第19話 酒を飲む相手。

真田明奈は篤川優一とコンビニで待ち合わせて会った時、あんな生の感情丸出しで自分を求める篤川優一の眼差しを初めて見て、それだけで心が痺れてしまった。


昨夜もメッセージも交わしていたのに、たった24時間しか離れていなかっただけなのに、一日千秋の顔をしていて、本当に嬉しそうな眩しい笑顔で「明奈、おはよう」と声をかけられただけで、前の彼氏との過去が消え去った気がした。


「おはよう優一。その顔、そんなに私に会いたかったの?」

「う…バレてる?」

「蕩けてるよ。今日は混雑を楽しもうね」

「楽しむの?」

「そうだよ。堂々とくっついていられるよ」


真田明奈は、嬉しそうに顔を輝かせて「行こう!明奈」と言って手を引く篤川優一を愛おしそうに見て共に歩く。

地元民なので裏道を歩き、駅を目指す中、人のいない裏路地で真田明奈から「優一、おはようのキスしてよ」と求めると、篤川優一は嬉しそうに辺りを見回してからそっとキスをしてくれた。


化粧品は前のものに戻していて、例のブランド物の高級品は、確かに物が良いものかも知れないが、それだけでお気に入りを納得なしに変えられない。

真田明奈はキスをするとき、顔が近づいたときに嫌がられるかと心配したが、篤川優一は嫌な顔ひとつしない。

愛おしそうに自分を見て、大切に扱ってくれる。

篤川優一から溢れてくる、間違えようのない、そんな愛情の空気が伝わり、駅まで歩くだけで楽しかった。



電車の中も楽しい。

座れても立てても楽しくて、ニコニコしてしまう。

篤川優一はとにかく気を回してくれて、退屈させないように話すタイミング、内容、ワードセンスが自分に近い。

何も嫌な気持ちにならない。


そうなると真田明奈は別のことを考えてしまう。

そもそも無理に付き合ってなんだったのか?

前の彼氏は真田明奈という人間と付き合っていたのだろうか?


服装に手を入れ、見た目にも手を入れ、化粧品にも手を出す。

そうして出来上がった真田明奈は真田明奈ではないのではないか?


そんな事を考えていると、真田明奈は真剣な顔をしていたのか、篤川優一が「明奈?」と声をかけてくる。


「ごめん。楽しすぎて、今までって何だったのかって考えちゃったよ。もっと楽しい気持ちになりたいよ優一」

「うん。お互いに楽しもう」


お互いに楽しもう。

なんて素敵な言葉なんだろう。


真田明奈は篤川優一の腕に抱きつき、小さく「我慢キツい、早く優一を独占したいよ」と言った。



真田明奈と篤川優一は、どこにこんな数の人間が居るんだ?日本中の人間が居るのか?なんて思いながらお詣りをして、大混雑の中、露店で小さなパーティをする。


2人で「昨日は二日酔いギリギリだったから気をつけよう」と言い合うだけでも楽しい。

それだけでテンションが上がり、深酒まではいかないが飲酒をすれば止まらなくなる。


2人の写真は増えていて、比例するように絆が深まると感じた時、ようやく篤川優一のもとに、小田美貴からメッセージと写真が入った。



今の気持ちに水を差したくなく、既読を付けたくない篤川優一が無視をしようとすると、真田明奈は筋を通す為と言いながら、これすら自分の追い風になると思い、「ダメだって優一、まだ小田さんは彼女なんだよ?読んであげて」と言う。


一枚の写真は山の写る田園風景。

次は文章が届く。


[おはようございます。今日は群馬のおばあちゃんの家に来ています。遠くて朝6時に出て、ようやく今着きました。優一さんは何をしていますか?]


そう書かれていた。


何をしているか…。


【真田明奈と2人きりで浅草にお詣りに行き、酒を飲んでいる】。


なんて送れたらどれだけ楽だろう。

だが、そんな真似はできない。


篤川優一はおでんと熱燗の写真を送ってからメッセージを送る。


[群馬なんだ。いいね。こっちは休みだから少し飲んでるよ。うちは母方の祖父母が埼玉に住んでるけど、高校生の頃から『もてなしが大変だから来なくていい』、『行くのも大変だから電話でいい』って言われてるから何年も会ってないよ。小田さんの所は家族仲を大事にしてるんだね。久しぶりだよね?たくさん甘えておいでね]


無難な文章。

小田美貴は気付いていないが、祖父母の話すら篤川優一と真田明奈の仲を燃え上がらせる燃料にしかならない。

真田明奈は決して小田美貴との事に深入りしない、送ったメッセージを見せろなんて言わない。

この場の正解は黙っている事。

黙っていれば篤川優一が小田美貴に配慮して、真田明奈に話せる内容を話してくる。


「小田さんのお婆さんが群馬なんだって、山の写真が来たよ」

「山かぁ、凄いね。ウチは千葉は千葉でも鎌ヶ谷市だから珍しいものとかないよ」

「うちも、埼玉で変わり映えしないから人に写真も送れない」


そのまま祖父母の話で盛り上がり、最後に会ったのはいつで、どれくらい疎遠であったかと続けてしまう。


その後、篤川優一は小田美貴から飲酒について聞かれる。

小田美貴と出かけても、気兼ねなく飲んでほしいと言われた篤川優一は、酒が好きなのではなくて、酒は相手がいて飲みたい物で、それこそ真田明奈を見て、真田明奈とだから泥酔ギリギリまで飲んでしまっていると自己分析をした。


小田美貴には[そんな真似できないかな。大人数で、飲める人と飲めない人が入り混じるならいいけど、飲まない人と2人きりの時には飲まないよ]と返しておいた。


その後はあの母だろう、祖母がいるのに、祖母の家で何をしてるんだと言われたのだと思う。


篤川優一は、スマホをチラチラと確認しながら酒を飲んで、真田明奈と、「飲めない相手」や「飲まない相手」と2人でいる時には飲まないという飲酒論について真田明奈と熱く語りながら、返信を待っていたが、小田美貴からのメッセージはピタリと止んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る