17話
爆炎が舞う空の下では阿鼻叫喚が広がりつつも、避難所に指定される冒険者ギルド、エストリア教会、そして王城全域にはしっかりと防壁魔法が張られていた。逃げ惑う人を助けようと戦える者が奮起し、都市全体に放たれた魔物に挑んでいる。
ミリィの邪魔をしないように少し外れた場所で天高く飛び上がったロックは、短い滞空時間で出来るだけ正確に状況を分析していた。
「やはり召喚だけではなく付近の魔物まで操っているのか。なんて数だ……」
「ロックうぅ高いよおぉおおおお!」
「数は五千、いや七千を越えるか……」
「ちょっとは気にしてよぉおおおお!!」
落下中に考え込むロックの頭をポカポカと叩くアヤネだった。
着地と同時に再び走り出したロックは南の正門から街に入り、人と魔物の屍を横切りながら冒険者ギルドへ急ぐ。どうやらこの正門から襲撃が始まったのか、激しい交戦跡はあるが魔物の気配が薄い。しかし、冒険者ギルドに近づくにつれて醜い呻き声のようなものが聞こえてきた。
「中の人を食うつもりか、一気に片付けよう」
「あ、あたしより強そうなやついるか!?」
「いないよ。半分任せる」
「あぁ!!」
アヤネが先行し、ロックはその場で膝を付いてポーチからペンを取り出す。これも宝具であり、羽根ペンを元にした【
「大地の檻、座礁する黄金の船、悪食を崩ずる……」
即興で地面に綴られていく文字列は薄暗く光り、そのまま地に溶けていく。
そして、大地が大きく波打つ。
「うわ! わわっわ!」
「アヤネ、上に飛ぶんだ」
「何する気だよー!!」
何が何だか分からず、とにかく高く飛んだ瞬間だった。海のように揺れ動く地面から黒く大きなクジラが敵を丸呑みにしたのだ。その大きさはギルドを丸ごと食ってしまうほど大きく、アヤネだけがギリギリ射程から離れる事が出来ていた。
「なななななな!!」
「そんなに高く飛ばなくて良かったのに」
「死ぬとこだったろが!! なんでギルドごと飲み込まれてんだよ!!」
「落ち着いて、大丈夫だから」
ゆっくりと地面の中に潜っていくクジラは、付近の建物に外傷を与えることなく魔物だけを消し去っていた。終わってみれば一瞬の事で、半分任されたアヤネが倒した数は二体。残りは全部ロックが生み出した謎クジラが食べてしまった。
腑に落ちないアヤネはツカツカとロックの近くに戻ってきて、何度か軽く足を蹴った。
「痛い、痛いってば」
「アタシいらなかったじゃん」
「そんな事ないよ。気を引いてくれたから確実にやれたんだ」
「はぁ……でも、今のがあれば楽勝だな。街全体を覆うくらい大きなクジラが出せれば一発じゃね?」
「そう都合のいい物じゃないんだよね。最低でも三日は使えないし、書くポエムは即興じゃなきゃならない。街全体ならかなり長いの思いつかなきゃならないから難しいね」
「条件が厳しいタイプの魔道具かぁ。ま、切り替えて中の安全確認だ!」
「そうだね」
時間が残されていないのは変わらない。こういう状況下、急げば救える命は山ほどあるのだ。
冒険者ギルドの中は一般人や下級の冒険者でごった返しており、皆怯えたように蹲っている者や取り残された家族が不安で騒いでいる者が大半であった。中級以上の冒険者は防衛戦に駆り出されているのか、この場をなだめるギルド職員もどこか取り乱しているように見える。
そんな中、ロックが唯一知っている顔があった。
「ルルシュナさん」
「え……あっロック様! よくぞご無事で……」
「僕達は大丈夫だよ。それより状況を教えてほしい」
「ロック、この人は?」
「ミリィの担当職員だよ。お世話になってるから失礼なことしちゃダメだよ?」
「ミリィ姉ちゃんの!? あたしミリィ姉ちゃんの妹分でアヤネって言います! どうぞよろしくお願いします!」
「ど、どうもご丁寧に……」
挨拶もほどほどに、この町で何が起こっているのかを簡潔に教えてもらった。
