第8話 クリスマスイブ。

店長とホール社員は歩く死体のような、そう…ゾンビ映画のゾンビみたいな顔で働き、年末を乗り越えた先にある年始に肩を落としていた。

どうしても12月末は特別感があるが、翌日は普通に日常が待っている。


夏に辞めてしまったキッチン社員は「年末年始?ただの月末月初だよ。バイト達がたくさん休んで、客入りが多くなる月末月初」と言っていて、篤川優一それすら凄いと思った。

だが今回は店長たちが勝手に当てにしていた、小田美貴が働けなくなったことで、店長とホール社員の苦難は更に悪化していた。


正常な店舗運営の分水嶺はとっくに過ぎていて、先日の事案の尾を引き、人不足は改善せずに、店長はマイナス査定を諦めて、エリアマネージャーにようやくヘルプの依頼を出した。


直近1ヶ月の実態を知り、事案にはならずに済んだが、無理をさせ過ぎて最後の1人になっていた小田美貴を失ったことで通常の店舗運営も怪しくなっている事。

年末年始の商戦どころではなくなっていた事。

元々は問題行動が多く、働かない新卒の責任もあった事で、責任問題にはならずにいたが、それでも首の皮一枚繋がった程度で済んだ上でのヘルプだった。


それでも店長とホール社員は風呂だけではなく、眠る為に家に帰れるようになっていた。


今回助かったのはクリスマスイブとクリスマスが水曜木曜で、アルバイト達が分かれてくれた。

前の週末の20日、21日にパーティをするカップル、翌週末の27日、28日に忘年会と併せてパーティをするカップルといて、24日、25日はなんとか人員確保が出来た。

小田美貴と篤川優一が昼間の勤務で、夜の心配も出たが、そこは彼氏がいると言われていた女子大生が夜に働いてくれる事になる。


「私達が会うのは20日ですから、イブとクリスマスは入りますけど、彼氏との事次第では年始からは、また9時上がりにしてもらいますからね?」


女子大生がそう言っていて、年始の事すら見通せない店長達は、場当たり的に「それでもいいんだ!」、「助かったよ!」と喜んでいた。



小田美貴とは、あの小田母と話した日から、4日目の仕事になっていた。

店長とホール社員が変な気を回して、仕事時間を被せてきていたので、篤川優一は、例え軒先で小田母から悪く言われてもキチンと家までは送っていた。


送るだけで小田美貴は泣いてしまい謝り倒してくる。

1月から働けない事、会えない事、今日も仕事でミスをしてしまった事、そんな事を延々と謝り倒す。


段々と重く感じてくる。

小田美貴が手を繋いできて、はじめてそれに応え、腕を組んできて、はじめて歩幅を完璧に合わせる。


小田美貴は少しでも一緒にいようとして、20分の距離を30分かけて歩く。

そうしたら遅かったと言って父母のどちらかが玄関でスタンバイしていて、篤川優一に苦言を呈する。

酒が入っていない小田父は比較的マトモだったが、それでもやはり娘を家から遠ざける篤川優一は敵だった。


もう落とし所として、小田父母と篤川優一は小田美貴の為に、「仕方なく受け入れる」ことになっていた。


自身の行動が全て裏目に出ているとは思えない小田美貴は、両親に「優一さんを悪く言わないで!優一さんも疲れてるのに送ってくれたの!」と言うが、なら帰らせて20分で帰ってくればいいのに、甘ったれて篤川優一に連れられて30分かけて帰ってくる。

だから何一つ改善しない。


それでも篤川優一は彼氏として、クリスマスイブ当日のバイト後に「はい。プレゼント」と言って手帳型のスマホケースをプレゼントした。


高価な品で小田父母に悪く言わせず、小田美貴に身構えさせない為には丁度良いチョイスで、キチンとした値段だったのはネット検索をすればわかるので、文句は出ないだろう。


「スマホケース…」

「うん。一応お揃いにしておいたから、……それで春まで頑張ってね」


一応関係は残るが、選択権は小田美貴にある。

ケースを閉じていたら着信は気にせずに済む。


悪くないチョイスだと思っていた。


小田美貴は泣いて喜び、「帰りたくないです。このままどこかに連れて行ってください」と言ったが、それは出来ないとキチンと断る。


「でも、優一さんの予定とか、空けさせちゃったのに」


小田美貴がそう言って来た時、幸か不幸か中学時代の同級生達から飲み会をやるから来ないか?と誘われた。


篤川優一は詳しく読まず、渡りに船とばかりに「ちょうど呼ばれたよ」と言う。


「この前の連中だ。アイツら彼女とかいないから、行ってくるよ。家族を大切にして」


そう言いながら、[行く。時間と場所、入れておいて]と送り、「平気だよ。小田さん」と言って話を終わらせた。



小田美貴はプレゼントを必死に考えたのだろう。

新生活で使える青い爽やかな色のネクタイと名刺入れを用意していた。


篤川優一は「高かったよね?悪いよ」と言ったが、小田美貴は「そんな事ないです」と言い、泣きながら小さく手を振って帰って行った。


それは日中なので送ってもらう必要はないと小田母から言われてしまい、更に飲み会の話まできた篤川優一への配慮だった。

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