第20話 暗黒黒炎竜さんは焔角機を欲しがる。

「そろそろ消灯の時間だね」


 アルフォンス先輩が、窓の外の暗闇を見て言った。

 すでに外は闇夜のとばりが落ちている。竜で暗視能力のある俺には大差ないけど。

 これは厳命されていることだけど、ホワイトナイト候補生とユニコーンの乙女の寝所は別にされている。

 間違いがあってはいけないってことだろう。

 俺たち以外の他の人たちは、そもそも寝る場所が候補生とユニコーンの乙女で別に分けられている。

 そして成績報酬でコテージをもらっている俺たちも、寝室は独りずつ別で、見張りの兵士がついている。


「ん~~~~~」


 レリーシャちゃんはかわいいことに、俺の体をぎゅっと抱きしめて鼻から息を吸い込み残り香をたっぷり蓄えると、俺の体を離してくれた。


「レーヴァ様。明日もがんばってください」


「うん。ありがとう」


 俺を気遣うレリーシャちゃんに、笑顔で礼を言う。

 と。


 ギュウゥゥゥゥゥゥン


「ん……?」


 建物の中にいても聞こえる、夜空を切り裂くような異音が響いてきた。

 あれはユニコーンナイトの飛翔音だと思うけど……音が独特だ。俺の知らない機体だ。


「今の音、もしかして……」


 エトス先輩とアルフォンス先輩が顔を見合わせる。

 そして二人は駆けだして、モーテルの外に出た。


「どうしたの? 2人とも?」


 不思議そうなシレリアさんが後を追いかけるので、俺たちも気になって後に続いた。

 2人はモーテルを出て、木立ちの隙間から眼下を見下ろせる位置に移動した。

 その視線の先に、煌々と光を放つ、一体のユニコーンナイトがいた。


 そのユニコーンナイトは俺がかつて見たどの機体よりも荘厳で重圧を放っていた。

 一般的なユニコーンナイトに比べればはるかに重装備に見える重甲冑。構えれば体をすっぽり覆えそうなタワーシールド。片手で構えるには大きなツインランス。

 物々しい鈍重そうな重装備でありながら、機体の細部に精緻なレリーフが刻まれていて、荘厳な美しさを見せる機体だった。

 そして頭頂部から生えた角。

 それは灼熱の溶岩のような緋色の焔角だった。


焔角機えんかくき……」


 エトス先輩がつぶやいた。



 ……

 …………

 ………………



 翌日、朝食の席で俺はネーヴェさんに聞いた。


「焔角機っていうのはね、その国を象徴する一体のユニコーンナイトのことなの」


「具体的に何が違うの?」


「うーんとね。聖堂に国として認められると一国に一体配られるんだけど……。魔導炉の出力が全然違くて。一騎当千……とはいかないまでも、普通のユニコーンナイトに比べれば段違いの性能を誇るわ。あの機体はかなり重装備だったけど、それでも機動性はたぶん、そこらの指揮官機を超える速度を出せると思うわ」


「へぇー……」


 欲しいなー。

 事故に見せかけて奪えないかな。

 俺は純粋に思った。


「俺たちも手柄を立てれば乗れるの?」


「まさか」


 ネーヴェは肩をすくめた。


「国を代表する象徴的な機体だもの。今乗っているのは、第一王子のカインズ殿下。……キミでもカインズ殿下は知っているでしょ」


「いや。ごめん知らない……。いででででで!」


 俺の謝罪もむなしく、ネーヴェは俺の耳をひっぱった。


「覚悟した方がいいわよ。カインズ殿下は私たちとそんなに年が変わらないけどこの国で一番のホワイトナイトなんだから。焔角機がなくともね。で……カインズ殿下には悪癖があってね」


「悪癖?」


「とんでもない戦闘狂なのよ。大体この時期は主だった候補生の味見に……そうですよね? 先輩?」


 ネーヴェが話のさじをむけると、アルフォンス先輩が苦笑気味にうなずいた。


「ああ。そうだね。毎年のことだ」


「どういうこと?」


 アルフォンス先輩の言葉の意味もわからずにたずねると、ネーヴェがしっかり説明してくれた。


「大体年次の主席生徒に、模擬戦決闘を挑んでくるの」


「へぇー。楽しみ。どれぐらい強いの? 王国最強? 人類最強?」


 俺の反応に、ネーヴェが面食らった表情をする。


「楽しみってレーヴァ……」


「人類最強かどうかまではわからないけど、ぶっちぎりで王国最強だね」


 呆れるネーヴェと、笑うアルフォンス先輩。

 ……俺の実力を知っているネーヴェでも呆れるって……。

 むっちゃ楽しみだな!


