隣の街のベーシスト
ガタガタと列車は隣町へと走りだした。彩音市で多くの人が降りることもあり、帰宅ラッシュだというのに比較的車内は空いていた。
私は2人がけの向かい合う席に腰を下ろすと、凛花ちゃんは向かい合うように私の前に座って窓の外をニコニコしながら眺めている。
「知らないところに行くのってなんか冒険みたいでちょっとワクワクするよね!」
「え、凛花ちゃん
工田街。それは彩音市の隣に位置する街で、音楽で栄える彩音市に欠かせない楽器の部品などを作って栄えている街だ。
隣街と言っても彩音市と工田街の間には一級河川である昇龍川という太く長い川が流れており、くっついているという訳ではない。
「私が行きたくてもおじいちゃんがすぐダメーって言うの。閃いたこと後先考えず突っ走っちゃうから危ないから遠くに行くのはダメだーって」
「それは確かにおじいちゃんの言うことが正しいかもね」
ぷっくりと頬を膨らませながら少し怒った口調で話す凛花ちゃんを見て、私は思わずおじいちゃんの言っていることに納得してしまう。
あって3日でこの振り回されよう。おじいちゃんも相当苦労してきたのかな。なんて考えているうちに次の停車駅が工田街駅だと車内アナウンスが流れる。
「次だって! 私たちのベーシストが待ってるよ!」
「まだ入るって決まった訳じゃないけどね。でも楽しみ」
凛花ちゃんはもう待ちきれないといった満面の笑みで席から立ち上がると、私も立ち上がってルンルンと扉に向かって歩く凛花ちゃんの後を追う。
彩音駅よりも少し古く冷たいホームが私たちを受け止めた。私たち以外に降りた人はポツポツといる程度で、彩音市との違いを強く感じる。でもそんな中、ホームにも届くほどの低音が聞こえてくる。
「これってもしかして!」
凛花ちゃんが音が聞こえるや否や、満面の笑みで私の方へと振り返る。まるで目の前に自分の好物が出てきた子供の用に無邪気だった。
「こうしちゃいられない! 早くいくよ!」
「だから私1人で走れるからああああああああああああ!」
またしても私の体は勢いよく凛花ちゃんに惹かれ、駅前へと連れ出されるのだった。
「あそこだよ! きっと!」
「絶対あそこだね」
連れて行かれるまま駅前に出ると、そこには十人程度の人だかりができていた。そしてそこから聞こえてくる心地の良くかっこいいベースのサウンド。その低い音が、まるで私の心臓と共鳴するかのように、同じリズムで鼓動し始める。
引き込まれる音に、私たちは思わず止めてしまった足に意識が戻ったのはその曲の演奏が終わった時だった。
「ねぇ、凛花ちゃん」
「結愛が言わなくてもきっと思ったこと絶対一緒の自身ある!」
そう言った凛花ちゃんの横顔は、太陽のようにキラキラと光り輝く瞳で人だかりの方を見つめていた。
「早く行こ! もう私、どんな人なのか気になってしょうがない!」
「それは私も一緒!」
私たちは急いで人だ狩りの中へと飛び込むと、最前列へとやってきて噂のベーシストの姿を視界に入れる。
そこにいたのは緑髪のミディアムヘアの女の子。前髪が長く、目元が見えないその姿から静かそうな印象を覚えた。しかし、その印象からは想像もできないメタリックな黒いベースを握りしめ、次の曲を考えているところだった。
「あれ、どこかで……」
「お名前なんて言うんですか!」
私はどこかで見たことがあるような気がする中、凛花ちゃんはそんな私にはお構いなしにグイグイと質問を投げかける。
「あ、え、と」
「あ、」
声のする方を見た彼女と、隣にいた私の目が合う。それと同時に、私が引っかかっていたムズムズの答えが出た。
「ごめんなさい!」
「え、あ、ちょ!」
でも、その答えの回答をする前に、焦った彼女は急いで機材をまとめると、逃げるように走ってその場を後にしてしまった。
心に虹は飽和する ~音楽を失った少女と音楽に救われた少女たちは今再びバンドとして音楽を奏でる~ 筒木きつつき @ryunesu
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