4話
長テーブルのお誕生日席にミルティ、上座側にロックとミリィ、対面にアドレとカリナがニコニコと座っていた。前の二人が上機嫌なことで、少しむくれているミリィが酷く感情的に見えてしまう。
アドレが「それでさ!」と切り出す。
「ミルティ! 凄いんだぜこの子! 俺たちの依頼が終わって帰る途中でさ、でっかいサソリのモンスターに襲われたんだ。そいつが結構強くてさ、もしかしたら負けるかも知れねぇって思った瞬間! この子が現れて一発で倒しちまったんだ! 信じらんねぇよ! 俺たちより子供でこんな強いなんてさ! だから仲間にしようって連れてきたんだ!」
「そうなんです! ロックさんみたいに一瞬だったから、もしかしたら同じくらい強いのかなって! ほんと凄かったんですから!」
「ですから私の方がお姉さんだし仲間にも入りませんってばー!」
ワイワイと話を続ける子供たちを、さてどうやって止めようかと思案するロックを横目に、ミルティは咳払いを一つ零した。
「ミリィ……ちゃんだよね。まずうちの子達が迷惑をかけちゃって本当にごめんなさい。このお礼は必ずさせてもらうから二人を許してあげて欲しいの。聞いた感じ、ミリィちゃんに一目惚れしちゃったみたいね」
「わ、私は別に……ただ仲間には入れません。私には、ロックさんがいますので……他の人は考えられません」
「ふふ、ロックが大好きなのね。彼とはいつ出会ったの?」
「確か……八年くらい前から一緒にいますね」
ミルティは口に含んだばかりのコーヒーを盛大に吹き出した。
彼女より遥かに長い時間をともに過ごしたライバルの突然すぎる出現だった。
「ハばばぁはは八年!!??」
「ミリィ、八年じゃなくて七年だよ」
「変わんないわよ!! ロックあなた!! その間に私と二回は会ってるわよね!? 黙ってたの!? なぁにが『僕とミルティは家族みたいなもんだろ?』よ!! 信じたお陰で私より家族になりそうな娘作ってんじゃない馬鹿ぁ!!」
「ど、どうしたんだミルティ? 落ち着いて落ち着いて」
「うわぁぁぁんやっぱり放っておくんじゃなかったぁ! 理解者アピールする前に付いていけば良かったんだァ!! このドすけべ職人!!」
「ここ、子供の前でなんて事を言うんだ!」
「確かに、私も治療とか言ってロックさんに裸にされて全身にポーション塗りたくられました」
「カリナ!?」
「最低!! 女の子を裸に剥いて撫で回す人だとは思いませんでした!! 弟子辞めます!!」
「二人とも悪ノリするな!!」
「兄ちゃんはそんな事しません」
「アドレ、本当に違うんだ! だからそんな遠い目をしないでくれ!」
一見隙のなさそうなロックをここぞとばかりにいじり倒す時間が始まり、終わったころには全員が軽く疲弊状態になってしまっていたのである。
「で、ミリィちゃんがこの二人より強いって本当なの?」
騒ぐだけ騒いで一人不自然に落ち着いていたミルティは、いつの間にか紅茶セットに変更して香りを楽しんでいた。
切り替えの早さにギョッとしたロックだったが、せっかくなのでミリィのことを少し話すことにした。
「あぁ、それは間違いない」
「でも変よね、部屋に入ったときに調べたけど魔力も闘気もどっちも感じ取れない。強者特有の雰囲気もないじゃない?」
「ミルティもう一度見てやってくれるか? 魔力のほうで。アドレとカリナもやり方は聞いているだろう? 頑張って目に魔力を込めてみてくれ」
「わ、わかった……」
三人が集中してミリィの魔力を確認する。しかし、恥ずかしそうにもじもじする少女の周囲にはほんの少しも魔力が漂っていなかった。
「う~ん、やっぱり変わらないわよね」
「ミリィ、平常時くらいなら構わないよ」
「わかりました」
ミリィがそう答えた瞬間、ミルティ、アドレ、カリナは急激に身体を強張らせた。
部屋の空気がずんと重くなる。まるでこの場の全員を食い殺すかのようなプレッシャーを放出する一人の少女は申し訳なさそうにうつ向いていた。先ほどまで何もなかった彼女の周囲には、どす黒い異質の魔力で隣のロックごと包み込んでいたのだ。
目を見開いたミルティが唾を飲み、ロックは合図を出して魔力を引っ込めさせた。
「……っは! はぁ、はぁ、はぁっ」
「この通り、普段は魔力を抑えてもらっている。魔法適正を持ち、魔力抵抗が高い三人でも息苦しかっただろ? そのまま街中で買い物でもしていたら厄災扱いで即討伐対象なんだ」
「な、なるほどね。以前仕事で見たことのある魔王にも匹敵する力だわ。この歳でこれほどの力だなんて……」
「もちろん魔王も民衆の前では抑えていただろうからどちらが上かはわからないけどね。ここまでで察しはついているだろうけど、ミリィは人種じゃない」
ミリィがローブのフードを外すと、その頭にはクリーム色の柔らかい癖っ毛の間に羊のような角がついていた。ぱっと見は亜人種に見えるが、この世界に多種多様な亜人は居ても、羊の亜人は存在しない。一番近いのはミノタウロスだろうが、アレは人ではなく魔物だ。前例のない容姿ということになる。
「亜人ですらない……決定的なのは、その角自体が魔力タンクの役割になっているのね。リザードマンやマーメイドは尻尾に闘気を込めて攻撃したりできるみたいだけど、そもそも作りが違うってことよね? 体内で魔力を練らず、外殻で練って放出する。まるで後から取って付けたみたいな違和感を感じるわ」
「ミリィは物心ついた時から当たり前のように角があったみたいだよ。親を見たことがないらしいから詳しいことは分からないが、この世界、人族領と魔族領の知識の外側にいる生き物ってことさ」
ロックの妙な言い回しにピンと来たミルティは、思わず立ち上がってテーブルを叩く。
「ロック! 貴方まさか!」
「そう、この子と出会ったのは【死の森】の先。不可侵領域だ」
ミルティは糸の切れた人形のように席に着いた。
思うことはいくらでもあった。幼馴染がまさか不可侵領域に入り込むなんて思いもしなかった。大きな理由は二つ。不可侵領域はトリアイナ王国だけでなく各国共通で定められたものだ。その入り口にあたる死の森ですら自殺志願者しか入らないと言われているのに、さらにその奥に踏み込んだ者で、過去帰還者がいた記録はない。だからこその不可侵領域。破られた際の罰則がないほどの特殊な条約なのだ。
そして二つ目が大きい。ロックの家族を殺したのは、ほぼ間違いなく不可侵領域の新種の魔物。当時人種最高戦力であったトリアイナを崩壊寸前まで追い込むほどの強者が住まう地へ、たった一人挑んだということだ。どう都合よく考えても十五歳で決行したことになる。理由は察しがつく、しかし、ロックがここまで決死になっていただなんて思いもしなかった。
実行して、こうして生きている。事が事だけに投げかける言葉なんてありはしなかった。
状況が正確に理解しきれていない子供のアドレは、屈託なくシンプルな問いを投げた。
「詳しいことは良くわかんなかったんだけど、ここまで強いミリィの師匠なんだろ? やっぱロック兄ちゃんはそれ以上に強いってことだよな!? すげぇなあ!」
「難しいところだね。僕はこの違いを見抜く魔眼である【識別眼】があるから教える事が得意なんだ。それに魔法も戦技も使えないから単純な強さはミリィが上だよ」
「え、兄ちゃんって
「違うよ。
「えぇ〜」
アドレは予想外の応えに納得が出来ないようだった。そこで、訂正するようにミリィが補足する。
「戦闘訓練、という事でしたらロックさんは私に勝てませんが、何でもありの殺し合いでしたら百回やっても百回私が負けると思いますよ」
「え、どういうこと?」
「この人の戦い方……凄く変なんです。卑怯と言いますか。勝つ戦いでも負けない戦いでもなくて、生き残ることを目的としているので本当に何でもしてきます。平気で逃げますし、戦闘美学みたいな考え方もありません」
「勝つ、負けない……もうちょっと分かりやすくなんない?」
「ん〜、英雄王伝説のラストシーンで剣聖が龍の王と戦うんですけど、これで負けた方が種を滅ぼされるーってお互いが大きな覚悟をしなきゃならない。二人は戦う前に語りたいだけ語り合うんです」
「知ってる知ってる! 好きなシーンだ!」
「これは互いに尊敬の念を込めた大事なやり取りでもあります。しかし、この剣聖がロックさんだと仮定してください。話している途中に不意打ちで首を跳ねてきます。それか罠を仕掛けるだけ仕掛けて動いた瞬間爆散するでしょう」
「ず、ずりぃ……」
「ミリィ、否定はしないけど何か悪意がある言い方だね?」
例えばこんな事もあってとロックの非道を共有する子供達は一先ず置いておき、ロックはミルティに頼まなければならない事があった。
「すまないミルティ。受け入れ難いだろうが、このまま一つ頼みがあるんだ」
「……頼み?」
「あぁ、北部山脈の調査なんだが、カリナと僕がどうして出会ったのかは詳しく聞いたか?」
「確か、デスウォーカーに襲われたって言ってたっけ。強い魔物だけど、私が出るほどなのかしら。かなりレアではあるから生態調査はしてみたい気もするけど……」
「出現条件がハッキリしないデスウォーカーだが、実は不可侵領域ではゴブリンくらい頻繁に見掛ける魔物なんだ」
「え……それってつまりスタン……」