「勝ったら俺が王国最強ってことだよな? そしたら焔角機もらえるか!?」


「さぁね……」


 俺が無邪気に言うと、ネーヴェは頭が痛いみたいな顔で気のない相槌を返した。





 優雅に朝食を食べる時間があるわけではなく。

 急き立てられるように俺たちはそれぞれのユニコーンの乙女に装具を整えてもらい、山を下り、アルフォンス先輩たちやメランダさんと別れて整列する同期たちに混ざった。


 朝礼の場で、注意事項などを説明するコリンズ指導官の後方に、ずっしりと腕を組んで構えている偉丈夫さんがいる。

 噂のカインズ王子だろうと一目でわかった。

 大柄で屈強な体格で、白銀に金で縁取りされた鮮やかな金属鎧を身に着けている。

 顔立ちは三白眼の強面で、まさしく生粋の戦士という感じ。

 見た目だけなら俺の正反対な人だ。


 ……ただ。

 その隣にいる女の子は何者なんだろう。

 俺よりも小柄……というか幼い。

 頭頂部に生えた耳は、アクセサリでなければ獣人族なのだろう。スカートの後ろからくねくね動く尻尾が見えるし。

 ひらひらと舞う蝶々に本能が刺激されている様子で、うずうずと我慢していたが、やがてこらえきれずに本能のままとびかかり追いかけまわし出した。

 和む光景だけど、隣のカインズ王子が厳めしくこっちを睨んでくるしコリンズ指導官が見ているため、整列したみんなは真面目な顔を動かすことはできない。

 シュールな光景だ。

 獣人族なら奴隷……首につけたチョーカーは洒落たデザインではあるものの、ルニファーレン君がつけていたものと似ているように見える。

 しかし単なる奴隷にしては自由にさせているし、あんな幼い娘が秘書や傍付きの世話役というのもしっくりこない。

 何者なんだろうか。


「最後、レーヴァ班は居残れ」


 別に俺が隊長って柄じゃないけど、分隊の代表名は俺で提出してある。

 実際の雑事はガイエル君やネーヴェが勝手にやってくれるけどね。

 他の同期たちがそれぞれの作業に走り出す中、俺たちの分隊は残される。

 その理由は……ネーヴェが言ってくれたように、カインズ王子の悪癖にあるようだ。

 待ちきれない様子で、カインズ王子はコリンズ指導官の肩をむんずとつかんで下がらせると、にじりよってきた。

 そしてカインズ王子は俺──ではなく。

 ネーヴェの前に移動して、感慨深げにつぶやいた。


「ネーヴェリア……」


 え?

 ネーヴェリアって、ネーヴェの本名だろうか?

 なんでカインズ王子がそれを知っているの?


「私はネーヴェリアではありません。ネーヴェ。天涯孤独な孤児の娘です」


 だけどネーヴェは否定した。

 一体どういうことなんだろう。


「ホワイトナイト候補生になったのも自らの力です。ですから私はカインズ殿下とは無関係のネーヴェです」


「無関係……」


 カインズ王子は繰り返した後、一瞬、視線を落した。


「……わかった。お前の覚悟を尊重しよう。ではそちらの」


 えええ?

 ネーヴェとカインズ王子の関係が気になる。

 今すぐにでも問いただしたいけど、それをできる状況では……なさそう。


「レーヴァ、だったか」


 カインズ王子は今度は俺の方をむいて、鋭い視線で睨みつけてくる。

 強者ツワモノって感じの覇気を感じる。

 よくも悪くもモンスターの脅威が取り除かれたこの時代では、こんな覇気を迸らせる者は軍関係者でも中々いなかった。


「俺と仕合え。拒否権はない」


 はは。

 せっかちさんだね。

 ネーヴェが戦闘狂と言ったのは伊達や酔狂でないらしい。

 ネーヴェが何か言い出そうと手を差し出したが、先ほど無関係と宣言したのはネーヴェの方だ。

 今更『お願い』することは立場上できない。

 ネーヴェは伸ばしかけた手を止めて、胸の前で握りしめて悄然しょうぜんとする。


 大丈夫。安心して。

 俺は最強最悪の黒炎竜。

 人類最強だろうと俺には敵わない。


「いいよ。カインズ。でもそれなら、勝った場合の報償が欲しいな」


 俺が言うと、コリンズ指導官が目を細めて言った。


「レーヴァ」


「よい」


 叱ろうとするコリンズ指導官を遮り、カインズ王子は顎をしゃくった。


「何が欲しい。言って見ろ」


「俺、あの焔角機えんかくきが欲しいです」


「…………」


 カインズ王子の視線が細まる。

 さすがに不味いことだっただろうか。内心ドキドキする。

 カインズ王子の返しは、意外なものだった。


「いいだろう」


「本当? 二言はない?」


「欲しければくれてやる。が、俺に勝ったらの話だ」


 ふふん。

 俺を誰だと思ってやがる。


「よし、じゃあやりましょう。殿下。この俺が……レーヴァニル・ドラグニルがその勝負、引き受けましょう」


「コリンズ、審判を任せる」


「は……。はぁ……」


 コリンズ指導官が珍しく冷や汗をかいている。

 学園では権力を振るう指導官も、さすがに王族には逆らえない様子だ。


「レーヴァ。距離をとれ。剣を構えろ。準備ができれば俺に合図を送れ」


 コリンズ指導官の指示通り、俺はカインズ王子と距離を取り、剣を抜く。

 カインズ王子も抜剣する。

 大柄な体格に似合った迫力のある両手剣だ。けっこうな魔法剣だね。

 俺の剣もかなりのものだけど、さすがにサイズも性能も負けそう。

 俺の長剣ははるか昔、巣を荒らしにきた冒険者たちから奪い取ったものだ。サイズは一応普通サイズなんだけど、華奢な少年に人化した俺と比較すると、だいぶ大ぶりだ。性能は中の上という程度。カインズ王子の業物には一歩劣る。


「双方、準備は良いな? ……はじめ!」


 俺とカインズ王子がうなずくのを確認して、コリンズ指導官が鬼気迫る表情で言う。

 何か間違いがあれば身を挺してでも試合を止めようって覚悟を感じる。


 ところでこの模擬戦……。

 王子様を殺しても合法なのかな?

 いやそうとはいかなさそう。

 やはり殺さない程度に力をセーブしておくか。


「………」


 カインズ王子は剣を中段に構えて、鋭く睨みつけながら、じりじりと近づいてくる。

 ちょっとゾクゾクする。

 俺は思わず犬歯を見せる笑みを浮かべて、衝動のまま斬りかかっていた。

 地面を蹴って、一歩。

 3メクトルの距離を跳躍するスライド。

 そこからカインズ王子の眼前で足を着地し、

 次の歩でさらに加速する!


 高速の多段変速で一瞬で彼我の距離を縮めると、速度の乗った斬撃を叩き込む。


「!」


 ギン!


 カインズ王子は反応して見せた。

 俺の体重の乗った一撃を、遮るようにして防ぎきる。

 初撃を防ぎきられたまま、俺はその剣を押し込み鍔迫り合いに持ち込む。

 カインズ王子はそれに応じた。

 ぎりぎりと。

 鋼鉄が噛み合う音を立てて、双方の眼前で剣が交差する。

 俺のこの小柄な体に反して、俺の筋力は大の巨漢を凌ぐ。そこに魔力でブーストして、俺の一撃を受け止めた者は今のところいなかった。

 人類最高はさすがに誇張だろうと思ったけど、そう思いたくなる──過去に存在した大英雄たちを想起するような膂力だ。

 しかしそんなカインズ王子でも、俺の方が力は勝っているようだ。

 鍔迫り合いの状況でじりじりと押し込む。


「見事だ」


 不意にカインズ王子がつぶやいた。

 と、同時にカインズ王子は身を沈める。


「!」


 力で押し込むあまり、つんのめるような恰好になった俺の足にむかって、カインズ王子は切り込む。

 それを察知した俺は、地面を蹴って空中を一回転しつつ斬撃を放ちつつ、着地。

 生憎と宙を回転しながらの斬り攻撃はかわされた。


 見事って言われたけどさ。

 たかが霊長類ごときが、人化状態とはいえ俺の剣を受け止めたことの方が見事なんだけど。

 そう思いつつ、振り返ると──


 カインズ王子は笑っていた。

 あは。

 過去にもいたよ。こんな狂戦士バーサーカー君。

 人の巣に押しかけて来てさ。俺の強さを理解して死地で笑うの。

 そいつらは一部の例外を除いて食い殺してきたけど。

 このカインズ王子、相当キてるね。

 本人は生まれた時代を間違えたと思っていそう。


「エルフの隔世遺伝、という噂だが」


「ああ。俺も正直わかってないよ。でもこの耳に成長が止まっているから、そうなんじゃないかってさ」


「俺が聞いた話では、エルフは20代までは人とさほど変わらず成長する。少年の姿で成長が止まるとは聞いたことがない」


 さすがは王子様だ。エルフのこともお詳しいらしい。

 そう言われても開き直るしかない。俺は適当な言葉を連ねた。


「そうなんだ? でも隔世遺伝だから。……普通のエルフとはちょっと違うのかもね」


「ふん。それが詭弁で……物の怪の類なら、面白いのだが」


 あは。

 物の怪とか古風な言い回しをするね。

 でも正解だよ。

 俺はドラゴン。

 この世界で最強の魔獣モンスターとされるドラゴンの中でも、さらに最強最悪で凶悪で邪悪な黒炎竜。

 それがこの俺、レーヴァ様だ。


 正直、カインズ王子から投了リザインしてくれないかなと思ったけど。

 ほら、王族だし。傷をつけたら後々面倒になりそうだし、かなりの腕前だから、手加減に失敗して首を斬り落としたりしそうだからさ。

 でもむしろカインズ王子はやる気が増したみたい。

 あはは。

 ちょっと、俺も興奮してきた。

 と、それに水を差すような声が響いた。


「レーヴァ!」


「……ネーヴェ?」


「無理をしないで! 降参して!」


 ネーヴェが声を張り上げて来た。

 切羽詰まった様子で、俺を不安げに見ている。

 ネーヴェには、俺が不利なように見えたのだろうか。

 ちょっとときた。


「大丈夫だよ、ネーヴェ。俺がこの王子様をわからせて、焔角機をもらうんだ」


「レーヴァ……」


「ところで王子様。ネーヴェリア……ってネーヴェの本名? どういう関係なの?」


 俺がたずねると、カインズ王子は機嫌を損ねたように眉をひそめた。


「それを知らないと雑念が入るのか? ただの異母兄弟だ。さきほど絶縁を言い渡された通り、彼女は俺との血縁を望んでいない様子だが」


「え? それってネーヴェが……。王女様ってこと?」


 思わず剣に込めた力を緩めて言うと、カインズ王子が不機嫌そうに顔をしかめた。


「決闘の最中に他のものに気をとられるな。興が冷める。知りたければ俺を負かしてから口を割らせろ」


「あ……。はいはい」


「今度はこちらからいくぞ」


 カインズ王子は言うと、雄叫びのように喉から威勢を迸らせ、その巨躯を飛び掛かる獅子のように躍動させた。


 ギン!


 俺の長剣と噛み合う。

 さすがに勢いを乗せた斬撃を弾くことはできず、俺は受け流しつつ横手にステップを踏み、切り返しの斬撃を放った。

 見下すようなカインズ王子の目線が勘にさわった。


「ふん」


「!」


 カインズ王子は必要最小限の動きで俺の斬撃を受け流すと、斬りかかる──と見せて、突きを放ってきた。

 フェイントだ。


「ずるい手を使うなぁ!」


「レーヴァ。お前は素質は素晴らしいが、良い師には恵まれなかった様子だな」


 ギンギンカキン! と、鋼を幾度も噛み合わせながら、俺とカインズ王子は剣の応酬と同時に言葉の応酬を重ねた。


「お前の振るう剣は、とてもではないが『剣技』とは言えないものだ。オーガが力任せに棍棒こんぼうを振るうのと変わりない。それでもほとんどの相手を蹴散らせるだろうが……。一定以上、俺ぐらいの腕になれば──」


 ムキになって、大ぶりな斬撃を放とうと、剣を引こうとした瞬間だった。

 カインズ王子はその呼吸を読んでいたとばかりに踏み込み、俺と息が噴きかかる距離で言い放った。


「終着の見える、色褪せた茶番だ」


「!?」


 カインズ王子は、その斬撃に強い魔力を込めた。

 それにより斬撃の威力がブーストされ、俺が手にした長剣で受け止めた瞬間、目もくらむような光を放って、俺を吹き飛ばした。


「うわっ!」


「「レーヴァ!」」


 ふんばって受けるにはまずい衝撃。俺はあえて地面を蹴って、衝撃が押し流すままに吹き飛んだ。

 衝撃をまともに受けた俺の小柄な体は、8メクトルほどの距離を吹き飛ばされ、草木の茂る藪の奥へと弾き飛ばされていた。

 ネーヴェとガイエル君の俺の名を呼ぶ声が聞こえる。

 ……剣術、かぁ。

 当然、元がドラゴンである俺にはほとんど縁のなかった概念だ。

 中等部時代からあれこれやかましく指導してくる人はいたんだけど、話半分で切り上げていたんだよなぁ。

 フェイントとか……なんか小狡こずるいし?