事は昼過ぎ。突如、上空に暗雲が出現し、そこからデーモンやワイバーンなどの魔物が出現する。完全な不意打ちであったにも関わらず、王家の対応は迅速で、すぐさま国全体を覆う結界が張られ、突破される前に住民の避難が完了する。結界が崩れた瞬間に、さらに強固な防壁を避難所に展開させたお陰で現在まで人的被害はほぼ出ていない。中級以上の冒険者や騎士団も集団でヒットアンドアウェイを繰り返しているらしく、怪我人は多いが死者報告はまだ上がっていないらしい。
人命を最重要とする完璧すぎる対応に感嘆するロックは、少し落ち着きを取り戻して自分達のやるべき事を明確に固めた。
「流石メイアだな。この分なら先にメルティを探しても問題なさそうだ」
「メルティ・アーネスト様なら上級冒険者チームで西地区のオルトオーガの討伐に向かわれたはずです。各所に出現する上位種には上級チームで各個撃破との指示ですので、ロック様は行かない方が……」
「ここにいるアヤネは上級冒険者なんだけど、僕はアヤネより強いよ」
「しかし……」
「ルルシュナさん、ロックの言ってることは本当だぜ? 強さだけなら誰も適わねぇよ。なんなら、あたしが責任もって守るってことで!」
「はぁ……分かりました。では、ここでは聞かなかったことにしますので、念の為裏口から出て下さい。こっちです」
ルルシュナは他のギルド職員に見つからないようにコッソリと裏口へ案内する。「もし危なくなったら」と色々と事前に冒険者内で決められたルールを教えてもらい、ロックは最後に一つだけ質問する。
「ところで、ランドルフはどこにいるんだい?」
「【聖なる崩壊≪セイクリッド・ダウン≫】のリーダー様ですか? いえ、彼に関する報告は受けていませんので……」
「そうか、しばらく滞在すると聞いていたけどクエストで離れているのかな。彼がここにいればかなり被害も抑えられるんだけどね」
「クエストの受注履歴にはありませんでしたが、何しろ【レジェンズ】のSランク冒険者様です。もしかしたら王宮から直接依頼を受けたか、むしろそっちの防衛に参加されているのかも知れませんね」
「わかった。ありが……」
「あ、あ、あんたら!! 外にいるってことは上級冒険者なのか!?」
急に割り込んできたのは、幼い子供を二人抱いている重症の冒険者の男であった。血まみれで足を引きずり、息も絶え絶えだが、子供を守ろうという強い意志がその目に宿っている。
「ガンダー様!! ひどいお怪我を……」
力尽き膝を付いたガンダーは、抱えていた子供に「ほら行け」とギルドの中へ入るよう誘導する。ルルシュナは急いでガンダーに肩を貸すと、傷の深い部分へポーションをかける。
その勇ましい姿に興味を持ったロックは、つい彼の素性が気になった。
「彼は?」
「ガンダー様はB級上位の冒険者です。魔法大剣をお持ちで、このギルドでもたくさんの新人冒険者を育成してくださった人格者で……」
「んなこた今どうでもいいんだ!!」
闘争に気が荒くなっていたガンダーはどこか焦っていた。その様子から一刻の猶予もない状態に追い込まれているのが見て取れる。
「すまない。情報をくれ」
「俺達上級冒険者は三チームに分かれて大物を狩ってたんだけどよ。西区画に情報とは違うアークデーモンがでやがったんだ。かなり押されてるから一人でも多くの戦力が欲しい。今はアーネストが拮抗してるが魔力切れも時間の、問題……うぅ」
「ミルティがそこにいるんだな?」
「はや……く……やべ、血が……」
「ガンダー様!!」
気を失ったガンダーに声を掛け続けるルルシュナは、こちらは任せてとロックに目配せを送る。それに応え、ロック達はすぐさま走り出した。
目的地は西区画。もしそのアークデーモンが召喚専用種族【オルト】であれば、ミルティの魔法は有効打にはならない。それどころか、まともな思考をしていては傷一つ付けられないだろう。それほど特殊な生命体なのだ。
仲間たちは次々に倒れ、守るものが増えるばかりの防戦一方。ミルティは結界に全神経を集中し強度を上げていくしかなかった。
「時間稼ぎにしかならぬというのに、小癪な」
「くぅっ!」
ミルティの多重防壁が一枚破られるたびに、追加で一枚張り直す。相手は巨大な拳を振り続けるだけに対して、結界を張り直すには大きな魔力がいる。いくらSランク相当の魔力量を誇るミルティでも、そう長くは続けられない。
「ミルティ! やっぱり俺達も戦うよ! このままじゃ負けちまう!」
「ミルティさん!!」
「黙りなさい! 弱い敵だけと戦うって約束で連れてきたんでしょ!」
「でも……でもっ!」
激戦の余波だけですでに半分ほど体力を削られたアドレとカリナ。前に出せばあっという間に殺されてしまうのは目に見えている。後ろにはかろうじて命が繫がっているBランクやAランクの実力者達も善戦できたとはとても言えない。
(何なのこの化け物……魔法吸収ができる魔物でこれほど物理が強いなんてどうすれば勝てるのよ……)
そう、ミルティが放ったどの属性魔法もたちまち吸収されてしまったのだ。魔術師殺し、そう呼ばれる魔物はいくらかいるが、特化したその性質から大抵は近接職に弱いものだ。しかし、目の前のデーモンはどう見てもそっちが本分。上級冒険者が束になっても傷一つ付いていないのが現状だ。
だからこそ、魔術師であるミルティにとってこの戦いは逃げの一手しかない。にもかかわらずまともに動けるのはミルティと子供達、それと足がすくんで震えている数人。動けないのだ。絶望的に。
天秤にかけるしかない。仲間の命と、家族の命を。
「考え事とは余裕だな!」
「きゃあ!!」
意識が逸れたのはほんの数秒。その隙を突いて、結界は一気に三枚持っていかれてしまった。プレッシャーがミルティを押し付け、嫌な汗が噴き出す。
(嫌だ……死にたくないっ!)
ここが決断の時だ。 もう自身の保証すらない。
ミルティはアドレとカリナに向け、人絞りの笑顔で言う。
「二人とも、逃げ……」
「だらぁああっっっ!!!!」
突如として吹き付ける突風。金属同士が激しくぶつかったような甲高い音と共に、目も前に迫っていた脅威は遥か遠くの家屋にめり込んでいる。
想定外の状況に目を丸くするミルティは、自分を守るように立ち塞がる一人の少女を見上げた。赤い肌に二本の角。背丈ほどの大棍棒を持つ彼女は誰なのか。
唖然としているところに、鬼人族の少女はしゃがみこんでミルティを覗き込む。興味深そうで柔らかい表情だった。
「あ、絶対アンタがミルティだろ? 聞いてた特徴そのまんまじゃん」
「え、ぁうん。ミルティは私……」
「へへっ、そっかそっか! おーい!ここにいるぞー!」
急にどこかに向けて手を振る少女。何もわからないまま目線を追うと、ミルティの全身の力が一気に抜けた。
「良かった。間に合ったんだね」
聞き覚えのある、一番安心する声。
心のどこかで呼び続けた人が、目の前にいた。
「ミルティ、怪我はないかい?」
「ロック!!!!」
自然とその胸に飛び込んで、溜め込んだ不安を吐き出すように涙がボロボロと零れた。もう、大丈夫なんだ。生き残ったんだと一切の疑念すらなくただ泣いた。
「にいちゃーーん!!」
「ロックさーん!!」
「おわっ、二人もよく頑張ったね。えらいぞ」
「「うわぁあーーん!!」」
知った顔がみんな泣いてしまい、ロックは安心と困惑に困ったように笑う。
しかし、事態が何も変わっていないことを知っていたアヤネはヒヤヒヤしていた。
「なぁ、言われた通りただ遠くに殴り飛ばしたけどさ、多分無傷だよあいつ。手ごたえがまるで無かった」
「わかってるよ。予想通りオルトアークデーモンだ。危険な相手だよ」
「待ってロック! あいつは魔法を吸収するの! その上Aランクの戦士でもダメージが入らないほど堅い体を持っているわ。正直戦いにならなくて……」
「大丈夫だよミルティ。作戦はある」
瓦礫から立ち上がるオルトアークデーモンは、楽しむように、焦らすようにゆっくりと立ち上がってニタリと笑いながら歩いて近づいてくる。
ロックはポーチから魔力回復ポーション取り出しミルティに飲ませると、アヤネの隣に立った。
「さて反撃開始だ」
「おう! あとは頼んだぜロック!」
「戦うのはアヤネだよ」
「っっっっ!!!!!!」
反撃の狼煙が上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます