第5話 暗黒黒炎竜さんは人間の乙女に興味がない。

 今日は俺たちが在籍することになるアルフォニア王国王立騎士アカデミーの入学式だ。

 ようは軍事学校だな。


 一様に華美な制服を着て、背筋を伸ばし整列する姿は壮観だが。

 最強最悪で凶悪で邪悪な黒炎竜である俺様としては、むずむずして竜化して薙ぎ払いたくなる図だ。

 もちろんそんなことをすればユニコーンナイトの十字砲火の砲術を喰らってまず生き残れないだろうけど……。

 儀仗兵って奴か。

 なんでユニコーンナイトが4騎もいるんだよ!


 ふてくされて居眠りしようとしたらネーヴェに肘鉄で怒られた。

 ふええ。相変わらずの真面目ちゃんだなぁ。


 入学式が終わって、それから白騎士科一年生のクラスに案内される。

 白騎士科はたぶん他の科よりちょっと少ないんだろうなぁ。数える気はしないが20人ぐらいか?

 体格がよくなんか熱気を迸らせた男たちが多い。

 普通のクラスより少ないはずなのになんか蒸し暑いぐらいだ。


 女性はネーヴェだけだ。他に一人や二人はいるかと思ったけど。

 まぁ、その隣にいる俺もまわりからは女の子に見えている様子だけど。


 俺とネーヴェは、席順が最後尾。

 窓際の一番後ろのもっとも居眠りに適したポジションが俺の席。

 その前にネーヴェがいる。

 逆だったら俺が船を漕いだ瞬間ネーヴェさんから背面奇襲バックアタックがくるのでよかった。

 まあそれでも攻撃範囲内だから、たぶん隙を見せたら怒られるんだろうけど……。


 教室の中では、はやくも小競り合いが起きている。

 もちろん実際の戦いではなく、お互いを値踏みする鍔迫り合い。

 ホワイトナイトになるだけで、軍では一目置かれる位置になることを確約されている。

 クラスメイトはいずれも、無視できない要人になる可能性があるということだ。

 それとこの三年間、同じ部屋で学ぶ仲だ。

 どいつと付き合えば得するか。

 どいつと馬が合うか。

 そして──歯向かってはいけないのはどいつか。

 ホワイトナイトは憧れの職業だ。

 貴族はもちろん、中には王族が在籍していることもあるらしい。

 いくらホワイトナイトといっても、国を代表する大貴族に睨まれれば立場は苦しくなるのだ。

 は~。貴族社会クソ喰らえ。


「……」


 ネーヴェはしばらく、クラスの周りを一瞥した後。

 俺の袖をひっぱって、一人の男子生徒に声をかけた。


「ねぇ、あなた」


「へ? 僕?」


 話しかけたのは……5年かけて人間の顔もある程度識別できるようになった俺からすれば、特にイケメンでもブサイクでもなく、少しノロマで気の優しそうな馬面の少年だった。

 

「あたしはネーヴェ。この子はレーヴァ。アストニッシュ共立学校の卒業なの」


「アストニッシュ……! へぇ、すごいね。平民出身なんだ」


 俺たちの母校、アストニッシュ共立学校は平民でも入れる軍事科が存在していて、そこからホワイトナイトの候補生になるのは、平民の立場では限られた方法の一つだった。


「僕の名前はガイエル。呼び捨てで全然かまわないよ。貴族といっても下級貴族の出でね。はは、アストニッシュからここに入れたのなら、たぶん俺なんかよりも君たちの方が優秀だろう。将来君たちを上官と呼ぶかもしれないね」


 ガイエル君はさすが下級貴族というべきか、へりくだり方が堂に入っている。

 これも一つの才能ではなかろうか。

 一方の我らがネーヴェさん。

 こちらは美人を自覚したスマイルで微笑んで。


「それなら私たちも呼び捨てでお願い。よろしくね、ガイエル」


「こちらこそ。ネーヴェ、レーヴァ。はは、こんな可憐な白騎士2人に声をかけてもらえるとは光栄だね」


「ああ。騙されないで。こっちのレーヴァは……こんな姿をしているけど、男の子なのよ」


「よぉ。俺はレーヴァだ。よろしく頼むぜ、ガイエル」


「え? あ? でも声、え?」


 俺が挨拶してみても、ガイエル君は混乱が増すばかりみたいだ。

 見かねた様子でネーヴェが俺の背後にまわりこむと、髪に埋もれたトンガリ耳を引っ張り出してぴこぴこと動かす。


「ほら見て。耳。本人もよくわかっていないけどエルフの血が混ざっていて覚醒遺伝みたい。たぶん、普通の人より成長が遅いのよ」


「んん~。何かのどっきりじゃないよね……? で、そのう、改まって聞くのも藪蛇だけど、なんで僕に声をかけたんだい?」


 ガイエル君が、その馬面を心細げに細める。

 ネーヴェは、耳を寄せて小声で言った。


(この中で、比較的あなたが紳士的に見えたからよ)


(はは……)


 ネーヴェの言葉に、ガイエル君は苦笑を上げる。


「確かにまぁ……。うん。君たちの立場では、苦労するだろうね。といっても僕は下級貴族で……。はは。ナイト役は上手く務まるとかどうか」


「そこまで望んではいないわ。私たち自身がすでに騎士……の候補生なんだから。ただ、紳士的な友人が欲しいと思っただけよ」


「友人が欲しいと思っていたのはこっちも一緒だ。僕にできることなら気軽に言ってくれ」


 ネーヴェは美人だ。

 だから色々な人に見られることが慣れっこで……その人の目つきで、自分をどう見ているかわかるみたい。

 で、人間は俺たちみたいなドラゴンと違って年中発情期で、特に俺たちぐらいの若い世代は盛っているから、俺とかネーヴェクラスの美人になると、ギラギラとした欲情した目で見られるのが結構当たり前だ。


 この部屋で女子はネーヴェだけだ。それも美人。

 その隣の俺も実は男なんだけど、他の奴らには女に見えているだろう。

 だからさっきから結構、視線を集めている。

 ちらちらと見るだけの奴がほとんどだけど、中には遠慮のかけらもなく、こちらをへらへらとした顔で見ながら、周りの男たちと下卑たやりとりをしている奴もいる。

 ネーヴェはそれらの視線の中から、比較的まともそうな人物としてガイエル君を認めた様子だ。

 これがネーヴェの眼力が結構当たるんだ。


 俺とネーヴェはガイエル君も連れて3人で動いて、適当な輪に加わって挨拶をしてまわる。

 全員にというわけではないが、そのほとんどには顔合わせと名乗りをしたわけだ。

 まあ俺は最初のガイエル君以外覚えていないけど。

 なんかどいつもこの俺様を見下してネーヴェを舐めまわすように見ていて、不快で覚える気にならなかったんだよな。


「気づいた? レーヴァ」


「何がだ?」


「ギラついた目」


「ああ、それはわかったな」


 あの雄ども。

 どの視線も欲情していて、俺もレーヴェもまるで自分の雌かのように舐めまわしていた。


 気持ちはわかる。

 俺もレーヴェも、どちらも人間基準で言えばかなりの美形だ。

 俺のほうはちょっと特殊な……ロリ趣味らしいが。


「はぁ……、これが皆の憧れのホワイトナイト……嫌になっちゃう」


「ん? なんでだ?」


「なんでもない。……あたしにはもう関係ない話だし」


「???」


 憂鬱な様子のネーヴェが何を嘆いているかわからないけど、黒炎竜である俺にとっては50歩100歩だぞ。


 そうこうしている内に指導官が着て。

 クラス全員の自己紹介。


「ネーヴェです。紅一点で恐縮ですが、男女の違いなく友人になれたらと思います」


 ネーヴェが完璧な造り笑顔でそつのない挨拶をして、次俺の番。


「レーヴァニル・ドラグニル。こんなナリだが男だ。ちんちん見るか?」


 スパァン


 一番説得力のある自己紹介だと思ったのだが、ネーヴェを怒らせた様子で180度回転のハリセンが飛んできた。

 ネーヴェが取り繕った様子で言う。


「えと、私もレーヴァも、アストニッシュ共立学校の出身で、そつのある所も見せると思いますが、よろしくお願いします」






 自己紹介の後は、講義の説明など眠くなるような話が続いて、俺はすやすやと寝息を立て、後でネーヴェに聞けばいいと机にほっぺたをくっつけた。

 ひんやりして気持ちいい~。


 むにゃむにゃと夢の世界に浸っていると。



「それじゃあ、これからユニコーンの乙女との面談に入る」


 指導官が言った瞬間だった。

 クラスの席のそこかしこから、男のぎらついた歓声が迸る。


「……?」


 何事かと顔を上げると、俺の視界には憂鬱さを湛えたネーヴェの横顔が見えた。


