7話

「ミリィ……」

「あれ? ロックさんもう帰ってきたんですか? 奉仕活動の日でしたよね?」


 二人の生活に戻って約ひと月が経った日の事。早朝にロックを見送り部屋でドレスアーマーの整備をしていたミリィは、師の早すぎる帰宅に首を傾げた。今日はロックの奉仕活動の日であり、昼過ぎまで帰ってこないはずだった。ミリィの予定ではサボっていた装備点検をそれまでに終わらせ、久しぶりに稽古を付けてもらうつもりだったが、どうやらそれどころではなさそうだ。

 ロックは青ざめた顔で眉間を押さえる。


「さっきギルドに行ったんだが……本当にうっかりしていたんだ」

「何のことです?」

「これ……」


 ロックが取り出したのは赤い手紙。見覚えのないそれを受け取ったミリィは封蝋印をじっと見つめて、意味が分かった瞬間ロックと同じように青ざめた。


「これ! もしかして王家の強制招集じゃないですか!? 何したんですかロックさん!!」

「いや、何もしなかったから届いたと言いますか……」

「まさかと思いますが、まだ行ってないんですか?」

「そのまさかだ」

「では、私はしばらく旅に出ますのでさよなら」


 ひと月前に見た光景だった。一刻も早く逃げ出そうとしたミリィを捕まえたロックは、「連れて行かないから」と彼女を座らせる。


「内容は『いつになったら来るんだ?』だってさ。今から行ってくるよ」

「ちゃんと帰ってきます?」

「どうだろうね。けど、そうしようとは思ってるよ」

「今度は牢に入れられないでくださいね」

「あれは、災難だったね」


 過去に立ち寄った国で冤罪で牢に入れられた経験もあるので、ミリィは基本的に王家というものを信用していなかった。

 赤手紙は強制力が強く、記された日付を越えると罪に問われる。そんなことになれば、せっかく頑張っていた奉仕活動も水の泡だ。もうあまり猶予はない。

 ロックは汚れ作業用の服を脱いでいつもの正装に着替えると、手土産を確認した。


「じゃ、行ってくる」

「お気をつけて」


 ようやく、さんざん待たせた王家訪問に足を向けたのだった。






 美しい畔をが見える橋には色とりどりの花を飾り、入り口だけで名所とされるのはトリアイナ城をおいて他にないとされている。庭園のデザインから門兵の教育まで、【平和】を目指した柔らかな雰囲気作りは戦後より力を入れられていた。

 ロックの記憶にあるトリアイナ城はまだ貴族の拠り所のような空間で、あまり印象は良くなかった。


「十年もすれば変わるもんだな」

「そうなの? 私の記憶ではずっとこんな感じだからわからないや」

「ん?」

「ん?」


 王城の景観を堪能していると、いつの間にか少女が横に立っていた。服装からただの町民であると判断できるが、美しく透き通るような黄金の髪は貴族でも見たことのないほど完璧に手入れされており、その面持ちや佇まいは並々ならぬオーラだ溢れ出ている。何より、その美しい蒼眼の奥に星を宿しているのは世界で一人しかいない。

 お忍びでここまで忍べない人間がいるのかと、ロックは頬を掻いた。


「失礼、貴方は……」

「あ、待って待って、早まらないで。見ればわかるでしょ?」

「はい、見てわかったので」

「そうじゃなくて、ほら、そこの門兵さんも空気を読んでるのわかる? 今は町のお花屋さんの一人娘なんだ。ほら、花も持ってるでしょ?」

「……ここで何をされてるんですか?」

「敬語」

「ここで何してるんだ?」

「もちろん、君を待っていたのさ」

「はぁ……ナンパだったのか」


 手に持った花束を差し出してくる少女に、ロックは乾いた笑いで答えた。

 この不思議な少女の噂は、この国で生きる者なら誰でも知っている。人里離れていたロックですら、噂と実物がこうも瞬間的に合致するとは思わなかった。

 花を受け取るわけにもいかず、丁重に断りつつも少し話すことにした。


「君はいくつになったんだ?」

「年齢? 今年で九つになった立派なレディだよ」

「そうか、ナンパもしちゃう歳だな」

「いやいや、本当に待ってたんだよ? ロック・デュベル」

「……噂通り、記憶を読めるのか」

「内緒だぞ?」

「噂の意味わかるだろ」


 特殊な能力を数々保持している少女は屈託のない笑顔で答えた。


「ほら、僕はもう行かなきゃだからまたね」

「もちろん私も行くけど?」

「……そりゃそうか」


 少女はロックの手を掴んで大股で歩き出した。何が嬉しいのか、鼻歌まで交えつつ城門をくぐる。ロックにとって良かったのは、この後の面倒な手続きを全てスルー出来たことだろう。




 だだっ広い待合室に通されて待つこと三十分。今日は謁見の間が閉じていたらしく、準備に少し時間が掛かるという。あの少女が現れなければ数日先まで謁見することが出来なかったようだ。だからこそ、彼女本人が出てきたのかもしれない。

