少女と少女、出会う

 彩音市さいねし

 人口70万人ほどが暮らす県内1の人口を抱えている市である。


 ドレミタワーという県内で1番高いビルがあったり、彩音城さいねじょうという有名な武将が住んでいたお城があったりと、結構すごい都市なのだ。


 立地も名古屋と東京の中間地点ということもあり、交通の便も多いというのも魅力的だ。


 そんな彩音市は、芸術が盛んな街である。街中に音楽や絵が溢れている。ライブ会場や絵画教室など、芸術にまつわる施設が他の地域よりも多い。そのせいか芸術家やアーティストが多く移住してきたりなど街全体が芸術で溢れている。


 そのせいもあってか、ハロウィンでの仮想への力の入れようがすごいのだ。本当にすごい人になると、ハリウッド映画に出てきてもおかしくないような特殊メイクをしている人なんかもいる。


 だからこそ変人も多く集まっている。「芸術は爆発だ」という言葉があるが、こんな街中で爆発するのは辞めていただきたい。


「あ、見てあそこの人。めっちゃイケメンなんだけど! 話しかけに行こ!」


 私たちは駅構内から横一列で歩きながら、駅の北口までたどり着いた頃、美香はそう言って入り口からそのまままっすぐ行った広場の方へ指を指した。


 その方向には、吸血鬼のような恰好をした金髪のイケメンがそこにはいた。遠くから見ても肌が白く、ハンサムなことが見てとれる。


 私が吸血鬼を見ている間に、3人は吸血鬼の方へと向かって走っていることが視界の端に映ったところでわかった。


 置いていくなら最初から誘わないでほしい。かといって同じグループだから断るわけにも誘わないわけにもいかないのだろう。本当にめんどくさいものだ、JKというやつは。


 私は周りが仮装やらお酒やらお菓子やらで騒いでいる中、下を向いて大きめのため息をそっと吐いた。


 この人混みなこともあり、追いかけようとした頃にはもう3人の姿は見当たらなかった。


「キラキラな夜~。化ける季節~。そう告げる月の光~」


 そんな時、どこからか聞こえてきたその声に私は辺りを見渡した。見渡しただけでは、どこから誰が歌っている声なのかわからない。でも方角だけは入り口を出て左の方向だということだけは分かった。


 すごく綺麗な女性の声。まるで透き通る水のように、私の心の中に入り込んできてしまうような。もっと、もっと聞きたい。私はこの一瞬で歌声に心を掴まれてしまった。


 私は声の方向へと走る。だが、その足はすぐに速度を落とした。身長が高いわけでもない私は、周りの人ごみに飲まれ、周りの様子なんて確認できるような状況ではなかった。


 彼女の声はドンドンと大きくなっていく。だけど人の動きもどんどんと大きくなっていく。


 また人の海に飲まれちゃう。だから嫌いなんだ、人混みは。


 私は諦めと同時に、人の波に身を任せた。


「ハロウィンナイト~。今夜くらいは本音で喋っちゃってもいいんじゃない。違う自分に化けているんだから、きっと誰も気づきやしないよ」


 透き通る声は、私の胸を大きく揺さぶった。ダメだ。人に流されたままじゃ。


 私は流されそうだった気持ちを彼女の歌を聞きたいという気持ちで吹き飛ばし、人の波をかいくぐって声の元へと近づいていく。声はどんどんと大きくなっていく。きっと会場はすぐそこだ。


「ありがとうございました」


 近くに着くと、ちょうど曲が終わったところだった。これで終わってしまったらどうしようという気持ちが胸の中を埋め尽くす。


 必死に人をかき分けて、彼女の前へとたどり着いた。


 そこはちょうど駅の西口の近くで、駅前よりは人が少なかったが、人混みがあることは変わらなかった。スピーカー1つにマイクのみというライブ会場で、少し寂しいというのが第一印象だった。


 目の前にいたのは、私よりも少し身長の低い女の子だった。


 白くきれいでサラサラしていそうなセミロングの髪。まるで空が詰めっているのではないかと思ってしまうような透き通った青い瞳。薄ピンク色の唇を持った小さな口は小さくこちらに笑顔を向けていた。


 彼女自身も仮装をしているようで、白いワンピースに、頭には黄色の輪をつけている。その美しい姿と相まって、本当に天界から現れた天使のようだった。


 この人混みのせいか、人はどんどんと流されていく。彼女の前で足を止めている人はほとんどいなかった。


 私が足を止めたことに気がついたのか、こちらに瞳をキラキラとさせながら近づいてくる。勘違いだろうか、歌っている時よりも笑顔な気がする。


「私の歌、聞いてくれたの?」


 彼女は感想をよこせと言わんばかりにグイグイと近づいてくる。鼻と鼻がくっついてしまうんじゃないかというほど近い。


「すごく、綺麗だった。私はすごく好きな声で聞き惚れちゃった」


 私は少し動揺しながらも、率直な感想を彼女に伝えた。綺麗だったことも、彼女の歌声で人の波から逃げだせたのも事実だし本音だ。


「そっかそっか」


 彼女は満更でもないような顔をして嬉しそうに笑うと、一歩後ろに下がり、私に衝撃的な内容を口にする。


「なら、私とバンドしよ!」


「え?」


 その美しい見た目から飛び出したとは思えない明るい声と内容に、私は開いた口が塞がらなかった。










 

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