第8話 暗黒黒炎竜さんは実はすごい。

 入学初日を終わらせて、俺とネーヴェは揃って、我らが宿に帰った。


「お! おかえりー」


 いつも通り、マスターであるエルムドじいさんが出迎えた。

 このいつもの笑顔を見ると、俺らが自分の巣に帰ったのを実感する。

 空いていたテーブルにサービスのお冷を出しながら、茶目っ気たっぷりに言った。


「初日はどうだい? お友達ができたかい? 将来のホワイトナイトさん」


「ええ、何人か……特に女の子のお友達がね」


 疲れたようでネーヴェが言ったけど、正直長々と話すよりもまずお腹が減った。


「じいさん、飯~」


 ちょっと力だしちゃったからな。

 この体になると燃費が悪いんだ。


「はは、待っててね。今日は腕によりをかけてつくるから」


 そんなお世辞の商売文句言っても効かないぜ。


 と思ったけど、いつもより大盛にしてくれた。

 愛しているぜ、エルムドじい。






 騎士アカデミーに入校したからといって特に何か変わるわけでもなく。

 2人、食事をたいらげ、部屋に戻って。

 各々シャワーを浴びて、時折、階下の食堂に水やジュースを飲みに行く時にすれ違って。

 あれ? なんか今日、妙にネーヴェとすれ違うな?

 安宿で壁が薄くて、足音とかで外出したかどうかなんとなくわかっちゃうんだよな。

 試しにもう一回部屋を出てみよう。


「……」


 やっぱり俺より遅れてネーヴェが部屋から出てくる。


「どうしたんだ?」


「ちょ、ちょっと喉が渇いて」


 俺は、何か俺に言いたいことがあるのかって聞いたんだけど。

 ネーヴェはちょっと緊張した様子で、俺に目線を合わせようとしない。

 なんだろうな?


 まあ人間はドラゴンの俺にはよくわからん行動をする。

 特に気にも止めず、俺はその後はネーヴェのことも忘れて、ほどなく部屋の明かりも消して、ベッドにもぐりこんだ。


 くぅ~~~しかし気持ちよかったな。

 俺の魔法を見た時の類人猿代表たちの顔。

 はははは。やはりドラゴンの名は伊達ではない!


 脳裏にあいつらのアホ面を描きつつ。

 ご機嫌な気分で眠りについた。


……

…………

………………


 ぎし……ぎし……かちゃっ、……ぎっ……


 ん……。

 人が寝てるのに。

 誰か俺の部屋に入ってきたな。

 っていうか、誰かはわかった。

 ネーヴェだ。

 春から部屋は別れたけど、一応腐れ縁同士、緊急時のこともあるかもってことで合鍵をお互い持っているんだよな。

 俺は薄目を開けて、鍵を開けて部屋に進入してきたネーヴェを見る。

 明かりが無く薄暗いけど、元が竜である俺は暗視の能力があってわりとはっきりと見える。

 ネーヴェは、どこか興奮したようにもみえる赤らめた顔と潤んだ瞳で、暗がりを足先で慎重に確かめながら、俺のベッドの方に進んできている。

 あとなんか……。

 服がネグリジェだけど、下着が透けて見えてだいぶ大胆というか。

 なんの用でしょうね?


 俺はとりあえず寝たフリを続けるけど。

 ネーヴェは、木の床を軋ませながら、枕元に来て。

 俺の隣に腰を下ろした。

 ネーヴェの重みでベッドが少し沈む。

 ネーヴェさんが、声を潜ませながら言った。


「……どうせ、起きているんでしょ」


「んあ……。ネーヴェ、どうした?」


 あはは、ばれてたか。

 俺がたずねると、


「……夜這い」


 ネーヴェさんは折りたたんだ膝を手で抱え、そっぽをむきながら言った。

 はは、夜這いかー。

 今日のネーヴェさんは冗談がうまいね。


 で、本当は?

 答えを待つけど。

 お互いに沈黙で。

 なんかいづらくなった俺が適当な昔話でもしようとした時──。


「ねぇ、レーヴァ」


「ん、なんだ?」


 彼女は覚悟を決めた様子で、瞳を震わせながら。


「あたしの処女、もらってくれない?」


「ぶっ!?」


 と、俺が普段知るネーヴェさんらしくないことを言ってきた。


 は?

 人一倍身持ちが硬くて、純真で、そういう……貞操観念っていうの?

 堅かったネーヴェさんが、なんで?

 え、さっきの夜這いって、ジョークじゃなく?


「君は……女の子の気持ちなんてわからないだろうから、説明するけど……。女の子にとってね、初めてってとても大切な物なの」


 うん。

 それはなんというか。

 今日のユニコーンの乙女たちを見てわかった。

 みんな必死そうだったし。

 実は聖女資質を持っていて、でも自分で自分の身を守るためにホワイトナイトになるために死ぬほど頑張ってきたネーヴェのことは俺が一番知っている。

 だからこそ、わからない。

 雑に俺で捨てるのが。


「別に……レーヴァのことが好きってわけじゃ、ないけど。でも……男の中ではマシな方だと思うし。色々よくしてくれたから。……レーヴァならいいかなって、思うの」


 いやいや!? よくないでしょ!?

 ホワイトナイト候補生になれて、ようやく自由に恋愛できるようになったんでしょ!?


「ホワイトナイト候補生になったから……。ユニコーンの乙女になる義務から解放された、って言っても、まだ安心できないの。戦争が起こったり、何かのきっかけで、聖女が足りない……ってなった時、また……私は自由を奪われるかもしれないし……。なにかのきっかけで、奪われることになるかもしれない。そんな不安を抱きながら、もう生きていたくないの」


 いやいや、それでもさぁ!


「あんたも薄々気づいていたんじゃないの? 中等部の三年次……。あんたの前でも、平気で下着で歩き回ったでしょ。……あれ、誘っていたの。……無理やりの強姦なら……あたしは罪に問われないから。あんたは死罪でしょうけど」


 いや。

 単に俺がネーヴェを襲う気はさらさらないとようやく納得してくれたのかと思っていました。

 というか、さりげなく俺を殺そうとしてない?


「っていうことで……。あたしの処女……。もらって……?」


 ネーヴェさんはそう言うと。

 荒い吐息を漏らしながら、ネグリジェの下の下着を脱いで。

 俺にかかっていた布団を剥いで、俺の上に跨った。


「レーヴァは……天井見ているだけでいいから……。あたしが勝手に動いて、終わらせるから……」


 いやいやまずいよネーヴェさん!?

 っていうか俺も初めて!

 俺の意思は!?


「あんたが嫌なら、あたしなんかどうにでもできるでしょ……?」


 それはそうだけど。

 ネーヴェさん、俺のズボンを剥いて、その下のものをむにむに。

 むにむに。

 むにむに。

 むにむに。


「こ、このっ……!」


 ネーヴェさんが格闘を繰り広げる。


「な、なんで立たないの……」


「この……。人を馬鹿にして……!」


「あたしなんかじゃだめってわけ!?」


 いや、悪いけど、ネーヴェさん。

 俺正体はドラゴンだし、別に人間には……。

 いやまぁ、最強最悪だから、その気になれば100人斬りぐらいできる精力はあるけど。

 その気にならないと……。


 俺は、ネーヴェがやぶれかぶれになっているようにしか見えないし。

 そんなネーヴェを汚したくない。

 けど俺の心中とは裏腹に、俺の反応しないマグロさんを見て、ネーヴェは悪い方向に解釈した様子だ。


「そうか……レーヴァは……。そもそもあたしを女として見てくれないから、あんなに優しくしてくれたんだ……」


 ショックを受けた様子で、その顔からつーっと涙が流れた。

 ネーヴェの涙を見て、俺は胸騒ぎがした。

 ネーヴェが破れかぶれになって、そこらへんの男で、雑に初めてを捨てそうな予感が。

 それは嫌だ。

 他の男にネーヴェの初めてが奪われるなら……。

 俺が奪いたい。


「ネーヴェ、待って」


 俺は起き上がると、嗚咽を上げ出したネーヴェの体を抱き止めて、そのまま押し倒す。

 ちっちゃな俺がネーヴェに覆いかぶさる。


「わかった。俺がネーヴェを気持ちよくさせるから」


「レーヴァ……? あ……っ、そこは、んっ……!」


 ドラゴンってさ。

 どいつもこいつもプライドの塊なんだよね。

 数千年単位で発情期を迎えるけど、雌もプライドは高いから。

 雄側が丁寧に扱ってがんばらないと、袖にされるんだよね。

 ご機嫌取りに失敗したら数千年お預けだから結構必死だ。

 だから俺も童貞なんだけど、知識だけはあって……。

 人間形態でもそれは一緒で。

 ていうか、人化状態で床を共にするのは、ドラゴン同士でもままあることで……。


 ぎしぎし、ぎしぎし…………


「声を出さないで、ネーヴェ……。ここ角部屋だけど、下の階に響いちゃうから……」


「む、むりぃ、れーヴぁ、んんっあぁん、はあぁっん……」


 ネーヴェさんを何度か昇天させた。






「よぉ! お二人さん! 昨夜はお楽しみだったな」


 エルムドじいさんは「全て察しているよっ」という顔で、こっちが何か言う前に朝からお祝いの特製ジュースを差し出してきた。

 エルムドじいさんからすれば、俺たち二人はようやくゴールインしたという歓迎ムードなのかな?

 それは勘違いだけど、ネーヴェが俺のモノになったなら、悪い気はしないし、特に誤解も解かずに席についてジュースをすする。


「おいしー。ネーヴェも飲みなよ」


「え!? あ、う、うん」


 赤い顔をしたネーヴェは、ゼンマイ人形のように、ぎくしゃくとした動きで俺の隣に腰を下ろす。

 2人で大人の階段を上ったわけだけど。

 ネーヴェさんが感じていた不安はとれたんだろうか。


「ネーヴェ、すっきりした?」


「それは……その……。うあ……。ごめん、レーヴァ……」


 ネーヴェさんは目元を赤くして、俺の視線から顔をそむけつつ言った。

 その頬は、熟れたリンゴのように染まっている。


「しばらく……。レーヴァの顔、まともに見られないかも……」


 初々しいネーヴェさんはやっぱり可愛いね。

 ネーヴェさんと俺が、以前のように振る舞えるようになるまでには、少しばかり時間がかかったけど、二度とネーヴェさんが自分を粗末に扱うようなことはなくなった。

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