第2話 命の価値
「お前の命と引き換えにしても、
その言葉に一瞬とまどう。大切な人の身代わりになりたい、と人は良く口にする。でも、現実にその立場に立った時に本当にできるのか? 目の前の女の言っている事が嘘でないと感じて俺は震えた。嘘だろ。その次の言葉が出ない……。
「君の決意はそんなものなんだな。がっかりしたよ」
心底ガッカリした調子で女は呟いた。その声に義妹が助かる可能性を感じた。死んでいいわけがない。美久を守りたい!! 助けたい!! その覚悟は嘘だったのか!!
俺は強く下唇を噛んだ。心臓が割れそうなくらいドキドキする。
お、俺は死ぬのか!!
今まで
「じゃあね、義妹の命は今週で終わりだよ。最期は、ずっと一緒にいてやってよ」
少し優しい声になった声の主は、そう呟く。その声は悲しそうにさえ感じた。足音が少しずつ小さくなっていく。今を逃したら、美久は絶対に助からない!! 俺はそれで後悔しないのか!!! 怖いのは当然だ。死ぬのだから。でも、それでいいのかよ!!! 俺が死ぬなんて関係ない!! 美久を助けたいんだ!!俺はなけなしの勇気を振り絞って声を出した。
「待ってくれ!!!」
「……」
「なあ、お前なら、美久を助けられるのか!?」
喉がカラカラで言葉を上手く発せられてるのか自信がない。身体がガタガタと震えて、夏なのに寒かった。
「……」
くそっ、聞こえなかったのか。なら、もう一度だ!!!
「神様!! 美久を助けられるのなら、俺の……」
くそ、バカやろ!! ここで
「俺の命はお前にくれてやる!! お願いだ!! 美久を、美久を助けてやって欲しい!!!」
「……本当に後悔しないのだね?」
少し遠いところから声が聞こえた。感情のない声にゾッとする。今度は足音が近づいて来た。俺は歯を食いしばり、なけなしの勇気を振り絞った。
「……っ……ああ」
「分かった! もし、嫌になったらいつでも言ってくれ。生きてる間なら、戻してあげる」
「嫌になんかなるわけあるかよ!!!!」
近くに女の気配があるのに、女の姿はどこにも見えない。ただ、そこに女がいるのは、ハッキリとわかる。
「分かった。お前の最期とくと見届けてやる!!!」
俺の頬に冷たい手が触れられる。
「つ、冷め……」
「我は命じる。この者と美久のてん……成功……させん……」
最後の方は嵐のような音に途切れ途切れになって、何を言ってるのか分からない。嵐のような音は耳元でどんどんと大きくなり、俺の意識はそのまま遠のいていった。
「こ、ここ……は……」
次に目覚めた瞬間、俺の身体に激しい痛みが駆け巡った。な、なんなんだ、この鉛のように重い身体は……。目を開けようとしたが、開かない。
次の瞬間、強く胸をえぐられる。死にそうなほど痛いのに、それを超えるほどの眠気が全身を支配する。なっ、なんなんだ、これは! 俺の意識はそのまま、今度は深く深く沈んでいった。
――――――
(美久視点)
「あれ、ここはどこ?」
目を覚ますと鳥居の前に倒れていた。あの身体でここまで歩くなんて不可能だ。もしかしたら、ずっと病院にいたわたしを気づかって、お義兄ちゃんがおぶって連れてきてくれたのだろうか。
それにしても今日のわたしは気分がいい。強いモルヒネを使ったとしても身体がここまで軽くなることはないし、今日は強い眠気も感じない。
「あれ!?」
わたしは股間の部分に違和感を感じて思わず手を当てた。何、これ?
今まで無かったところに大きな腫瘍があった。その腫瘍は長く突き出ていて、不思議と痛くなく、ふにゃふにゃしていた。
「これって男の子のアレみたい……あれ?」
わたしの声が凄く低くてしわがれている。病魔が喉まで来たのだろうか。
「よいっしょ、と」
わたしが上体を起こすと、身体がいつもより軽く動いた。そのまま立ち上がる。
「あれ、こんなに簡単に立てるなんて絶対に変だ!」
いつも立とうとすると強い目眩を感じた。意識を集中させて、なんとか松葉杖で身体を支え、上体を安定させるのがやっとだった。
何もかもがおかしい。慌てて自分の服装を確認すると高校の制服姿だった。しかも女子のブレザーではなく、男の子の制服だ。
これは大変なことが起こっていると感じた。何か良くないことが起こっている。わたしは病院に向かって走った。この神社には初めて来たが、この高台からなら、病院は南西方向に走れば10分足らずで着く。
「あれ、わたし走れる!!」
いつもなら歩くことも精一杯なのに、今日のわたしは気分良く走ることができた。しかもかなり速い。女子でここまで早ければ、陸上選手になれるんじゃないだろうか。
「わたしの身体! どうしちゃったの!?」
病院に入るとエレベーターに乗り込み五階を押す。五階到着とともにナースステーションをかけ抜けた。
「どうしたの?」
「病室に戻ります!!」
「戻るって? 美久ちゃんなら今は寝てると思うわよ」
「えっ!?」
もしかしたら……。わたしの不安に呼応するように心臓がドクドクと脈を打つ。わたしは勇気を振り絞って、504号室の扉を開けた。
「やっぱり……」
そこには、もがき苦しむわたしがいた。
「お義兄ちゃんなの?」
ぜいぜいとやっとのことで身体を動かして、わたしの姿をした女の子はこちらを振り返った。
「良かった……」
目の前の美久は、わたしを一瞬見ると苦しそうに微笑んだ。
「ゲホゲホ、ごめんな。……、本当は可愛いまま治してやりたかったんだけどな」
「ちょっと待ってよ。何がどうなってるのよ!! お義兄ちゃん!!! 答えてよ!!!」
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