第26話 鈍感と不器用のハイブリッド。
岩渕剛は話の腰を折らずに「そうか。それでどうなった?」と聞くと、篤川優一は「たまたま通り道で会った彼女には彼氏がいました。それを見て自分は前向きに小田さんと付き合おうと思いました。でもダメでした」と答えた。
想像と違う流れで、怒気が消えた越谷桃子が「ダメ?」と聞き返す。
篤川優一は越谷桃子を見ずに、目の前のコーヒーカップに視線を落として、「移動した社員、田所さんのせいで店はグチャグチャになりました」と言い始めた。
「俺達も休みを減らして割増が付いても働いて、103万なんて10月で届いていて、11月は幽霊までやって働きました」
多店舗とはいえ、同じお店で働く岩渕剛には、事態の酷さが聞いているだけでよく分かる。そうでもしないと店舗運営がままならない。
現に社員たちは駐車場で暮らし、風呂に入るためだけに帰っていた話も、岩渕剛は長期ヘルプに来る前に自店舗の店長から聞いていた。
篤川優一は、息継ぎのようにため息をつくと「小田さんも無理してくれて、そうしたら小田さんは成績を落としていて、それを隠していたのが、親バレをしてしまいました」と説明をした。
「あー、それ少し店長から聞いたよ。災難だったよな」
「はい。小田さんの両親は6歳上の俺を認めませんでした。仕方ありません。それに大事なのは学校です。だから小田さんが1月から長期休みになる時、小田さんの両親の気持ちを汲んで、もう会わないと言いました」
違和感のない流れ。
よくある不幸が続いた先の別れ話。
だが、今現在、篤川優一は小田美貴と真田明奈と、よくわからない、だらしない交際をしている。
「じゃあ、別れたの?」
「本音は、親から歓迎されていない付き合いなら、あの時、キチンと終わらせるべきだと思っていました。でもそれで幼い小田さんがおかしくなって、家庭が荒れたり、勉強をおろそかにしたら、それこそ小田さんに良くないので、空中分解、自然消滅を狙いました」
篤川優一の顔は悪意のない、善意の顔をしている。
間違っている事にも気付いていないし、そもそもここにまだ真田明奈は登場していない。
「あれ?美人さんはどこで出てくるの?」
「さっきも言ってましたよね。美人さんって…、真田って言います」
「真田さんはいつ出てくるの?」
「明…真田とは、小田さんと出掛けられなくなったクリスマスの晩に、中学時代の飲み会で偶然再会しました。それで話をしてたら、真田は小田さんとうまく行ってない事を見抜いてきて、2人で話し込んだら年末を一緒に過ごそうって言われました」
ようやく切り込める部分にたどり着き岩渕剛が食い気味に質問をする。
「断らんかったの?」
「断りましたよ。上手くいっていなくても、俺の彼女は小田さんです。だから、彼女が居るからって断りましたよ」
そう、断っていた。
この部分も店で岩渕剛は聞いていた。
「そうしたら真田は小田さんの了解を取るって言ってて、酔っ払いの適当発言だと思っていたら、俺の居ない日に店に行って小田さんに許可を取ってました。俺が知ったのはそれから2日後の事でした」
ドン引きの岩渕剛と越谷桃子。
だが真田明奈の行動力は、かつて岩渕剛と付き合う為に、無茶な行動を起こした経験のある越谷桃子も近しい事をしていたので文句は言えない。
「小田さんは?」
「確認をしたら、「そうだ」って、「帰ってきたら連絡くれ」って言われました」
越谷桃子がまた暴力的な顔になり、岩渕剛は首を横に振り「ハウス」と口パクをする。
越谷桃子は目で「高いからね?」と岩渕剛に送ると、篤川優一に質問をした。
「じゃあ年越しは真田さんとしたんだ」
「はい。店まで迎えに来られて、そのまま初詣をして朝まで飲みました。そこで真田の気持ちを貰いました」
「え?そこでなの?でも篤川って美貴ちゃんが居るんだよね?」
「はい。真田はそれもわかってくれてて、今は待つって言ってくれて、小田さんとしていない事はしないって我慢してくれてます」
ようやく現状が把握できた。
長かった。
なんでこんなに拗れているんだ。
岩渕剛と越谷桃子はそう思っていた。
「んー…、何となくわかった。篤川の気持ちはどこにあんの?」
「俺ですか?俺はできる事なら…真田といたいです」
ん?
答えは見え見えでも、篤川優一が優柔不断に女性任せにして、決断から逃げているという、店舗の評判は何だったんだ?
岩渕剛と越谷桃子は訳が分からなくなってしまう。
「…ならなんでハッキリ美貴ちゃんに言わないの?」
「今言ったら、それこそ勉強に影響しますよ。彼女がここで成績を落としたら両親に何を言われるかわかりません」
あくまで善意の現状維持
それが周りには優柔不断に見えていた。
とんだ誤解だった。
だが、篤川優一は間違っている。
岩渕剛は「あー…?了解。お前も相当な鈍感男な訳だ」と言って肩を落とすと「不器用女の桃子さん、どうぞ、GO」と言った。
GOと言われた直後に、越谷桃子は「はぁぁぁ!?ふざけんじゃないわよ!」と怒鳴っていた。
突然の事で目を丸くする篤川優一を指さして、「わからない?美貴ちゃんの気持ちとか、メッセージとか行間とかわかんない!?」と言うと、横の岩渕剛を見て、「あぁぁああぁっ!!ここにも鈍感男が居た!剛!そっち!」と言って篤川優一の横を指差す。
横に座らされた岩渕剛はヘトヘト顔で、「…仕方ねえけど、やだなぁ」と漏らして大人しくすると越谷桃子は再開する。
「篤川くん!聞いて。剛はね、私が告白しようと思って16歳の時に呼び出したの、でも来なかったの!何でだと思う?」
唐突な質問。
情報不足もあり「え?わかりません」と答える篤川優一の横で、岩渕剛は「それだけじゃわかんねぇって、春輝って言ってもわかんねぇから、ここでは友達にするけど。友達の家に行きたいけど、道に迷ったなんて夜夜中に電話がきたって、告白だなんてわかんねぇよ」と言う。
改めて、女の子が別の友達の家に行きたくて、道に迷ってるから助けてと言われて、なぜ告白だと気づかない?と責められた篤川優一と岩渕剛。
「え?普通に道に迷ったんだとしか思いませんよ?しかも困ったならその相手に言うべきですよ」
「だろ!」
篤川優一と岩渕剛。
2人の鈍感男のコメントに、越谷桃子は頭を振り乱して「スカぁぁぁっ!ハズレ!」と言う。
「さっきの帰ってきたら連絡してって美貴ちゃんの気持ち!わかる?剛!」
突然振られて、「俺かよ!?」と言った岩渕剛は、数秒して「生存確認?って思ったけど、きっと言ったら俺は桃子に殺されそうだから、ここはもしかして、行ってほしくないとか?」と答えると、篤川優一は「止めてくれれば行きませんが、その会話のどこにヒントが?」と聞いてしまう。
想定外のバカな会話に目を丸くする越谷桃子。
越谷桃子が身を乗り出して、「ヒント!?丸わかりなの!察して!察するのよ篤川くん!」と詰め寄ると、篤川優一は不思議そうに「察するんですか?」と聞き返す。
篤川優一の鈍感力が壊滅的だと理解した越谷桃子は、「くぁぁぁっ!?」と言って悶絶した。
「じゃあ!真田さんが小田さんとデートに行くって聞いて、帰ってきたら連絡してねって言う?言った時に嫌なんだなってわからない?」
越谷桃子がそう聞いてみると、何言ってんだ?という顔の篤川優一は、「…そもそも真田は嫌だって言いますよ」と答え、その横で「それがわかりやすくていいよな」と頷く岩渕剛。
想定外の返答によるダメージで「カッ!?」と声を上げた越谷桃子は、「ダメだコイツら」と文句を言う。
「ダメって、キチンと言えない不器用女の桃子に言われたくねーよ」
「だから!女の子は不器用なのよ!しかも美貴ちゃんは6個下!遠慮だってするの!我慢だってするの!」
越谷桃子は「遠慮と我慢が美貴ちゃんの行間!メッセージなの!汲んであげて!」と身振り手振りで伝えてきた。
そう聞いていると何となく腑に落ちる。
納得をした篤川優一は「ありがとうございます」と言い、岩渕剛に「岩渕さんはなんで俺が鈍感ってわかったんです?」と質問をすると、「え?俺と同じ事を篤川が考えてたから」と言って笑った。
和気藹々とする空気。
だが、誰がここで終わると言ったのだろうか。
感情的に「終わらせるな!」と言った越谷桃子は「それで!どうするの!」と聞いてくる。
首を傾げ気味に「どうする?」と聞き返す篤川優一。
それを見て「はぁぁぁ」と盛大にため息をついた越谷桃子は、「剛!」と言って岩渕剛に答えを求める。
岩渕剛には「俺に振るな!」と言いながらも、「まあこの流れならキチンと美貴ちゃんにサヨナラを告げる事だよな」と言うと、越谷桃子は笑顔で「正解!」と言い、篤川優一に「フラフラフラフラ、真田さんにも悪いのよ!」と教える。
この期に及んで、篤川優一は「でも小田さんの勉強が」なんて言っていたが、「それが美貴ちゃんを1番辛い目に遭わせるの」と越谷桃子が言い、岩渕剛が「そうだよな。桃子のいう事を聞いていてわかったけど、篤川とうまく行かせるために頑張ったのに、実はダメなのが決まっていましたとか残酷だよな」と説明すると、篤川優一は最後には「わかりました」と言ってスマホを取り出した。
「あ、わかってない」
「嘘でしょ?」
岩渕剛と越谷桃子が慌てて止めて、何をするつもりだったのかを聞くと、案の定、篤川優一は今から小田美貴に電話をすると言った。
「鈍感と不器用のハイブリッドかよ」
「これはしっかりとフォローしなきゃダメかもね」
岩渕剛と越谷桃子のフォローにより、篤川優一は一度真田明奈と話してみて、真田明奈に気持ちがあるかを確かめる事となった。
「しっかり俺と桃子に報告してくれよな」
「アフターケアもしてあげるわ」
そう言って岩渕剛と越谷桃子は帰ろうと言った。
篤川優一は感謝をしながら家に帰っていく。
その後姿をみて、越谷桃子は「…あの夏の夜の事を思い出したわ」と呟き、岩渕剛は「馬鹿野郎、俺はまだマシだ。あの不器用さを見て理不尽な桃子を思い出した」と呟いた。
暴力的に見えるツッコミは入らず「疲れた」、「飯どうする?」、「サッパリしたものが食べたいわ」、「酒も飲みたい」と言い、戦友のように肩を貸しあい、岩渕剛と越谷桃子は帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます