第23話 小田美貴と真田明奈のメッセージ。
篤川優一は人生の絶頂にいると思っていた。
浅草のデートも楽しく、真田明奈から「歩こうよ優一」と言われて、上野まで歩き、正月からやっているお店で2人きりで過ごす。
この関係になって実質2日目なのに、篤川優一は真田明奈を求めてしまう。
「こら、ダメだよ優一。私も我慢してるんだからさ」
「…うん」
そうは言っても収まりの悪い篤川優一と真田明奈は、発散させるようにキスをして誤魔化すとさらに我慢がキツくなる。
何がしたいかと言えば一つしかない。
発散させる為にも、浅草から上野まで歩いてみたし、酒も飲めば写真も撮るし、別のこともする。
キスで誤魔化す。
だが、直後には更に燃え上がって求めてしまう。
ここで真田明奈は我慢できずに下方修正…、予定の前倒しをしてしまう。
本来なら、今日は浅草デートで終わらせて、アルバイトが増えた頃に店に顔を出して、小田美貴のいない間に既成事実を作る予定だった。
だが、小田美貴の消極的対応を見ていて油断が生まれていた。
「優一、何もしないで我慢できるなら、2人きりになれるところあるよ」
「明奈?」
「ウチ、千葉の家にお父さん達が行ってるから、2人きりになれるよ」
「明奈の家…」
「うん。でもこの先はダメだし、お酒飲んでるアリバイが必要だよ?」
篤川優一は2人きりになりたい気持ちが止まらずに、それでいいと言い、密着してコンビニでこれでもかと酒とつまみを買って真田明奈の家に乗り込む。
もう、吐く息が白いのは、冬だからなのか興奮しているからなのか、わからなくなっていた。
篤川優一は、中学高校と近くまで来たことはあったが、真田家に入った事はない。
緊張したし、万一親達が早く帰ってきていたらと思わなかったわけでもなかったが、それよりも真田明奈と2人きりになりたい。
その気持ちが止められなかった。
それは真田明奈も同じで、家に帰る前に親に連絡をする事も、何もせずに家を目指す。
家には誰もおらずに安堵してしまう。
それくらい真田明奈も、周りが見えなくなっていた。
真田明奈の部屋は、ご丁寧にも片付いておらず散らかっていた。
だがそれは、普段からだらしない訳ではなく、篤川優一といる為に服を厳選していた為だった。
部屋に入るなり慌てた顔で「うわ、しまった。優一と会う服を選んでたんだった」と真田明奈が言うと、その姿すら愛らしく思えた篤川優一は真田明奈に抱きついて「可愛すぎるよ明奈」と言ってキスをした。
真田明奈も、まさか自分のだらしない部分が肯定されてしまい、驚きながら喜びと共にキスを返す。
止まることはなかった。
買った酒はぬるくなっていく、ホットスナックは冷めていく。
それでも2人は止まらなかった。
上着すら脱がずに部屋の真ん中で抱きしめあって、何遍も「明奈」「優一」と名前を呼び合いながらキスを続ける。
お互いに「もうこのまま流されても良いのではないか」と思った時、幸か不幸か小田美貴からメッセージが入ってきた。
それは真田明奈のスマートフォンに入ってきていて、そこには[もしかして優一さんと会ってるんですか?筋を通す人みたいなので大丈夫だと思いますけど、一応彼女の私に一声くださいね]と書かれていた。
水をさされた2人はそこでキスが止まり、「冷めちゃったけど、おかずもあるし2人飲みしようよ優一」、「うん。ぬるくなっちゃったけど飲もうよ明奈」と落ち着いて飲み会が始まる。
飲みながらキスもする。
抱きしめ合う事もする。
だがそれ以上はなかった。
どこか小田美貴からのメッセージが楔のように、2人の気持ちを抑え込んでいた。
真田明奈はこれは助かったのか、なんなのか、一度考える必要がある。
だが、篤川優一の気持ちは99%自分にある。だからこそ、変な余裕が生まれていた。
篤川優一は後ろ髪引かれる思いで、真田父母に会う勇気はあっても小田美貴と終わらせていない以上、キチンと会えないという事で、真田明奈の両親が帰宅する前に帰る事にした。
篤川優一が不安な気持ちやモヤモヤしたものを覚えたのは、帰るまでも帰ってからも、真田明奈にはメッセージが入ったのに、自分の所には小田美貴からのメッセージが入ってこない事だった。
真田明奈は部屋を片付けて、空き缶を処分しながら、篤川優一と肌を重ねられなかったのは、失敗なのか正解なのか考えつつ、小田美貴の急な連絡に首を傾げる。
そして放置は筋違いだとして返信をする事にした。
[こんばんは。もう少し飲みたい話が出てたから飲んだよ]
[そうだったんですね。きっと優一さんは真田さんが連絡をすると思っていたから、私には連絡くれませんでした]
1ターンのラリーだけで真田明奈は驚いていた。
あの年末に顔を合わせた日は、狼狽えて言いたいことも言えずに、口から出る言葉は短い言葉ばかりだった、あの小田美貴が素早く長文を返してくる。
なんだこの勢いは?
変なものでも食べたのか?
正月に両親が反転して応援を始めたのか?
探るように[連絡、欲しいんだ。今度からするね。でも会えないのに束縛とかは良くないんじゃないかな?」と送ってみたが、すぐに[それでも優一さんの彼女は私ですから]と返される。
レスバトルの様相になりつつあるが、ここで引き下がるのは良くない気がした真田明奈はすぐに返信をした。
[そうだね。会えずに寂しがらせて束縛しちゃう彼女だね]
[なので真田さんがいてくれてよかったです]
またすぐに返ってきた。
アルコールで頭が回っていない事もあったが、送り返す前に[とりあえず3月までは連絡くれればどうぞ]と追撃されてしまい、真田明奈は負ける形となった。
だが実際には、小田美貴は祖母と一緒に作戦会議のようにメッセージを送っていて、悔しさに泣きながら送っていたが、「いい感じよ!美貴ちゃん!」と祖母に励まされて何とかなっていた。
真田明奈からのメッセージが止まると、小田美貴は「お婆ちゃん、本当にあんなこと言って平気だったかな?」と聞く。
祖母は笑顔で「平気よ。良かったじゃない。少し仕込んでもらった方が色々楽よ」と答えた。
また想定外の言葉に驚いてしまう小田美貴。
「楽なの?」
「そうよ。初めて同士に夢とかあるかも知れないけど、何にもわからない初めて同士なんて大体失敗するし、ウマくいかなくて、そこから不仲になる人達もいるのよ?」
そんな事で不仲になるなんて思っていなかった小田美貴は、驚いた顔で「え……そうなの?」と聞き返すと、祖母は「そうよ。だからラッキーくらいに思いなさい」と言って力こぶを見せるようにガッツポーズをした。
そんなやりとりが聞こえてくる中、小田母は実母が娘のフォローをしていることに苛立ち、所々聞こえてくる会話の怪しさに小田父は生きた心地がしていなかった。
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