 でも……今の鋼を噛み合わせてわかった。

 単純な力では俺の方が上でも、技量を合わせると俺はカインズ王子を倒せない。

 どんな力をひり出しても、カインズ王子の防御を突破できず、虚をついたカインズ王子の一撃が俺をとらえるのが先だ。

 このままでは。

 ……しょうがないな。

 奥の手を使うか。


「どうした。やぶに隠れて奇襲するか?」


 カインズ王子は俺が藪からでてくるのを待っていた様子だが、姿を現さないのにごうを煮やした様子で藪の方に歩み寄ってきた。

 そう。おいでよ。


「……? レーヴァ? どこへいった?」


 カインズ王子は、俺を探して藪の深くへと入り込む。

 もう少し……もう少し……。


 うん。


 これぐらいでいいか。

 俺は力を解放した。


「!?」


 カインズ王子が瞠目した。

 はは。わかってくれるか。


「なんだ……。その禍々しい闘気オーラは……」


 あれほど泰然自若たいぜんじじゃくとしていたカインズ王子が、言葉を震わせている。

 肌で、戦士としての本能で、俺の内から放たれた力とその危険性を感じているようだ。


「悪魔、か?」


 俺は今、人化を少しだけ解いて、竜の姿に戻る途中──亜竜化状態を維持している。

 魔素がうずまいて、竜の角と翼に尻尾が、黒い霧となって存在していた。

 たしかにこの姿を見れば、人は竜よりも先に悪魔を思い浮かべるかも。


 カインズ王子は実に俺の期待を裏切ってくれて、この状況で怯えるでもなく、喜色を浮かべて笑った。


「は……はは! これは嘘から出た真か、本物の物の怪の類だったとはな!」


 そう言うと、剣を構える。


「いざ尋常に……! 勝負!」


 あはは。

 じゃあ。

 悪いけど、死んでね。


「!?」


 俺は黒い疾風と化すと、瞬きする間もなくカインズ王子の背後にまわりこみ、その首筋に剣を振り下ろした。

 いやいや。

 亜竜化を見られたら、もう素性がただの人間じゃないってバレるからさ。

 もちろんカインズ王子には死んでもらうよ。

 だけど。


「ぐぅうぅぅぅ!?」


 カインズ王子は咄嗟の判断で前に飛んで地面を転がると、注意深くこちらを警戒しながら剣を構えて、じりじりと後退した。

 往生際が悪いなぁ。


「……づぅ!?」


 再び襲い掛かった俺の攻撃を、カインズ王子は横っ飛びにかわして避けた。

 ……っち。

 亜竜化状態は俺も慣れていないから、うまく制御できない。

 一撃をかわされると、連続して追撃を打てない。

 困るなぁ。大人しく死んでよ。

 次は避けられるの前提で、確実に仕留めよう。

 そう思った時だった。


「……ハァ、ハァ! よいのか、レーヴァ!」


 武者震いと全身のバネを使った全力移動で呼吸を荒らげたカインズ王子が、顔を泥に汚しながら言った。


「ここから先は……観衆に見えるぞ!」


 ……うわ。

 本当だ。

 カインズ王子、俺が森の奥へと誘い込んだのに、いつのまにか森の切れ目あたりまで移動していた。

 ここでカインズ王子を仕留めようとすれば、必然的に、俺のこの亜竜化状態の姿をネーヴェやコリンズ指導官、ガイエル君含む他の分隊メンバーにさらしてしまう。

 あー……。

 これは、しくじった。

 さすがにこの場の目撃者全員を殺害するのはない。

 となると……。

 この5年……いや3年かけた計画もパァか。

 ドラゴンにとっては大した年月ではないけど……。

 守ると誓ったネーヴェやレリーシャちゃんのことを思うと、自分の浅はかさがちょっと頭に来た。

 とりあえずユニコーンナイトに追いかけられる前に、この場を逃げ出そうとした時だった。


「実に面白い試合だったぞ、レーヴァ」


 カインズ王子は、そう言って、本当にたのしそうに笑んだ。


「俺に死の匂いをかがせた者はそうおらん。物の怪だとしてもな。何をたくらんでいるかは知らぬが──。ホワイトナイトになるつもりだろう」


「そのつもりだったけど……」


「ならば、ユニコーンナイトで仕合おう。2年後、貴様が三年生となった時のこの野外訓練で、全力でぶつかろう。勝てば──。焔角機はお前のものだ」


 え?

 あきらかに俺が普通の人間じゃない人外なことに気づいているよね?

 それなのに見過ごしてくれるってこと?