「各自席を立て。移動するぞ。ユニコーンの乙女と接する機会は少ないからな、貴重な時間だと思え」


 ユニコーンの乙女……。

 ああ。そうだ。

 霊獣ユニコーンを模したユニコーンナイトは、ユニコーンが処女を好むという性質を切り取って、つがいとなる聖女を選ぶ。

 この聖女とは特殊な素質を持った生娘たちで、あるいは騎手であるホワイトナイト以上に希少なのだそうだ。

 候補生時代、ホワイトナイトとなる候補生たちは、同年代の聖女たちの中から、己の伴侶となるユニコーンの乙女を一人選ぶ。

 確か……。卒業した時の席次順で選んでいくんだったか。


「なんでこいつらこんなに興奮しているの?」


「女のあたしに聞かないで」


 ネーヴェに耳打ちしてたずねると、ネーヴェは顔をしかめながら吐き捨てた。

 それから何か悪態をついた後、結局は説明してくれた。


「ああっ、もうっ……。ユニコーンの乙女は、聖女資質という特殊な資質を得た娘たちで、国で管理……保護して、大切に育てられるの。そして乙女の意思は関係なく、卒業年次の成績で、主席から一人ずつ伴侶を選んでいく……。高貴な家柄、単純に強い聖法力、見た目……。大切に育てられた聖女たちを、ホワイトナイトが選び放題なの。女の子側には一切の選択権もなしにね」


「ほーん?」


 ふむぅん。わがまま放題。

 それって昔俺がやっていたことそのまんまだが。

 まぁ今の時代、ユニコーンナイトに殺られかけてこうして人間の恰好をして技術を盗みに来ているわけだが。


 相槌を打つだけの俺を、ネーヴェはこれは珍しいことに、失望の浮かんだ諦めの浮いた顔で言った。


「君にはわかんないわよね……。女の子の気持ちなんて」


 生憎と。

 全く。


 ただ、ネーヴェと俺を除いた他の男連中には、これが一大イベントの一つだとわかった。

 皆一様に視線をぎらつかせている。

 男たちの中では比較的、大人しくて気の弱そうだったガイエル君も程度の違いはあれど似た様子で、生唾を飲んだ様子で緊張して、顔を火照らせている。


 担任教師は、蝋燭を片手に階段を降りて行って、そして地下へと連れて行った。

 かなり奥深く、地底深くまで降りるのか、と思った矢先。

 階段が終点になって、そして敷居をまたぐと。

 広大な空間が空いていた。


「鍾乳洞……地底湖?」


 ネーヴェが光景に瞳を輝かせながら言う。

 ふむん。たしかに幻想的な光景だった。

 形から入りやすいネーヴェは、その光景に圧倒されている様子だ。


 鍾乳洞にはひとつ、東屋のような建物が置かれている。

 俺たちから見て東屋の向こう側には、巨大な地底湖とそれにかかった優美な橋があり、その橋を辿った先の対岸。

 そこには一段高い所から俺たちを見下ろす、肌が透けるような純白の薄地の布に身を包んだ──ユニコーンの乙女たちがいた。


 それを目にして、他の男どもがいきり立つ。

 目を充血させて言葉通り血眼ちまなこになって、ユニコーンの乙女たちを品定めしている様子だ。


 一方の乙女たちはというと。

 男たちの視線に耐えるように、唇を噛んだりうつむいたりして、感情を殺している様子の者が多い。

 表情には出さないが、彼女たちが浮かべている感情はわかった。

 嫌悪だ。


(ああ……。ネーヴェと同居して最初、彼女が浮かべていたのはこんな表情だったな)


 今ではだいぶ緩和されているが、俺とネーヴェが出会った当時、ネーヴェは重度の男嫌いを発症していた。


 俺が男と理解した後、渋々ながら共同生活をするネーヴェは、まさに今、ユニコーンの乙女たちが浮かべているように嫌悪に身を焼かれながらそれを受けいれるしかない表情をしていた。


(人間の感情はわからんな~~)


 血走った眼をする男たちと、いずれも美しいと評せる顔をひそませた女たち。


 俺には関係ないことと、呑気に構えていた。


「20ミネッツ後に懇親会に移る」


 指導官が時計を見ながらそう言った。

 20分か。結構な時間だな。

 俺とネーヴェ以外の男たちは、全員走り出して、できる限り近くでユニコーンの乙女を品定めしようとしていた。


 俺は記憶の中のユニコーンの乙女についての情報を掘り返す。

 ユニコーンの乙女は、ユニコーンナイトの対となる存在で、女性なら誰しもがなれるものではない。

 まず生娘であること、そして高い聖女資質をもつこと。

 この後者の聖女資質というものが厄介で、誰しもがもつものではない。

 数千人に一人ぐらいか。

 かなり希少な資質で、アルフォニア王国では幼少期から全ての娘に聖女資質の有無の検査が行われている。

 特権階級であるはずの貴族や王族まで対象なのが、必死さ、この素質の大事さが伺える。

 この国──。

 いやユニコーンナイトが戦場を牛耳る今の時代、全ての人間たちの国において、聖女資質を持つと認定された娘は、ユニコーンの乙女として役目を全うする義務を持つのだ。

 まあ言ってしまうと、自由に恋愛できなくなるわけだな。

 ルールを破ってユニコーンの乙女が不貞を働いたら、相手もろとも死罪となるらしい。

 一方でユニコーンナイトの騎手となったホワイトナイトは、自分にあてがわれたユニコーンの乙女を自由にする権利を得る。

 ユニコーンの乙女はもちろん生娘で、そして俗世と隔離させられて大切に育てられ、男を喜ばせる芸事などを学ぶらしい。

 男にとっては最高のステータスとなる極上の伴侶を、ホワイトナイトになれば得られるわけだ。

 もちろん、ユニコーンナイトにはユニコーンの乙女の加護を受けながら戦ってもらう必要があるから、7年間は手を出してはいけないという制限があるけど、7年後には抱き放題。

 婚姻だけなら無条件で認可されて、例えば平民でも貴族や王族に縁戚を築くことができる。

 しかしこれらは主にホワイトナイト側の特権だけで、ユニコーンの乙女の自由はない。


 なんとまあ。可哀そうに。


 この聖女様たちは、聖女に生まれてしまったがために《損な役回りババ》をひかされた悪運の持ち主たちなのだ。


 まあ、俺にとってははっきり言って他人事なのだけど。


 そこでふと俺は興味を覚えて、ネーヴェの方を見た。


 他の男たちと違ってユニコーンの乙女に興味のない俺は、ネーヴェと2人で入口付近に留まっていたのだ。


「なに? あんたも他の男みたいにぎらぎらさせないの」


「へ? いや人間の雌に興味ないし……。それはネーヴェが一番知っているだろ?」


 一つ屋根の下で暮らしていたわけだし。


「……ふ、ふーん。私に魅力がないってわけじゃなかったのね……」


 ネーヴェは何事か聴き取れぬ声でもごもごとつぶやいて毛先をいじる。

 それから、声を潜ませていった。


「もう、話してもいいかな」


「ん? 何がだ?」


「レーヴァの私への態度が変わるのが嫌で、言わなかったけど。実は私もユニコーンの乙女の候補者だったの」


「へ?」


「あたしも聖女資質を持っていて、本来ならあたしはあちら側でレーヴァ達ホワイトナイトを待つはずだったの。それを避ける抜け道は……一つだけ」


「国外逃亡?」


「ホワイトナイトになることよ!」


 あ。純粋にドラゴンの心理で答えてボケみたいになってしまった。


「だからあんなに必死にホワイトナイトになろうとしていたのか?」


「そうよ……。全く……女の子を何だと思っているのかしら……!」


 いやいや。

 あの男どもは貞操どころか命を賭けてユニコーンナイトに乗るわけだが。

 ……まあ彼らは自由意思の上ではあるのだけれど。


 人間って色々不自由だな~と考えていると、指導官がすっと手を上げた。


「これからユニコーンの乙女との懇親会に入る。各自自由に歓談してよろしい」


 そう言うと、ぴょんっとユニコーンの乙女たちが身軽に跳ねる。

 その娘たちを皮切りに、ほぼ全てのユニコーンの乙女たちが身を躍動させ薄衣の裾をたくしあげながら、全速力に等しい速度で走る。

 地底湖にかかった橋を渡り、出迎えた男たちの群れを──


「ごめん遊ばせ!」


「うげっ」


 思いの他強い力で張り飛ばし男たちを押し退けると──


「へ?」


「え?」


 一番遠い入口付近で待機していた俺とネーヴェのもとに、一直線にむかってきた。

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