第四章 デビルズサーガ〈1〉
駅近くの商店街からもほど近い工事現場。
鉄製の高いフェンスが取り囲んだ敷地内には建材が高く積まれ、建設途中のマンションはまるでバベルの塔の絵のようだ。フェンスの外側の町の喧騒はどこか遠くに聞こえ、静かすぎるこの場所とは別世界のように思える。
当然、人の気配は無かった。目前の黒く巨大な鎧兜以外は……
「なんだよオマエは! リイネを放せ!」
未だリイネは黒い鎧兜に抱えられていた。
「なんだよ、とはつれないではないか。あれほど激しく戦った余を忘れたか?」
戦った……?
「どうだ? 思い出さぬか? 多少ゴチャゴチャしてはいるが、この高く聳え立ったフェンスは余と
そうか! あの黒い鎧に、角が生えているようなフルフェスの兜、そして巨大な体躯。
「オマエ、漆黒の魔王の手下か!」
デビルズサーガの裏ボスである漆黒の魔王――つまりアドリーへ辿り着くまでにはいくつかの関門がある。一つはそこに入る為の入口探し。いや、正確には入口というものが存在していない。噂にあった通り、プレイしていると突然『汝は選ばれた』という声が聞こえ、画面が切り替わる。そして飛ばされる場所は、巨大な無人のコロッセオ。
その無人の客席の一番高い所に漆黒の魔王は姿を現すのだが、そばには二人の手下が付き従っている。漆黒の魔王と戦うには、まずは、そのどちらかを倒さなければいけない。その一人が、この黒い鎧兜だったのだ。
「余は別に手下というわけではないのだが、まあ今はいいだろう……」
と、黒い鎧兜はリイネを放した。リイネはすぐに俺の方に駆け寄ってきた。
「リイネ、大丈夫か? ケガは無いか?」
リイネは「うん」と頷く。
「そっか、よかった……で、あのさ――」
俺は、腰より深く頭を下げた。
「さっきは言い過ぎた。ゴメン! 俺が悪いのに!」
だが、リイネは「ううん」と、首を振るのだった。
「アンちゃんは悪くないの。リイネがちゃんとしなきゃいけなかったの」
俺は、そんなリイネの頭をなでながら笑顔で言った。
「いいんだよ。リイネはそのままで。お人好しで、おっちょこちょいで、何でも自分が責任感じて、だけど笑顔で乗り切ろうとする、そんなリイネで。その分、俺が守ってやるから。だから、二度とあんな寂しそうな笑顔を見せないでくれ」
満面に明るい笑顔を浮かべ、「うん!」と、リイネは大きく頷いてみせた。
「よし。じゃあリイネは離れていろ。俺が絶対に守ってやるから」
そう言って俺は、リイネを自分の背中に回す。
と、黒い鎧兜は再び言い放つ。
「話は終わったか? ならば今一度雌雄を決しようではないか!」
黒い鎧兜は、高々と右腕を天に掲げた。
「出でよ! 魔剣ゴウスツ!」
声を上げると同時に、鎧兜の右手に現れ握られたのは、鎧兜と同じように黒く、冗談みたいにデカい大剣。190にも迫ろうかと思われるその身長よりもデカいように見える。その大剣を黒い鎧兜は軽々と頭上で振り回し、構えた。
「では、行くぞ……」
「ちょっと待て!」
俺はそう声を張り上げる。まともに戦ってどうにかなるような相手じゃないのは分かっている。アドリーだって当てにならない。でも、モンスターと違って言葉が通じるなら、どうにか話し合ってでもこの場を切り抜けないと。俺の背中にはリイネが居るんだ。
「オマエの目的はなんだ? まさか五年前の復讐か? だったら間違ってるぞ。あれはゲームの中の話だ。実際に俺みたいなひ弱な人間がオマエみたいな屈強な魔剣戦士と生身で戦って勝てる訳がない。俺は負けを認める。オマエの勝ちだ!」
カッコ悪いがこうなれば命乞いだ。手段なんて選んでいられない。
しかし、黒い鎧兜は溜め息交じりに返すのだった。
「其方は何か勘違いしているようだな……」
「勘違い?」
「確かにあのゲームの中で余は其方に引けを取った。しかし、余とて一国の王だ」
王様……?
「――状況はどうであれ負けは負けと潔く認めよう。遺恨など無い。理由は他にある」
「俺とオマエを繋ぐ物がゲーム以外に何が……」
「其方は余の妃を奪った。理由はそれだけで充分だ」
「き……妃って……?」
「とぼけるでない! クイーンアドリアーナの事だ!」
「……はい? いやオマエ、それは、それこそ勘違いってもので――」
だが、問答無用で黒い鎧兜は黒い大剣、魔剣ゴウスツを振り上げると一気に踏み込んできた。
俺は反射的に横っ飛びをして交わす。避けられたのはほとんど奇跡だったが、空振った魔剣は、俺の背後の積み上げられた鉄骨を豆腐のように真っ二つにした。
しかも、奴が振り下ろした瞬間、魔剣は消えたのだ。
「思い出した……確かあの魔剣って、攻撃してくる瞬間、剣が消えるんだった。おかげで間合いが掴めなくって随分と苦労したんだ……」
「ようやく思い出したか。ならば、もう少しマシな戦い方も出来るであろう」
再び迫り来る黒い鎧兜。
俺はその場をぐるりと見回し、武器になりそうな物を捜す。
「あれなら……!」
俺が慌てて手に取ったのは、放置されていたスコップだった。俺はそのスコップを振りかざして立ち向かった。
「このやろうッ!」
だが、奴の横薙ぎに払った一振りで、俺は吹っ飛ばされた。
「かつては聖剣を携え、余を苦しめた勇者の武器が今やスコップ一つとは、哀れなものよな……」
「だからそれはゲームの中の話だって言ってんだろッ!」
と、尻餅をついていた俺の喉元に、黒き魔剣ゴウスツの切っ先が突きつけられた。
「終わりだ」
何の感情も感じられない、冷酷なまでの一言。ヤバイ、マジで殺られる……
「リイネ、逃げろぉぉぉッ!」
俺は声を張り上げる。黒い鎧兜が魔剣ゴウスツを構える。
その時――
「アドリーちゃん! アンちゃんを助けてなのッ!」
リイネの体から漏れ出すように、炎のように赤い閃光がほとばしる。体は見る見る大きくなってゆき、着ていた制服は破れ、そして、高らかに声が上がった。
「
腰に手を当て、相変わらずの素っ裸。
「魔法少女アドリーって呼んでね❤」
で、逆ピースを目元に構えての以前と同じキメポーズ。もういいよ、それ……
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