フィッシング詐欺

@takuya_kuri

小栗鈴華

小栗鈴華は自分だけの小さな空が楽しめる飛行機の窓から明るい雲を眺めていた。

これまでの出来事を頭の中で思い返しながら、将来への不安やこれからの自分の行動を少し眠気が襲う頭の中で漠然と考えていた。


「なんで私飛行機乗ってるんだろう?」そんな事を考えている飛行機はあっという間に目的地の長崎へ着陸した。

「今日のパイロットは着陸が上手だな」少しだけ嬉しくなった。


鈴華は東京のIT会社で働くシステムエンジニアであった。

「あった」というのは過去形で数日前に辞表を出し、今は自由人となっていた。


長崎出身の鈴華はもともとパソコンは大の苦手だったが、大学4年生の時、いよいよ切羽詰まった就職活動の中でなんとか内定を取れた企業が大手IT企業のシステムエンジニアという職業だったので彼女に選択の余地はなかった。


企業側は「沢山採用して、そのうちの数%が残ってくれればいだろう」という打算的採用であろう事は鈴華も重々承知の上で就職した。


苦手なパソコンを使った仕事であったが、今までが食わず嫌いだったのか真剣にやってみると中々面白く、特に自分が書いたプログラムでシステムが動くという事に関して非常に興味をそそられ、システムエンジニアという仕事に少しやりがいを感じていた。


仕事以外の私生活も特に不満はなく、大学時代から付き合っているヒロシとも上手くいっていた。

上手く行っていたという表現には少し語弊があるかもしれない。

正確には「大きな問題はなかった」という方がしっくりくる。


ヒロシは大学卒業後は就職はせずにフリーターとして働いていた。

彼は何よりも釣りが好きで優先すべきは釣りに確保する時間であり、収入や人間的生活の担保は二の次であった。

釣具店でのアルバイトとコンビニでのアルバイトを掛け持ちしており、稼ぎの殆どを釣具や釣りに関わる交通費等に使ってしまう為、金銭的にはいつもギリギリの生活を送っていた。


鈴華はヒロシがいくら稼いでいくら使っているかは全く把握していなかったが、さほど気にしていなかった。

と言うのも、裕福ではないにしろ自分に対してお金を無心してくる事はなく、時折食事をご馳走してもくれていたので、不満はなくそれなりに楽しい日々を過ごしていた。


釣りに没頭するヒロシを見ていると、打算的就職で日々を消費している自分が少し悲しくなる時もあったが、正反対な性格だからこそ惹かれたのだろうと冷静に分析していた。

何よりも最近では自分も仕事にやりがいを感じてきて、少しだけヒロシに追いついてきたような感じがして嬉しく思っていた。


正社員の鈴華がフリーターのヒロシを見て「追いついてきた」と感じるのは、収入や立場を重んじる時代から、自由や生きる意味を重んじる時代に変わりつつあるからだろうか。


他人から見ると良くも悪くもなく、ごくごく一般的な社会人という枠組みで生活している毎日で、正直どこにも何にも不安な要素はなかったのだが、鈴華は事あるごとに「このままでいいのだろうか?」「このまま年をとって死んでいくのだろうか?」と何故か自分の将来に漠然とした不安を抱えていた。


それはヒロシを見ていると微塵も感じる事のない不安であり、ヒロシが持っている圧倒的な趣味や確たる自分自身という物が自分にはないからだろうと理解はしていた。


ただ、「それ」を得る為に何をすればよいかもわからず、自分自身が何なのかという哲学的思考も得意ではなかった。


ただ毎日を過ごす。


それが鈴華にとって正解であった。

そしてそれが脆くも崩れ去る瞬間はあまりにも唐突だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フィッシング詐欺 @takuya_kuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る