エピローグ〈2〉

「そもそもオマエ、どうやって復活したんだよ。魔王クイーン・アドリアーナは、あれで感動的なトゥルーエンドを迎えたんじゃなかったのか?」


 来るなり俺の腕にうっとうしく絡みついてくるアドリーに、俺は呆れ果てた顔を向けた。

 しかし、アドリーはアッケラカンと言ってのけたのだった。


「さすがのアタシも、あの時ばっかりはマジでヤバかったんだけどね、でもほら、そこはアタシ天才だから」

「また出たよ。天才ってオマエ……」

「死者の国へとやらに導かれる寸前にね、見つけたのよ」

「見つけたって、何を?」

「ダーリンに倒された天族三千人の魂」

「あっ、アドリー、お前まさか!」

「そのまさか。ペイルも含めた天族三千人分の魂、そこに内包されていた魔力を根こそぎ吸収魔法ドレインしてやったの。アイツらのやり方を見習ったのよ。もっとも、アイツらも消えかかる寸前だったから間一髪ではあったけどねぇ――で、アイツら魔力自体は大したことないんだけどさ、さすがに三千人分となったら漲る漲る! 奪い取った魔力使って速攻で肉体生成して受肉したってわけ。まあ、魂が新しい肉体に馴染むまで少し時間が必要だったから、すぐに復活ってわけにもいかなかったんだけどねぇ」


 俺はもうただただ呆気に取られた。必要とあれば敵のやり方だろうが敵の能力だろうが、何のためらいも無く利用する。アドリーの強さって、そういうところなんだろう。


「――と、いうわけで、今度こそは正真正銘、この体は完全なアタシの肉体よ。どう? ダーリン試してみたくなったでしょ?」

「何を試すんだよ……」

「晴れてJKにもなった事だし、制服プレイとか」

「俺は変態の中年オヤジか!」


 と、不意にアドリーは自分の腰を見下ろす。

 いつの間にかリイネがアドリーの腰に抱きついていた。


「だからリイネ、アンタはいつまでアタシに引っ付いてんのよ!」


 いや、オマエもな……

 と、顔を上げたリイネの瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「アドリーちゃんが戻ってきてくれて良かったの。リイネ、こんなに嬉しいことはないの」


 アドリーは呆れたような微笑みを浮かべ、リイネの頭を撫でた。

 ただ、俺にはまだ一つ気になる事が……


「なあアドリー。リイネが救済の子って話だけど……」

「それなら心配しなくていいわ。今すぐどうこうって話じゃないから」

「でも、いずれは……」

「そうねぇ……リイネがおばあちゃんになる頃くらいには……」

「え? そんな先なの?」

「リイネ、おばあちゃん?」

「正直言うと、この先リイネにどんな運命が待ち受けているかは、アタシにも予想がつかないの。リイネと出会えたのは、本当に偶然だったし、そもそもあの魂を目の当たりにするまで、救済の子が実在するなんて夢にも思ってなかったしね。ただ、一つだけ言えるのは、平行世界であるアタシらの世界を含めた全人類が、その原罪の贖罪を求められる二千年の周期には、まだ少し時間があるってこと」

「そうか……」


 俺は、ほんの少しだけ胸をなで下ろした。

 それだけ時間があるのなら、救済の子というものがどういうものなのか調べる事も出来るし、ちゃんとリイネを守ってやることも出来そうだ。


「まあリイネは、アタシと違って弱っちいし復活も出来ないんだから、せいぜいその命を大切にしなさい」

「ハーイ!」


 本人が一番よくわかっていないみたいだが、とりあえず返事だけは元気だ。


「しかしアドリー、復活出来るアテがあったんならあの時言えよな。最後のお別れみたいなこと言ってさ。俺の涙を返せ」

「あら? アタシ『無理そう』とは言ったけど、『無理ね』とは一言も言ってないわよ」


 コイツ……


「んふふふ~、それよりもダーリンさ、あの時、アタシが行かないで済むならなんでもするって言ったわよねぇ~」

「オマエまさか、俺からあの言葉を引き出す為にあんな演出を……!」

「さあ、どうかしら?」


 ニヤつくアドリー。コイツ、ホントに天魔覆滅剣ゴッド・スレイヤーで叩き斬ってやろうか……

 と、その時だ。


「アドリー、は狡猾で生き汚い……」

「うおっ! ミースいつの間に!」


 いつの間にか俺達の背後を歩いていたミースに、俺は思わず仰け反った。

 同時にアドリーがミースに殺気を放つ。


「ミー、アンタよくもやってくれたわね。アタシの夜這いを邪魔するなんて! しかも空間蟲とは、趣味のいい嫌がらせをしてくれたじゃない!」

「空間蟲は人間好き、の珍しい魔蟲。空間転位、で大好きな人間、の体に、張り付いてくる……」

「知ってるわよ、そんな事! アイツら、二目と見られないくらい醜いくせに、やたらと人に張り付いてきて最悪の嫌がらせだったわ! さあミー、覚悟はしなさい!」

「わたし、のリイネちゃんの安眠、を妨害するアドリー、が悪い……!」


 と、アドリーが拍子抜けしたみたいな顔をした。


「あっ、そういう事。驚きねぇ。人間嫌いのアンタが誰かに懐くなんて」

「そ、それは……」


 ミースは顔を真っ赤にする。そんなミースにリイネが声をかけた。


「ミーちゃん、オハヨーなの」

「お、おはよう、リイネちゃん……」


 と、ミースの肩に、天族が現れた時くらいからずっと姿を消していたあの軍服フェアリーが姿を見せた。


「わぁ! 妖精さんなの!」

「この子の名前、はウイッシュ。この子も、おはようって言ってる……」


 ウイッシュという名の軍服フェアリーは、笑顔でリイネの周りをぐるりと飛ぶと、ミースの肩に戻り、再び姿を消した。


「あっ、消えちゃったの」

「普段は姿、を隠しているけど、ウイッシュはいつも、わたしのそばに居る友達……」

「すごいお友達なの」


 そのすごいお友達にオマエはずっと見張られていたんだけどな……


「それじゃあミーちゃん、一緒にお手々つないで学校行こうなの」

「う、うん……」


 リイネに手を繋がれるミース、耳まで真っ赤なんだが……

 と、そこに今度は物凄い勢いで高身長が走り込んできた。


「アドリィィィィィッー!」


 そして、アドリーに抱きつく。


「余はッ! 余はッ!」

「ああーッ、うっとうしい! 引っ付くなデカ女!」


 そんな様子を横目に、俺はミースに小声で訊いた。


「なあミース、オマエらってアドリーの復活には慣れてんじゃなかったのか? アイツ、号泣なんだが……」

「あれはいつも、のこと。残念バカだからしょうが、ない……」

「ああ、そう……」


 そこにリイネが、いつもの調子でシルヴィに挨拶する。


「半田先輩、オハヨーございますなの!」

「才賀、いい挨拶ね。おはよう」


 うおっ、シルヴィの奴、一瞬で顔付きが半田白になった。


「才賀、部活も今日から始まるから、あなたも出てきなさい」

「ありがとうなの! 半田先輩!」

「それから、西城と小倉の件に関してだけど――」


 そうだ。まだそれが残ってた……


「――あの二人が才賀にしたことは、どんな言い訳をしたところで決して許される行為ではないわ。だから二人には、責任を取らせる形で退部に……」

「先輩、それはダメなの!」


 リイネは、すぐにそう声を上げ、必死な顔でシルヴィに訴えた。


「リイネ別に怒ってないの! 西城さんも小倉さんもお友達なの! だから退部は許してあげてほしいの!」


 すると、シルヴィはにっこりと笑い、


「才賀なら、きっとそう言うと思ったわ」


 と、リイネの頭を撫でた。


「実はね、私は休みの間に西城と小倉を呼び出して、よく言って聞かせたの。その甲斐もあって、今では二人とも自分たちのしたことを振り返って猛省している。当然、バッシュは弁償すると言っているし、今日学校でちゃんと謝罪するとも言っていた。それでも才賀が許してくれなければ退部も覚悟しているとまで言っていたわ。でも、本音を言ってしまうと、私もあの二人を退部にはさせたくない。西城も小倉も、見た目はアレだけど、バスケは凄くマジメだから」

「それはリイネも知ってるの。西城さんも小倉さんも、スゴい頑張り屋さんなの」

「そうね。でも、何らかの形でケジメは取らせなければいけないから二人には、もし才賀が許してくれたならアナタたちは責任を持って才賀にバスケを教えなさい、と命じてある。才賀、それでいい?」


 その途端、リイネは花が開くような笑みを浮かべた。


「先輩、ありがとうなの! リイネ、今から楽しみなの!」

「アナタたちがチームメイトとして切磋琢磨してくれれば、私も嬉しいわ」


 そう言ってシルヴィは微笑み、もう一度リイネの頭を撫でた。

 そんなやりとりに、俺はホッと胸をなで下ろした。


「助かったよシルヴィ。恩に着るよ」

「私がまだ姫と呼ばれていた頃は、いくつもの紛争地域に出向いては、停戦、休戦をさせていたからね。この世界ではネゴシエーターと言ったかしら? その経験がある私にとってイジメ問題の解決など造作も無いわよ」

「予想外の経歴だな……」


 このシルヴィが、まさかのスーパーネゴシエーターとは……

 だが、そんなシルヴィは、一変して俺を睨み付けてきたのだった。


「……まあ、才賀のイジメ問題のそもそもの原因は来栖、あなたの責任ではあるんだけどね」

「はぁッ? なんで俺!」

「二人から聞いたけど、西城と小倉は、入学当初はあなたのファンだったらしいわよ」

「なんですか? それ……」  

「だけど、来栖にはいつも才賀がくっついているから、まあ嫉妬したのね。それでも最初は才賀の事をちょっとからかってやろうくらいのつもりだったらしい。だけど、それをあなたにマジギレされたものだから、あの二人も引くに引けなくなって、それで事態がどんどん悪化していったっていうのが経緯らしいわ」

「はあ……」

「来栖は他人に無頓着すぎるのよ。初めから彼女達の様子をちゃんと観察していれば何となく察せたはずだし、そうすれば事態が悪化することもなかったはずよ。少しは反省しなさい」

「はい……」


 シルヴィと言うより、半田先輩としての威厳に、俺は思わず頭を下げてしまった。

 でもまあ、確かに言われてみれば、西城と小倉って入学したばかりの頃は、やたらと俺に話しかけてきてたな。趣味は何かあるのか、だとか、一緒にカラオケ行こう、だとか、彼女はいるのか、だとか。そう言えば、リイネは彼女なのか、なんてことも訊かれたっけ。

 鬱陶しいから相手にしていなかったけど……

 しかし、とりあえずリイネの問題はこれで落ち着きそうだな。

 もっとも、新たな問題が俺の腕には引っ付いてるわけだが……


「まったく、ダーリンがいくらイケメンだからって、アタシの男に色目使うとか、いい度胸してんじゃない、あの二人。やっぱり骨も残らず焼き尽くしてやろうかしら」

「やめろバカ……」


 俺は頭を抱える。

 そもそも俺がイケメンとか、考えた事も無い。あっ、もしかしてこれ、モテ期とか言うやつか? 勘弁してくれ。そんなものはギャルゲーの中だけで充分だ。ギャルゲーやらないけど……

 あっ! ゲームと言えば、俺ゲーム解禁にしたんだっけ! よし、じゃあ学校から帰ったら貯金下ろして早速ハード買ってこないとな。それとソフト、何がいいか……

 ロープレは外せないし、格ゲーにアクションにFPSも欲しいな。それからリイネと二人で遊べそうなやつも一本買っておかないと――


「ってか、あんなジャリガキ二人の事なんて、どうだっていいのよッ!」

「な、なんだよアドリー、急に大きな声出して……」

「ダーリン、なんでもするって言った! 約束守って!」

「でも、何を……」

「結婚して! 今すぐ!」

「オマエ、バカなの? 要求がメチャクチャだろ。それに俺、法律上まだ結婚出来ないんだけど?」

「アタシ、異世界の人間だもん! こっちの法律なんて知ったこっちゃないわ!」

「俺は関係あるっつーの……」


 そこにシルヴィが声を上げた。


「ア、ア、アドリーには、余がいるではないか! 余の妃であろう!」

「誰がアンタの妃よ! アタシはOKした覚えはないわよ!」

「そんなぁ……アドリー……」


 シルヴィのやつ、飼い主に怒られた犬みたいな顔で半ベソかいてるし。さっきまでの立派な先輩像はどこへ行った? 半田先輩。

 すると、今度はリイネが反対の腕にしがみついてきて、満面の笑顔でしょうもない事を言い出した。


「じゃあ、リイネもアンちゃんと結婚するの!」

「オマエなあ……」

「そ、そういう事なら、わたし、はリイネちゃん、と結婚する……」


 待て待て、蟲姫様……

 と、突然目の前がパッと光ったと思うと、緑色のワンピースを着た女の子が現れた。


「盟約の竜!」

「だったらボクも我が友と結婚するよ! よくわかんないけど!」


 そう言いながら俺に抱きついてくる盟約の竜。もう、何がなんだか……


「なにアンタ勝手に出てきてんのよ! ダーリンから離れなさいよ! このトカゲ女!」

「なんだか楽しそうにしているから、ついね。ボクだけ仲間はずれなんてズルいよ」


 そして、リイネが満面の笑みで高らかに声を上げた。


「だったらみんなで結婚するの!」


 ああもう、何言ってんだか……


「ってか、学校に遅刻するーーーーーッ!」

                                     了

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爆裂!魔王少女~異世界からの魔王がエロすぎて俺の貞操の危機なんだが~ 思春期が終わらないオッサン @WaSei-yomoyama

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