第11話 暗黒黒炎竜さんは縋られている。

「どうだった?」


 ユニコーンの乙女との密談の時間が終わり、俺とネーヴェがいつも通り肩を並べたところ。

 鼻息を荒くさせたガイエル君が、寄ってきた。


「二人とも、俺は決めた」

「ああ、うん」

「わかっているよ。ガイエル君」

「俺は絶対セトラの騎士になる。それにふさわしい騎士に」


 ガイエル君からは愛の後光が差しているようだった。

 これが正しいホワイトナイトの在り方なんだろう。


 ただ俺たち二人はもちろん、セトラちゃんを寝取ったりしないけど。

 ガイエル君は中堅ぐらいの成績で、席次順では数人がセトラちゃんを先に指名できるはずだ。

 その中に、寝取り趣味の男がいないことを願うばかりだ。


「ネーヴェは、まだどの娘を助けるのか、真剣に悩んでいるの?」

「う~ん」


 ネーヴェにたずねると、彼女は指名権を、ユニコーンの乙女の身辺調査に使っているらしい。

 特に深刻そうな事情を抱えている娘を指名して、事実を確認しているみたいだけど。

 どうもそのほとんどが、ユニコーンの乙女がネーヴェの同情を買うために捏造した、作り話だったらしい。


 俺には容易に想像できた。

 俺が先生の大事な話を居眠りして聞いてなかったり、大事な宿題を面倒で期限間際までほっぽりだしていたりすると、そういうのを分かっていますよと笑顔で問い詰めてくる普段のネーヴェさんを。

 ちょっと問い詰められるユニコーンの乙女に同情した。

 それを露知らず、悩んだ様子のネーヴェさんは、俺の顔をじっと見た後、首を傾げながら言った。


「ねぇ、レーヴァ。もう公平にクジで抽選でいいかな?」


 思わずあははと苦笑が漏れる。

 それでいいと俺は思うよ。

 貴重な指名権を使ってまで、他人のために思い悩むネーヴェが不思議でならない。


「いや、そんな適当に選んじゃだめだよね……。じゃあ次はこの娘に事実確認しに……」


 で結局こっちから何か言う前に考えを改めているし。

 本当にネーヴェは真面目なんだから。






◆◇◆メランダ視点



(不思議な温度の方だった)


 寄せた肩に触れた、自分よりも華奢な少年の温もりを思い出して、メランダは一人ごちた。


 気の抜けた風な自然体で、年頃の少年少女とは違って恋愛や情欲に興味のない様子だった。

 エルフの血で成長が遅れているという話もある。

 だが話してみると意外に理知的で、鋭く切り込んでくる。

 メランダが出会ったいずれのホワイトナイトとも異なるタイプだった。



 メランダはユニコーンの乙女としては古株で、こうして選定に選ばれるのは二度目だ。

 ホワイトナイト候補生が最初にあてがわれるユニコーンの乙女たちは、15歳から20歳までのユニコーンの乙女に限られ、基本的に乙女の方が毎年余るようになっている。

 そうして余って選ばれなかったユニコーンの乙女は、次の世代のホワイトナイト候補生にもう一度だけ選定に選ばれるチャンスがある。


 しかし今年次も、どうやらその機会はなさそうだと、まだ初年度が始まったばかりでありながらメランダは予感していた。

 メダール族として特徴的なメランダの容姿を好ましそうに見るのはレーヴァだけで、後は幾人かが肉感的な肢体を見て眼福を肥やす様子を見せたが、ユニコーンの乙女に選びそうなほど執着を見せる者はいなかった。


(これはまた売れ残りかな)


 メランダははやくも自嘲の諦めを浮かべていた。


(あるいはもっと必死になるべき、か)


 あえて成績の低いホワイトナイトに媚びを売り、選んでくれるよう躾けるべきなのかもしれない。


 仮に今年次もホワイトナイトに選ばれなかったらどうなるのか。

 晴れて自由になるのか?