「それでいいのかい? カインズ王子」


「ああ──。かまわんさ。俺は王族としてはでな。国の守護や民の安寧などよりも、生を実感する死地のほうが生き甲斐でな──。俺の言葉を信じられんか?」


「……いや信じるよ。カインズ王子」


「尊称は要らん。カインズと呼び捨てにしろ。それが妥当だ」


「わかった。じゃあカインズ。2年後、確かに焔角機を頂きに参る」


「ふははは。今年の新年生は女子供と聞いて萎えていたが──。望外の収穫だった」


 俺は直感でカインズ王子──カインズを信じられると思った。

 だからその証明に、亜竜化を解いて剣を鞘に納めて、カインズと肩を並べて、ネーヴェたちのいる森の入口の方へと歩き出した。


「カインズ殿下……。その……レーヴァと何か話していた様子ですが……?」


 審判として様子をうかがっていたコリンズ指導官は、俺とカインズのやりとりをいくらか耳にしていた様子だが、切れ端ばかりで全体象がわかっていないようだった。


「引き分けだ。この決着は2年後、ユニコーンナイトでの決闘で決める」


「ユニコーンナイトでの決闘!? 殿下、それは伊達や酔狂で許される話では……!」


 そりゃ、あんな超火力を持ったユニコーンナイト同士の激突となれば、周囲の地形は変わって、まあ高確率でどちらかは死ぬよね。

 一応、模擬用のルールもあるけど、実戦的じゃないらしい。


「レーヴァ、あなた……」


 ネーヴェは、顔を蒼褪めさせながらも、俺の姿を見て安堵した様子だ。

 心配させちゃったかな。


「大丈夫だよ。ネーヴェ」


 ネーヴェを安心させるように微笑む。

 と、じっとこちらを見てくる視線に気づいた。


「?」


 視線の主は最初からカインズの隣にいた、整列の時に蝶々を追いかけていた白い髪の獣人の少女。

 俺よりも小さく、幼い。


「カインズ、その娘は?」


「ああ。シーシャか? 俺のユニコーンの乙女だ」


「え? ユニコーンの乙女? でもこの娘、獣人だよね」


「聖女資質は別に人間だけが授かるものではない。人間よりもさらに稀だが他の亜人族に生れることもある。まあ……聖女というよりは巫女シャーマンと言うべきものだが。たまたま俺が自由にできる裁量で最も優れた聖法力を持つ娘を探したら、それが獣人のシーシャだっただけのことだ」


「か、カインズ様ぁ……怪我なかったですか? お顔が泥で汚れています」


「ん? あぁ……」


 カインズは今気づいた様子で、無造作に袖で拭う。

 シーシャはオタオタと震えていた。


「カインズ様がこんなに苦戦するの初めてで……。その、治療するところ、ないですか?」


「かまわん、シーシャ。かすり傷だ」


かすり傷でも病が入ったら大変です! 今から治療します!」


 うーん。

 奴隷の立場なんだろうと思うけど……。

 見た感じ、シーシャちゃんはカインズを嫌っている様子はないというか、本気で心配している様子だ。

 どう見ても無骨な荒武者だけど、カインズはわりとシーシャちゃんを丁寧に扱っているのかもしれない。

 まあ王子様のユニコーンの乙女なら、奴隷でも俺よりいい待遇で暮らしてそう。

 そういえば……。


「その……ネーヴェが妹という話は……」


 俺が声を潜ませてたずねると、カインズもそれに合わせて声を押し殺して言ってきた。


「お前は、アレの友人だろう。ならば俺から語る話ではない。アレ本人の口から聞き出すことだ」


「……うん。わかった」


 俺がネーヴェを見ると、ネーヴェもその視線に気づいて、うなずいた。

 それは「話すよ」という合図に俺は見えた。

 カインズは肩で風を切って、王族らしい不遜ふそんさを見せながら背をむけていった。


「では俺は去る。コリンズ、騒がせたな。ネーヴェリア、息災そくさいにな」


 そういって立ち去るカインズの背中を、シーシャちゃんが小走りに追う。

 と、ガイエル君がひき吊った笑いを浮かべながら近づいてきた。


「ふぅー。すごいな、レーヴァは。毎年……今年の三年生のアルフォンス先輩も例年より優秀だけどまるで歯が立たなかったらしいのに」


 にははは。

 ……といつものように笑う気にはなれないや。

 人化状態でも人類最強だと思っていたけど、まさか土をつけられるとは。

 うーん。もう少しだけ、剣術もがんばってみようかな?

 分隊メンバーの仲良しトリオから投げかけられる賛辞にも受け応えていると、コリンズ指導官が咳ばらいをした。


「カインズ殿下の特例だが、お前たちはまた訓練に戻ってもらう。気を緩めるな」


「「「「ハイ!」」」」


 ありゃ。

 俺が王国最強と言われるカインズ殿下に……まぁ若干黒炎竜としての力を見せてのこととは言え、認められたことで、ガイエル君と仲良しトリオは士気が上がった様子だ。

 コリンズ指導官への返事の威勢がいい。


「では走れ!」


「「「ハイ!」」」


 俺やネーヴェも含めて全員が声を揃えて、走り出す。

 と、横から涼やかな風と共に、甘い匂いを漂わせたネーヴェが身を寄せて来た。


「レーヴァ。今は訓練中だから。二人っきりになれる時間の時に話す」


「うん。わかった」


 たぶん、込み入った話なんだろうし、俺も色々根掘り葉掘り聞いてしまうかもしれない。

 時間が十分にとれる時で、今は訓練に集中した方がいいと思った。

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