 ふいに入ってきた近衛騎士。胸にある星の数と赤いラインからして、その者が団長を務めていることがわかる。

 少し年配の騎士は一瞬だけ優し気な表情をして、すぐに厳格に顔を固めた。


「ロック・デュベル。入れ」

「はい」


 指示に従いながらも、その騎士の僅かな表情からロックは彼の気持ちを読み取る。

 きっと、兄であるマグナスの上司だったのだろう。ロックとマグナスは兄弟らしく似た顔立ちなのだ。今や無表情が多いロックに反し、マグナスは快活でよく笑う人物であったが。


 大扉の先には、何百人と入れる広い空間。荘厳なデザインの柱が連なり、王座まで続くレッドカーペット。正面に座ることなく迎えてくれたトリアイナ王と、その横には四人立っている。衣装から全員王族。護衛の兵士はロックの後ろに立つ近衛騎士団長一人と、やや不用心にも見えた。

 姿勢を正して歩を進めるロックは、一定の距離で膝をついた。特に間を置かず、低く威厳のある声が発せられる。


「面を上げよ」

「はい」


 顔を上げた瞬間、ロックは驚愕する。

 トリアイナ王自らがロックの元へ歩み寄り、あまつさえその身を抱きしめたのだ。


「なっ! 国王!」

「ロック、大きくなったな。少しバレットに似てきてしまったか? いや、母親の血が濃いのかセレーノの方が似ている。懐かしいものだ」

「国王! 公的な場ですよ!」

「こうするために身内と最も信頼の置ける騎士団長しか呼んでおらん。固いことを申すな。親友の子がどう成長したのかもっと見せておくれ」


 背も高くガタイの良い王からすれば、ロックの背丈でもまるで子供のように見えてしまう。あからさまな愛情を持っての抱擁に、こうなると聞かないことを知っていたロックは静かに受け入れた。


 現トリアイナ王であるシム・オブ・トリアイナは何度も会ったことがある。ロックが生まれたころから、度々お忍びでバレットの元へ遊びに来ていた。王城内の宝具を全て一人でメンテナンスできるのはバレットにおいて他ならず、性格の相性も良かったため唯一無二の友となっていた。

 少しして、ずっと見ていた青年が声をかけた。


「父上、その辺に」

「おお、そうだな。少しは王らしい威厳も示さねば。何せロックには農夫に扮した我しか見せていないのだからな。ほら、覚えているか?よく息子と芋を持って行ったものだ」


 手を離した王はそのまま、声を掛けてくれた青年を招く。

 もちろん覚えていた。虫取りが好きでやんちゃな子供だった彼が、どこか穏やかな顔つきになったのは驚いたが、少ない同年代の友達を忘れるわけがなかった。


「久しぶりだねロック。たまに魔女アーネストから近況は聞いていたが元気だったかい?」

「ええ、ケイン殿下も壮健なようで」

「はは、やめてくれよ。僕はロックのことを一番年の近い兄弟だと思ってるんだぜ? 家族に格式も敬語も不要さ」

「そうだぞロックよ。我のことも父のように接するといい。おぉ? 都合よく王家と同じ金の髪だな! はっはっは!」

「ここの王族はみんな敬語嫌いなのか? なら私的な場ではそうさせてもうよ」


 なにせ、これで三人目だ。

 ロックはやや気恥ずかしさもありつつ、その言葉に甘えさせてもらう。


「そこのが妻のシャルル。右の二人は長女のフォルンと次女のマレット。遠征でここにはおらぬが、ケインの三つ下の弟ガナッシュもお前に会いたがっていたんだぞ? あともう一人……末の娘に連れられて来たんだったな。しかし、なぜこの場におらぬのだ? 誰か様子を見てきてくれ」

「お父様! 娘の身支度は急かすものではありませんよ!」


 どこからともなく可愛げのある凛とした声が響き渡る。

 すると、何の前触れもなく王座の周りに火球が九つ出現し、謎の回転を始める。徐々に様々な魔力の波が渦巻き、王座の目で接触。強い光がこの場を包んだかと思うと、目を開いた瞬間、玉座には、本来王しか持てない王冠と錫杖を身に着けた一人の少女が座っていた。


「改めて、ようこそトリアイナ城へ。私は第三王女にして王位継承権第一位。【星王】の二つ名を持つメイア・オブ・トリアイナだ。今後よろしく頼む」

「……」


 さっきの町娘に扮した少女改め、メイアは「どうだ、驚いただろう!」と言わんばかりにニンマリしていた。

 しかし、あまりにわざとらしい演出が逆に刺さらなかったロックは、もしや、この茶番のために王座を空けたのかと言葉を失ってしまい、次第にメイアの表情は不安に歪んでいく。


「あ、兄上……」

「なんだい?」

「この挨拶……失敗したのでは?」

「そんなことないぞ? ロックは無口なんだ。心の中ではきっと目玉が飛び出るほど驚き、そしてメイアの偉業に尊敬していることだろう」

「……あ、姉上?」

「世界一恰好良かったわよ~?」

「そ、そうか。姉上が言うなら大丈夫だな!」


 ロックは状況が薄っすら理解できた。つまり、みんなして末子で遊んでいるのだ。というより愛でているが正しい。反応がいちいち子供らしく可愛いメイアはロックの目から見ても愛おしく感じるほどだった。

 親バカの王は小脇を突いて、ロックに感想を求める。


「恰好良かったなぁ。そう思うだろロック?」

「こう言うのもなんだが、現国王としては思うことはないか? いつの間にか王冠まで……」

「ははは! ないない! メイアは家族皆が認める生まれながらの王なのだ! 王冠も錫杖もよく似合うじゃないか!」

「家族みんなに溺愛されてるのは伝わったよ」

「実際、もう王位を譲ってもよいと思っている。知っているだろう? メイアの偉業を。もちろん、それだけではないがな」


 大戦に終止符を打ち、幼くして数多の戦功を持つ神の子。ドレスアップしたことで、その存在感の強さが際立っていた。一目でただ者ではないというオーラを感じるほどである。

 調子を取り戻したメイアは「そうだ!」とロックに掌を向ける。


「今日会いたかった者がもう一人いてな! 連れてくるので少し待て!」

「もう一人?」


 走り去っていくメイアはほんの数秒で戻ってきたが、帰ってきた彼女が抱えていたソレを見てロックは「やっぱりか」と溜息を吐いた。


「待たせたな!」

「ロックさん助けてくださーい!!」

「ミリィ……何度子供に攫われるんだ君は」


 ロックにすれば、メイアの能力の一つを思えば、こうなることは何となく予想出来ていたのだ。彼女はロックを城へ送り届けた後、すぐさまミリィを迎えに(捕まえに)走っていた。

 光の縄で拘束されたミリィは速やかにロックの隣に運ばれ、ロックは指を光に沿わせてすぐに解除した。その様子をその場の皆が反応を見せ、メイアが興奮して声を上げた。


「ほぅ、見事なものだ! その【バインド】は我が編み上げた特殊なものだというのに、まさか一撫でで解除出来るとはな!」

「魔力回路をいじくる生業を目指している身だからね」

「ふっふっふ、聞いておるぞ。かつて世界に名を轟かせたバレット・デュベルの神がかった技術。まさかに後継者がいるなんてな」

「まだその称号は貰っていないけどね」

「あんりーぶ?」


 ミリィは聞き慣れないその単語に首を傾げる。


「あぁ、冒険者ギルドや騎士団、魔術師団など様々な団体がランク方式で評価を受けているのは知っているね?」

「はい、冒険者は下はFランクからSランクまで。騎士は初級から特級まで。魔術師はたしか騎士団と同じく級位で、上位の五名だけ『席』でしたよね?」

「正解だ。各団体のトップ層で特に優秀な功績を残した者は【伝説レジェンズ】と呼ばれている。ミルティなんかは既にレジェンズの授与式を待っている状態だから次会ったくらいで偉い人になっているかもね」

「ミルティ様が! それはおめでたいですね」

「そして、伝説レジェンズの上にもう一つだけ称号があるんだ。現在世界で認定されたのは四人。それが【アンリーヴ】ってわけさ。その扱いは神獣と並ぶとされているんだよ」


『夢』の字を使われるアンリーヴは、分かりやすく意味すると「測定不能」である。その時代の人間では評価しきれないレベルに達した者であり、もちろん後継者を残せないのだ。未来に継承出来ない価値。

 しかし、史上初の『二代目』が現れようとしていた。それがロックである。バレットから継承された識別眼はそれほど異質であり規格外の魔眼なのである。もちろん、ロックも他のアンリーヴと同じく先天的に他者とは違う能力が宿っている。魔力回路を触ることが出来る技術が既に並ぶ者がいないのであった。


「し、神獣ですか……バレット様は聞いていた話よりとても凄いお方だったのですね」

「何を申しておるミリィよ。お前の主人であるロックは、総合的に見ればすでにバレット・デュベルを上回っているではない」

「そ……ソウナンデスネ」

「むむ、何故隠れるのだ? 我が怖いのか?」

「メイア、ミリィは王族や領主といった権力者が苦手なんだ。過去に何度も酷い目に会ってまだ克服していないんだよ」

「酷い目にとは?」

「奴隷にされそうになったり、売り飛ばされそうになったり、ペットにされかけたこともあったね。何せ、昔はよく攫われていたんだ」

「話には聞くが、いくらミリィが可愛いからといってなんて非道な行いなんだろうな。それはどの国だ? 我が二度とミリィに手を出さぬよう睨みをきかせてやろう! 」


 安心させるようミリィの頭を撫でていたロックは、これはまずいと思いつつも、シム王の温かい眼差しを信じいっそ話してしまうことにした。


「その話をする前に、一つ伝えなければならないことがある」

「ん? まぁ良い話してみよ。どんな事だ」

「あぁ、不可侵領域について」


 不穏なワードにその場の全員が食い入るように意識を集中させ、ロックはこれまでの人生を語り始めた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る