 もちろんそんなことはない。

 一角宮という神殿に隔離され、そして予備のユニコーンの乙女として幽閉されるのだ。

 それはより自由を失う道筋であり、類まれな巡り合わせがなければ、より悲惨で惨めな末路が待っている。


 ホワイトナイトの特権でユニコーンの乙女を一人選ぶことができるが、正式に仲を認められても7年間は関係を持つことができない決まりがある。

 では7年経って、晴れてユニコーンの乙女と結ばれたホワイトナイト。

 ユニコーンナイトに必要な純血の乙女を失って、どうするのか。


 一角宮から、また好みのユニコーンの乙女を選べるのである。

 また事故など何らかの理由でユニコーンの乙女を失った場合も、ホワイトナイトは一角宮からユニコーンの乙女を補充する。


 こうして一角宮から補充されたユニコーンの乙女は、また既定の年数、ホワイトナイトが手をつけるのは禁止されるのだが、二度目以降は7年が3年に縮む。


 だから好色のホワイトナイトの中には、7年経って最初のユニコーンの乙女に手をつけ、そして3年経つ度に幼妻を更新するようなことも、まかり通っている。


 いずれにしても、先代が亡くなった場合を除いて、一角宮から選ばれるユニコーンの乙女は『二人目』だ。


 ホワイトナイトが先代の乙女で満足するのなら、ただ一生を祈り過ごすことになり、子を産んで母となる幸せを一生手放すこととなる。

 逆に次々とユニコーンの乙女を取り換える好色な男性に捕まってしまえば、3年経てばただのコレクション入りとなって、気まぐれの性欲のはけ口や──もっと非道い目に遭うこともある。


 このため、一角宮に送られ補助えきとなったユニコーンの乙女は、正規の手順であるホワイトナイト候補生に選ばれたユニコーンの乙女より不遇な扱いを受けることが多い。


 自国の戦力を拡充するユニコーンナイトの仕組みとして、やはりユニコーンの乙女には積極的にホワイトナイトに選ばれるように促す制度となっているのだ。



 メランダが物心ついたころには、聖女となることが決まっていた。

 それがいいことなのか、悪い事なのか、わからなかった。

 ただごく親しい家族を除いて、周りは祝福してくれた。

 ユニコーンの乙女になれるなんてうらやましい、と邪気なく言う者もいた。


 一般的に広まる俗説。

 大衆に広まる小説や歌劇などでは、現代の国防を担うホワイトナイトとユニコーンの乙女の関係は、王道的なラブロマンスとして人気のテーマだ。

 だって彼らは知らないからだ。

 ユニコーンの乙女になるのか、ならないのかは、生まれた時に決まっている。

 自分がなれない物を取り巻く制度と因果の結末を、詳しく知ろうとする者は稀だ。


 数千人に一人という悪運を持たず、ただの娘として生まれた世の娘たちは、短い逢瀬の中で心を通わせるホワイトナイトとユニコーンの乙女の物語を、運命的なラブロマンスにとらえて憧れる。

 国もそうプロパガンダする。

 しかし実際には、そのようなお互いに相思相愛のまま結ばれるホワイトナイトとユニコーンの乙女は、よく出来た物語のように稀有だ。


 実際には。

 ユニコーンの乙女の多くは、血に昂る男を繋ぎ止める供物として奉じられる。



 今、メランダは、他のユニコーンの娘たちと共に、ユニコーンの乙女たちの待機所でもあるロビーにいる。

 貴重なホワイトナイトとの逢瀬の後で、ユニコーンの乙女たちは興奮した様子で意見をかわしている。


「やっぱりネーヴェ様、素敵だわ! ああ、まぐれでもいいから私を選んでくださらないかしら。一生おそばについてご奉仕したいわ」


「レーヴァ様はのんびりした方ですね……。同調率のこともあまり気にしていない様子で。相槌を打ちながらも、私たちの話もあんまり聞いていない様子でしたし。あ、メランダ様は、レーヴァ様に指名されたんですよね。どんなお話をしたのですか?」


 話の矛先を向けられて、メランダは意識を浮上させると微笑んだ。


「あ? ああ……。我々の生活に興味をもたれていた様子で、色々と質問されたよ」


 メランダが目元を緩めながら言うと、幾人かの娘かが気が気でないという様子で言った。


「レーヴァ様、いつもネーヴェ様と一緒だそうだし……。メランダ様のような背の高い方が、お好みなのでしょうか?」


「いや。そんな風ではなかったかな。色々とユニコーンの乙女の暮らしについて質問されるばかりで。私自身のことは、何一つ聞かれなかったよ」


 メランダは侘しく言った。

 全て事実で、娘たちの中にはそれでもメランダの言葉に裏があると勘ぐる者もいるだろうが、手ごたえとしてメランダはレーヴァから一切の執着を感じなかった。

 最後の言葉の意味だけが、謎ではあったが。


「あれ?」


 そこで娘の中の一人が、ふと声を上げた。


「レーヴァ様と言えば、レリーシャも最初に指名を受けたはずだけど……。どこにいったのでしょうか?」


「レリーシャさんなら、さっき洗面所の方に行かれたはずだけど……戻ってくるのが遅いですわね」


「……私が見てくる」


 ふと嫌な予感を覚えてメランダが裾をたくし上げ、洗面所の方にむかった。


「レリーシャ? レリーシャ!」


 角を曲がったところで、地下水をかけ流す洗面台の前に、屈みこむレリーシャの姿があった。

 嫌な予感を覚えて、メランダは血相を変えてレリーシャの許に駆け寄った。


「レリーシャ!! どうした、具合が悪いのか?」


「め、メランダ様……うぅっ」


「レリーシャ!」


 レリーシャはえづくが、既に吐き出せるものは吐き切った様子だ。


「医者を呼んでくる」


 メランダがそう言って身を翻そうとすると、レリーシャがメランダの手をつかんできた。

 その手も声も、可哀そうになるほど震えている。


「待ってください……。今は手を握って……。そばにいてください……」


「……ああ。わかった。ずっとそばにいるとも」


 そう言って、メランダはぎゅっと震えるレリーシャの手を握り、その小さな背中をなでさすった。

 メランダがユニコーンの乙女として選定を受けるのは二度目だ。

 だからこのレリーシャのように体調の急変を訴える乙女の例も、幾度か経験していた。


(レリーシャは感じやすい体質だから。男どもの熱気にあてられたのだ)


 男が思う以上に、娘たちは己を見る男の視線に敏感だ。

 同じ女でも、レリーシャが男の視線を惹きつけるのはわかる。

 そして今日は、狭く窓もない地下の部屋で男と2人っきり。

 20分という時間が、レリーシャには地獄のように感じられたのは想像に難くない。


「レーヴァ様……。レーヴァ様……。レーヴァ様……。お願いです。レーヴァ様……」


 すでに、レリーシャの未来は、彼女自身の手から離れている。

 その闇の牢獄から救い出せるのは、白き騎士の手でしかない。


 夢遊病者のように、レリーシャはレーヴァの名を繰り返し、瞳から涙を流してすすり泣いた。

 そんなレリーシャの慟哭を聞き、メランダの脳裏をはっと胸打つ言葉があった。


──ねぇメランダさん。俺が仮に君をここから連れ出してあげると言ったら、君はどうする?──


「その時が来れば……」


 メランダは繰り返して、目線を伏せ、ふっと笑った。

 メランダは利口だ。

 だから都合のいい、創作話のような救いが来るとは思わない。

 その甘美に見える誘いは、何かを代償とした取引なのだろうと、直感した。


(それでも私は、その時が来たら──)


 思い浮かべたのは、青白い月明かりを反射して紫紺に光る銀河のような、長い髪をたたえた──少女にも見える少年。

 その少年は、父の商談に随伴し、海千山千のオスたちを見たメランダでも、測り兼ねる存在感を持っていた。


「我が君……。私はあなたが手を差し出してくれる時を、焦がれながら待ちましょう」


 そう言って。

 メランダはそのしなやかな肢体で、レリーシャの華奢な体を包み込んだ。

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