☆【かのかな】のお料理教室☆

anon

第1話 

羽奏に対して、他の友達とは違う特別な思いを持っている、という自覚はある。

学校の友人に対して一緒にいたい、と思うことはあるけれど、手を触れたいとは思うことはない。

いつから彼女に対して、他の人とは違う感情を抱くようになったのかは正直分からない。

★【かのかな】のお料理教室★で、初めて羽奏と料理を作った時に、手が触れ合ってから?

それとも、一緒に行った夏祭りでスーパーボールすくいの腕を褒められてから?

考えたことはあるけれど、答えが出たことはない。

でも、今も私が彼女を特別に思っていることは間違いない。

彼女が出るドラマは全部見ているし、写真集も全部持っている。

羽奏の顔が好きで、演技が好き。

性格が好きで、話しているとドキドキする。

彼女ともっと一緒にいたいと思う。

でも、2年間も同じ番組に出ていた割に、今の私たちの関係は薄い。

★【かのかな】のお料理教室★が終了して以降、私たちは仕事場以外で顔を合わせたことはない。

いや、仕事が終わったらそんなに深くは関わらなくなる、というのは普通なのかもしれないけど。

同じ人と2年間も同じ番組に出たのが羽奏以外にいなかったから、分からないのも仕方がないと思う。

とにかく、私は昔のように彼女と親密な仲になりたい。

でも、彼女に話しかける勇気が、今の私には足りない。

バラエティ番組の収録は、もう終盤に差し掛かっている。

多分、これが最後の休憩だ。

今日を逃せば、またいつ会えるかわからない。

羽奏と私が、今日より前に最後に仕事場で会ったのは、約2年前になる。

その時は、今日のように共演したわけではなく、たまたま2人とも同じ時間に同局の別の番組の収録があり、廊下ですれ違った。

あの時はお互い次の収録も迫っていたりしたので、軽く会釈をして、他愛もない話をするだけで終わったのは仕方がないと言えると思う。

でも、今回は羽奏は共演者で、会うことは事前に分かっている状態だった。

流石に今日何もできずに終わったら、もう羽奏と話す資格はないと思う。

何を、どんな言葉で伝えるか、それまでちゃんと決めてきている。


「小学生の時、いやそれ以上にあなたと一緒にいたい。」


少しストレートすぎるかもしれない。

でも、これが私の飾らない率直な思いだ。

昔みたいに、公園で遊んだり、かくれんぼしたり、、は流石にする年齢ではないけれど、なら映画を見たり、カフェ巡りをしたっていい。

それとも、一緒に料理を作ったりしてもいいかもしれない。

昔は包丁を触れなかったから、簡単なものしか作れなかったけど、羽奏と一緒に一つの料理を作ってみたい。


斜め後ろの席で、東郷さんと話している羽奏を見る。

羽奏はあまり感情を表に出さない、と思う。

私が羽奏と深く関わっていたのは、小学生の時で、今の羽奏のことはあまり知らないから断言はできないけど。

ただ、今の私では羽奏が今楽しんでるのか、それともそうではないのか分からないのは事実だ。

胸の中に発生した微かな痛みを我慢しながら、私は話が途切れるタイミングを待つ。

でも、一向にタイミングが見つからない。

話の内容は羽奏と東郷さんが通っている高校の話で、違う高校の私が入れるような話ではない。

ちらりと、収録現場にある時計を見る。

もう、休憩が終わるまで3分もなかった。

3分じゃもう何も話せない。

私は今の休憩時間で話しかけることを諦めることにする。

まあ、収録後にも時間はあるだろうし。

それに、あの羽奏があんなに他の人と話すなんて思ってなかったし。

体の中から湧いてくる自分に対する嫌悪感を抑えるために、必死に言い訳を考えてもそれが治まることはなかった。


「そんな冷泉さんの子どもの頃のお写真が、、こちら!」


最後は、出演者の子どもの頃について語るコーナーだった。

羽奏が赤ちゃんの時、5歳の時、そして小学4年生の時の写真がモニター画面に映る。

客観的に見ても、女優の中でも羽奏は美人だ。

腰あたりまで伸びた銀色の長い髪、大きな瞳、雪みたいな白い肌。

もちろん今も可愛いけれど、子どもの頃も天使みたいだと思う。

小学4年生の時の写真は、★【かのかな】のお料理教室★の時のものだ。

隣に、同じく小学4年生の私が写っている。


「冷泉さんと言えば、やはり★【かのかな】のお料理教室★だと思うんですけど、このときの思い出って何かありますか。」


俳優に向かって代表作をバラエティ番組扱いするのは失礼ではないか、と思う。

だけど、羽奏と私が出ていた番組が代表作扱いされるのは、正直嬉しい。


羽奏がプライベートの時とは違う、少し高いテンションで、ハキハキと質問に答えていく。

メディアに出る時の羽奏は、普段よりも表情の変化がある、と思う。

バラエティ方面での人気を獲得するためには、少なくとも本番中は感情表現が豊かであるフリをする必要がある。

リアクションの小ささで人気が出る俳優もいるにはいるが、大体が一時的だ。

そういう能力は、お笑い芸人の方から盗む必要がある。

感情を表に出すことが得意ではなかった羽奏にとって、あんな風に話せるようになるためには相当な努力が必要だったと思う。

羽奏は、バラエティ方面でも、俳優としても人気を出すために頑張っている。

そして、今その努力が報われようとしている。

小学生から羽奏を推している身としては、羽奏の魅力が世間に認知され始めて、嬉しいという感情しかないと思う。

でも、心のどこかで羽奏が人気者になることに対して喜べていない、そんな気がする。

推しを独り占めしたいなんて、もしかしたらそう思っているのかもしれない。

ダメだ。

こういう感情は一刻も早く消さないといけない。

羽奏が、私がこんなことを思ってるなんて知ったら、私と話してくれなくなるかもしれない。

私は、胸の中で少しずつ広がり続けているそれを、ガムテープでぐるぐると巻いて、ダンボールに入れたいと思う。

でも、それがどこにあるのか分からないので、そんなことはできないけれど。


羽奏は料理をいろいろ学べてよかったとか、一度だけしたボートに乗っての魚釣りが楽しかったとか、そういう話をしていた。

私としては、やっぱり大好きな羽奏と2年間も同じ番組に出れたこと、それが一番の思い出で、嬉しいことだ。

ただ、もちろんそれをそのまま番組で話すわけにはいかない。 

だから私は、おそらく次に私に振られる、★【かのかな】のお料理教室★の思い出の質問に対するメディア用の回答を、羽奏の柔らかそうな唇が動くのを見ながら考えていた。

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