「落ち着け、まだ決まったわけじゃない。僕の推測は少し違うんだ」
ロックは世界地図を出して、以前の出現ポイントを書き込んでいく。
ロックの推測とは、デスウォーカーが山脈に穴を掘ってきた説だ。彼にしか知りようもない情報だが、北部山脈の反対側、つまり不可侵領域側には大洞穴が存在する。穴掘りが得意な魔物でもあり、たまたま貫通にまで至った可能性はなくもない。
予測されるポイントとエリアをそれぞれ書き示すが、ミルティはどうにも納得出来なかった。
「ちなみに、山脈を登山してきた可能性はないの? そっちの方がなるほどってなるんだけど」
「それはない。あの高さの頂上付近はとんでもない寒さだ。大抵の魔物は息絶えるんだけど、そもそも気温関係なく誰も通れない」
「通れない?」
「守護竜がいるんだよ。この山脈を線で引くように、縄張りを示す魔力痕がね。凄かった」
「……観てきたのね」
ロックは肩をくっと上げる。何か言いたげな態度に少しイラッとしたが、ミルティは続けた。
「で、だいたい分かったんだけど、私の結界魔法が必要ってわけね」
「その通り。恐らく通り道は一つしか無いだろうから結界で塞いで欲しい。ついでにミルティが付いてきてくれないと、この傾斜のエリアに僕は入れない。調べたところ、冒険者ランクB以上の同行が必須なんだってさ」
「え、待って待って、貴方も行くの? 今の依頼する流れかと思ったわ」
「デスウォーカーだけならそうしてもいいんだが、さっきサソリのモンスターの話しがあっただろ? ソイツも向こう側の魔物なんだよ。ミリィ、出会ったのは【ディグレイ】じゃないか?」
「その通りです」
いつの間にか二人の会話に聞き耳を立てていたようで、すぐに返事が帰ってきた。
「ディグレイという魔物も洞窟を好む種類なんだが、デスウォーカーの掘った穴のサイズを通れて洞窟を好む魔物の中で一匹だけミルティの天敵がいるんだ」
「スピード特化の近接型ね」
「あぁ、名前は【ブラッドラビット】ミリィも目で追えないほどの速度、そして好戦的だ」
「とんでもないわね」
「見た目は可愛いんだがな。もしソイツが出たら僕がやる」
「私、見えませんけど勝てますよ?」
自信満々に胸を張るミリィの額を小突いて、ロックはジト目で答えた。
「まさかまた超広範囲火炎魔法なんて使うつもりじゃないだろうね? あの時は洞窟内だから上手く当てたかも知れないけど、その後酸欠で死にかけたのを忘れたのかい?」
「うっ、次はもっと上手くやります……」
「駄目だ。もっと繊細な魔力コントロールを覚えるまで信用出来ない」
あらかたの予定が決まり、ミルティは今日一番の大きな溜息を吐いて立ち上がった。
「じゃ、そんな緊急性があるなら今すぐ行くんでしょ? パッと行ってパッと帰りましょ」
「だな。二日もあれば付近の安全確認も出来るだろう」
「あ、あの〜……」
ここまで黙っていたカリナはおずおずと手を上げる。
「私たちも行っちゃダメですかね。ロックさんの戦ってるところ観てみたいと言いますか」
「カリナ、話しは聞いてたでしょ? 私ですら運が悪かったら死ぬの。貴方達はお荷物よ」
「そそ、そうなんですけど……」
普段子供には優しい口調のミルティが、わざわざキツく叱咤する。向けられたことの無い感情に完全に萎縮してしまった。
しかし、ロックの答えは意外にも反対だった。
「いいぞ。道中の魔物は任せよう。ミリィが傍に付いているし、もしもの時は僕が守るよ」
「ロック!!」
「良い勉強になるさ。それに、カリナには渡した武器の使い方も教えたいと思っていたところだったし」
「万が一があるでしょ!! こんなに若い子の未来を少しは考えてよ!!」
「万が一はない」
激昂していたミルティだが、ロックの眼を見た瞬間ビクッと体を震わせた。子供の頃に一度だけ見たことがある。狂人じみた、何があっても目的を遂げる決意をした眼だ。
混乱したミルティの袖を引いたミリィは、静かにコクリと頷いた。
ロックから目を逸らしながら、ミルティは続けた。
「……でも、私……」
「幼いミリィを向こうで守り続けていた自負もあるが、とにかく信じてくれ」
「…………」
「僕が守ると誓った以上、万が一はないんだ。もちろん、ミルティも決して死なない。安心してくれ」
圧倒的な自信。まるでそれが確定したかのような説得力は、もはや会話にすらなる気配がなかった。
それぞれ不安は残しつつ、出発の時はやってきた。
「さぁ、装備を整えて出発だ。ピクニック気分で構わないよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます