中に入れてくれたのだ。
三日目の朝にはアーサーの檻がある小屋も解体されて無くなってしまった。外の景色が露わになり、アーサーは自分の村の変わり果てた姿に驚き、悲しみ、涙した。
「木材は高く売れるんっすよ」
丸鼻の男がアーサーに近づいて言った。
「全部持っていくの…?」
「多ければ多いほど俺たちは長生き出来るっす。それが仕事、それが稼ぐって事っす」
視界が得られた事によって、外で何が行われているかわからないといった不安は軽減された。作業を終えたらしい男五人は集まり、何やら話し合っている。暫くして一人が離れ、枝や墨などを集めて置き、それに火をつけた。小さな焚き火だったが、その煙はまっすぐ高く空まで伸びていった。
眼帯の男がアーサーの檻の方に近づいてきた。
「おい、俺たちはここを離れるが、お前に選択をさせてやる。このまま檻の中で餓死するか、今出してもらう代わりに絶対反抗せずに俺たちを無言で見送るか」
アーサーは男の顔をじっと見つめる。
「お前を見殺しにしたほうが俺達のリスクが少ないってことは理解できるよな? その上で選ばせてやってるんだ」
「出して欲しい…」
「じゃあ大人しくな。俺達の邪魔はするな。復讐とか考えるなよ」
そう言って男は檻の鍵を開けた。コンっという音をたてて錠前が落ちる。
アーサーは狭い檻から這い出た。体が鈍って上手く立てない。両足がジンジンするし、骨盤もまともに動かない。
気付けば眼帯の男はいなくなっていた。見れば他の四人と既に合流し、歩を進めていた。アーサーには何もせず、村を出ていくらしい。特に荷物らしい荷物は持っていないようだが、村から奪った物品はどうするつもりなのだろうか。
少女は鈍ってしまった体をどうにか動かしながら、村の様子を確認しようと歩き出した。するとやはり、集めるだけ集めた素材の山は残っており、そのまま放っておかれている。
彼女は不思議に思いながらも、今は答えが出ないと考えるのを諦めた。今はそれよりも村の変わり果てた姿が悲しかった。十ヶ月前に村が滅びた時と同じ寂しさがあった。いつも見慣れていたあの風景が、今はもう無い。
虚無感を抱きつつ彼女がトボトボ歩いていると、さらにもう一つ、意外な事に気づいた。
「お墓…残ってる…」
彼女があの日から何日もかけて作ったお墓。村にあった板材や木棒で一人一個の十字架を作ってあげたのだ。家族同然の村人を弔うために、最優先で作ったお墓。
『木材は高く売れるんっすよ』
そう言っていた。なのにたった一つも解体されずにそのまま残っていた。
「……」
村には小さな小さな教会があった。それはレンガで出来ていたため、男達によって解体されずに残っていたようだ。アーサーは神様に申し訳なさを感じながらも、この日はそこで一泊をすることにした。
教会は残っていたがやはり中は荒らされており、金属製のものは全て運び出されていた。とは言っても外に積んで置いてあるだけなので明日にでも戻そうと考えながら、アーサーは眠りについた。
異変を感じたのは次の日の早朝だった。地響きのような音でアーサーは目を覚ます。
地震だと思って慌てて外に飛び出すが、音はまだ止まない。それどころかどんどん近づいてくるようだ。
「何かが、来る?」
アーサーは目を凝らして見てみると、確かに遠方に砂埃のようなものが見えた。砂埃のまう向きからしてやはり進行先はこちらの方、つまりこの村である可能性が高い。
再び捕まったり襲われたりしてしまうのは嫌だったアーサーは村からの一時撤退を決めた。彼女は男達が作った物の山へ赴き、小さなナイフ一本と手頃な木の棒一つを見つけて拾った。父親との特訓で使っていた、手に馴染んだ自分の木刀も探したがそれは見つからず、諦める他なかった。たらたらしていたらあの土埃の正体が村にやってきてしまう。
最低限の武装をした彼女は村を出て近くの丘へ向かった。丘と言ってもかなり高く、村が一望できる場所だ。村の子供達とは遊びでよくここへ訪れたものだ。夕日を見たり星空を眺めたり、思い出の場所だった。
「パウロ…」
寂しい気持ちは抑え込み、アーサーは村を一望できる位置にポジショニングをした。道中拾ってきた果実を片手に、村に訪れる新たな来訪者を確認してやろうと視線を凝らす。
「きた! あれだ」
来訪者は四台の巨大な馬車であった。村人全員が乗れてしまう程大きな荷台を馬が四頭で引いている。それが四台。地響きも鳴るはずだ。
馬車は村に入ると停車し、中からは屈強な男達がゾロゾロと降りてきた。正確な数はわからないが、全部で十人ほどだろうか。最初は何やらフラフラしているようだったが、すぐに一丸となってとある場所に向かった。村を一望しているアーサーは彼らがどこへ向かって歩いているのかすぐにわかった。
「物の山だ」
昨日の男達によってかき集められた材木や金属、道具が積まれた山。そこへ向かっているのだ。そして同時に、アーサーの中で全てが繋がった。
「そうか、この人たちはあの眼帯さん達の仲間なんだ。あの人たちは村を襲う係、この人たちはそれを馬車で回収する係なんだ。昨日の焚き火の煙で呼び出したんだきっと」
真実を解き明かしたアーサーはすっきりした。とても賢い猫である。
次々と運び込まれていく荷物。その光景を目にし、アーサーはとある決断をした。
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