14話

「おい、さっさと武器を出せ」

「要りません。さっき殺すなってロックさんに言われたので。まだ武器を持つと手加減が難しいんです」

「ふっふっふ、人の神経逆撫でする天才なのかこの……クソガキ!!」


 強烈な踏み込みから放たれる豪快な突きは、素早く仰け反ったミリィに掠りもしない。切り返しで払い、フェイントを混じえた攻撃も尽くがギリギリの距離で避けられてしまう。

 一度飛び離れたアヤネは空中で身体強化を最大限に高め、着地と共に数多の残像が残るほどの連続突きを放つ。

 異様な手応え。何かに当たっている感触はするが未だミリィは余裕のある顔でジッとアヤネの顔を覗き込んでいる。観察されているのだ。

 すると、急に鉄棍の動きが止まる。今度は回避ではなく完全に止められた。そして、ミリィが何をしていたのかを理解したアヤネは絶句した。


「う、嘘だろ……」

「この辺が最高速度ってとこですか」


 鉄棍の側面に付いていた突起を指で掴まれていたのだ。そんな事、実力が天と地ほど開いていない限り決してありえない。

 唖然とするアヤネの懐に潜り込んだミリィは、柔術のように柔らかな体動で掌底を繰り出す。


「ぅぐっ!!」


 心臓に衝撃が通り抜ける。ダメージは感じないのに身体が動かず何も出来ないアヤネに、流れるように連撃を叩き込んでいくミリィ。

 二発、三発、四発。続けざまに四肢のあらゆる部分のを撃ち抜かれ、最後には首を掴んで地面に叩きつけられた。


「カッ……!」

「こんなものでしょうか。怪我は無いと思いますけど」


 上手く呼吸が出来ない。ゆっくり、少しずつ息が吸えるようになるに従って打撃が打ち込まれた部分がジワジワ痛くなる。

 自分より小さな子に、鬼人族の中でも『鬼姫』という二つ名まで付けられた自分が、まるで大人と子供のじゃれ合いが如くあしらわれてしまった事実がアヤネの脳を掻き乱す。

 そして、遂には……。


「…………………………ぅうっ」

「えっ!?」

「ぅ、うぅ……ぐぅっ! うっ……!」

「待って待って、嘘ですよね!?」

「ふぅぅっ! うっ、ぐぅぅぅっ!」


 声を押し殺して泣いてしまった。


「ふぅぅぅうううええっ!!」

「よ、よしよし! 怖かったですね! なんて悪いヤツなんでしょう私は! もう何もしないから泣き止んでぇえ!!」


 喧嘩を吹っ掛けた方が泣きじゃくり、売られた方が抱き締めて慰めている。その光景に頭が追いつかないギャラリーは未だ混乱の最中にいた。

 ようやく重い腰を上げたロックが歩み寄ってくると、ミリィの腕の中のアヤネの頭を撫でながら感嘆する。


「本当に強いじゃないかアヤネ。正直びっくりしたよ」

「でもぉっ! あだじはぁ!!」

「もしかしてBランク……それもAランクに限りなく近い腕なんじゃないか? 今回は相手が悪過ぎたんだよ。ミリィがどれくらい強いか知らなかったんだ」

「ど……どれぐらぃ……」

「ミリィはね。実力だけなら魔王くらい強いと思うよ。本気でやれば倒しちゃうかもしれないかもね」

「はへぇ????」

「ホントホント」


 突然異次元の話しをされて全く理解できないアヤネは、いつしか涙も止まりただただミリィを見上げていた。


 しばらく時間を掛けて店内に戻ってきた頃には、既に客足もパッタリ無くなりロック達と他数組だけになっていた。

 完全に心を折られたアヤネは大人しい。先の戦いで遅れてきたロックが実はミリィのリゾットを完食してしまい、ミリィに怒られている光景をボーッと眺めていた。


「アヤネ、今回の代金は僕が払うよ。迷惑をかけてしまったからね」

「あ、うん……」

「本当、ミリィの事は気にしなくていいよ。この前だってSランク冒険者を無傷で捕らえたくらいに手が付けられないんだから」

「ロックさん。その言い方だと私が暴れん坊みたいです。訂正してください」

「分かった分かった。暴れん坊ではないね」

「そうです!」


 二人は傍から見たら仲の良い師弟。まさかと思ってアヤネは一つ質問してみた。


「ロック……って言ったか。あんたはこの子より強いのか?」

「え〜、あ〜うん。そうだね」

「…………」


 化け物だ。世界に類を見ないほどに。

 諦めたアヤネは、静かに水を飲むと深い溜息を吐く。


「あたし、修行するために里を出たんだ。鬼人族の掟で、成人したら武者修行に出て一人前になったら里に戻る。まさかこんな序盤でボコボコに負けるなんて思いもしなかった……」

「え、鬼人族の成人って何歳ですか?」

「十三。一年旅したから今は十四だな」

「と、歳下!?」

「え、歳上なの……?」


 まさかのミリィお姉さん。鬼人族の身体は戦闘に特化しているため、全盛の期間が長い。早く大人になり、老いても若々しい。そのことを踏まえても、アヤネはミリィより頭一つ身長が高かったから十八以上には見えてしまうのだ。

 衝撃の事実も相まって、アヤネはどんどんしおらしくなって行く。


「あたし、鬼人族は孤高であれって、舐められたら終わりだって教えで生きてきたからちょっと敏感になってたのかも……。ホントは喧嘩もしたくないのに……でも強くならないと里に帰れないし、引き篭ってずっと寝てたいのに……」

「なんだか凄い世界で生きてるんですね……。ロックさん、この子可愛いです!」

「ぅう……やっぱりあたしには無理だったんだよ〜」


 おっきな妹が出来たみたいな顔で興奮するミリィは、アヤネの頭を抱き締めてずっとよしよししていた。嫌な予感がしたロックは、先手を打つことにした。


「ミリィ、まさかと思うけど……」

「仲間にしましょう!」

「ダメだよ。僕達の旅はいつどこへ行くのか……」

「もうやだァ、守ってください……」

「ほら! ロックさん!!」

「しっかりしてくれよアヤネ……」

「タスケテ……」


 年相応に、元来の性格もあって気弱になってしまったアヤネからの渾身の『タスケテ』。ロックは勢いに押され、それでも最後に一つ食い下がった。


「わかった。なら明日、日の出の頃に南口から出発するんだ。もう一日もないけど、それまでよく考えてから本当に一緒に来たいなら南口に来なさい。言っておくけど、僕達の旅は行ったり来たり気ままな旅行みたいな感じだからね?」

「…………うん」


 一先ず最後に防波堤は築いた。これ以上の問答は一時的な感情を揺さぶるだけだと判断したロックは、話しをそこそこに解散を強行する。




 そして翌朝。


「…………本当に来たんだね」

「だ、駄目……かな」

「はぁ、もういいよ。なら今日から僕達は仲間だ。お互い支え合っていこうね。よろしくアヤネ」

「うん、よろしく」

「アヤネちゃん! お姉ちゃんって呼んでいいですよ!!」

「うん、ミリィお姉ちゃん」

「わぁあっ!!」


 ミリィは思い切りアヤネの胸に飛び込んで心から歓迎した。

 こうして、ちゃっかり仲間になったアヤネは、この長い旅路でロックとミリィにしごかれ、いずれ鬼人族の頂点である『鬼神』の称号を貰うことになるのだが、それはまだまだ先の話である。












 ロック達がトリアイナ南部を満喫していた頃、巷では一つの事件がその大きさを増していた。北部を中心に広い範囲で冒険者が襲われ、その全てが殴打のみによる犯行であった。

 この事件の特異性は、金品の強奪は一切なく、そして死者が出ていないことで噂の広まる速度が早いことだ。


「…………キシシ、段々わかってきたぞ?」


 闇夜の森にまた一人。Bランク冒険者が地に伏せていた。見下ろすのは二メートルは越える体躯に異常に細いシルエットの男。貧困に痩せこけているように見えて、実際には無駄の一切を削ぎ落とした鋭く鋼のような肉体。長過ぎる手足を踏まえて人というより魔物と呼ぶ方が差し支えない。


「しっかし、このプレートを見る限りBランクの冒険者だろ? 弱ぇなあ。この分だとSランク冒険者も大したことなさそうじゃあねぇか」

「く……貴様……何が目的で」

「ん〜? 暇だからだよ」

「ひ……ま……?」

「張合いがねぇんだよな〜強過ぎるってのは。俺は命懸けの闘争がしてぇんだ。Sランク冒険者ってヤツが大したことなけりゃ、後は国と戦うしかこの乾きを潤せねぇ……」

「化け物……め」


 冒険者の男は意識が途切れ、襲撃者はいつも通り人目につく場所まで運ぶことにする。こうして、噂をより強烈なものとして、より強い冒険者を効率的に呼び寄せている。

 月夜に返り血が照らし、血に飢えた獣は焦がれるように空を見上げる。


「アイツぁ良かったなぁ……。あの魔工技師、ロック……デュベルだったか。戦いてぇなぁ。もう俺の乾きを癒せるのはおめェだけだ」


 過去、ロックに刻まれた敗北の記憶に酔いしれ、襲撃者は握った拳から血を流す。怒りではない、快楽ではない、心の奥底に空いた穴を埋めるなんとも言えぬ充足感。

 まるで恋する少女のように思い出に浸る男は特に気付く様子もなかった。


 一瞬にして、夜空の星が消えたことに。


「おがぁっ!!」


 刹那、男の両腕両足に光の剣が撃ち込まれ、木々を粉砕しながら大岩に縛り付けられた。コンマ数秒の後に雨のような炎の矢が放たれ、男は無防備に全ての攻撃をその身に受けることとなる。

 一切の容赦のない奇襲。土煙と火の粉が舞い上がる中、最後の一撃が襲撃者を襲う。


「【虚空断裂掌】!!」


 闘気を極限まで高め、森を切り開くほどの威力に達した掌打は寸分の狂いもなく襲撃者を飲み込む。爆音にも似た豪快な一撃で、その猛攻はようやく終わりを見せた。


「仕留めた!」

「油断しないでソアラ。恐らくだけど、まだ死んでないわ」

「本当にここまでやる必要あったのか? イオリの勘違いだったんじゃね?」

「クーリヤック。俺が合図するまで絶対に【夜の宴】を解くんじゃないぞ」

「じゃあ、バフはこのままにしておきますね」


 現れたのはSランク冒険者パーティー【聖なる崩壊セイクリッド・ダウン】一行。最近の不審な事件に闇ギルドが関わっているのかを調べていた彼らは、運よく網を張っていた場所で犯人を見つけることなった。

 土煙も晴れ、襲撃者の姿が露わになる。先の不意打ちを直撃で受けたにしてはやや軽微なダメージだが、それでも、右腕は完全に折れ、ランドルフの固有スキル【裁きの封剣】で指一つ動かせない状態。完璧に捕らえることに成功していた。


「……なんだ、テメェらは?」

「Sランクパーティー【聖なる崩壊】。冒険者を狙う狂った暴行犯を捕らえに来た。大人しく投降しろ。今ならまだ死罪は回避できるだろう」

「あ~はいはい、そういう奴ね」


 男は絶対的に不利な状況だからこそ、敵の一人一人をじっくり観察する。

 妙に落ち着いている敗者を不気味に思いつつも、ランドルフは警戒したまま情報を探った。


「いくつか質問に答えてもらう」

「キシッ、尋問でも拷問でも好きにしろ」

「名前は?」

「ジェダール。家名は無ぇ」

「お前、闇ギルドの人間か?」

「……闇ギルド? 知らねぇよ。そもそもギルドって言葉がわかんね。光もあんのか?」

「…………どうして冒険者を狙うんだ」

「力試しだよ。まだこっちのヤツらの実力が分かんねぇからな。ただ、もうそれは終わりだな。ここにSランク冒険者とやらがいるんだ……キシシ」


 不気味な笑み。満身創痍とは思えない嫌な余裕に、イオリはたじろぐ。


「ランドルフ、やっぱり今ここで殺そう。コイツ変だよ。寒気が止まらない」

「しかし、つい最近ロックのやり方に反発した俺達が同じ事をするのは……実際死人は出ていない。即刻処刑するには罪が軽すぎるんだ」


 途端に、ジェダールは目をカッと開く。


「おい」

「勝手に喋るな」

「ロックってのは、まさかまさかロック・デュベルのことかぁ?」

「…………っ!」

「その反応、そぉかぁああ……ここに居るんだなぁ、俺のオアシスが!!」


 硝子が砕けるような甲高い音と共に、ジェダールの四肢を拘束していた【裁きの封剣】が宙へ散る。


「馬鹿なっ!!」

「予定変更だ。早速ヤツをおびき寄せる作戦を立てなきゃなぁぁぁ……。Sランクの実力もどうでもいい。そうだ、花束でも送ってやろうかなぁ??」

「全員攻撃態勢!! 絶対に逃がすな!!」

「その前に鬼ごっこか。どっちが鬼だろうなぁ?」


 人ならざる者の気配が膨らんでいく。

 闇に熔けたこの一戦は、後のトリアイナを大きく震撼させる口火となるのだった。

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