第19話 献身という自己肯定感


極西の仕事には、私と梶が派遣された。

内容を良く知っている私と、若く、一円でも金を稼ぎたい梶がその任を受けた。

この状況でこれを受けるニンゲンは正直、どうかしている。

隣国発肺炎に最も感染する可能性が高い仕事。

それをあえて受けるのだ。

地獄以外のナニモノでもない。

命をこんなにも簡単に投げだす仕事はないだろう。

そこに、私と梶はいる。


いつもであれば、私たちが収集してきたゴミを投入するゴミピット。

その流入路であるプラットホームに今、私たちはいる。

天井が高く、その臭気が外に漏れないように出入り口にエアカーテンが敷かれる。

さらに少しでも臭気を抑えるため、常に水が撒かれる。

こんなところにも人員を配置できる、ゴミ処理場の懐事情が羨ましくも感じられる。


中学校の体育館三つ分であるであろう、このプラットホームの一角にブルーシートが敷かれている。

その上に約三百キロのゴミが乗せられ、それを約十五人のニンゲンがゴミの袋を一つ一つ破き、拡げていく。

誰の、どの家から出たゴミかもわからないものを。だ。


このご時世、想像のとおり、隣国発肺炎に罹患し、吐き出したモノ、痰をくるんだティッシュ、清掃をした道具などだって、ゴミとして排出される。

それをご丁寧に、一つ一つ破き、開き、分類していく。

既に正気の沙汰ではない。

これが自殺行為と認められないのは、この仕事の発注者が国や自治体だからだろうか?


日給二万五千円。

それは、俺たちの命の値段なのであろうかと、疑問が湧く。

何度も言うようだが、「ゴミのような人間はゴミらしく、死ね」と言うことなのであろうか?


そんな無駄な思考をしないようにして、私は淡々と目の前のゴミを仕分けていく。

紙、プラ、紙、紙、紙、プラ、紙、紙、紙、プラ、生ごみ、紙、紙、紙……。

ただ目の前のゴミをただただ、分類していく。

紙、プラ、紙、生ごみ、紙、プラ、紙、紙、プラ、紙、生ごみ、紙……。


そんな何も考えない作業だからこそ、自分の創作に対する思考に充てられる。

まあ、この場合は、命を懸けた創作作業なのだが……。

それを梶の叫び声が遮ったのだ。


「み、み、見てくださいよ! 鈴木さん!

 俺、もう、イヤですよ! 帰らせていただきます!」

梶は、ヘルメットと防塵マスクを剝ぎ棄て、その場を立ち去ろうとする。

それと同時に私の足元にプラスチックのソレが落ち、目にとまる。


隣国発肺炎の検査キット。

キット自体は、無言であるにも関わらず、「陽性」と記された部分に青黒いラインがはっきりと刻印されている。

まるで、「俺を見ろ」と言わんばかりに。

私はそれを無言で拾い上げ、プラの籠に放り投げると、梶を追い、その肩を掴んだ。


「逃げんな。これが俺たちの命の値段だ。

 逃げれば、もっと安く買いたたかれる」

私はそれだけを言うと、また、分別に戻った。

あの言葉は、梶にではなく、自分に向かって言った言葉かもしれない……。


数分置いて、右隣に梶が戻ってきた。

ヘルメットも防塵マスクもしっかりと装備している。

その目は、すでにどんな色をもしていない。

私のそれと同じく。


「鈴木さんは……」

聞き取れるかわからないくらいのギリギリの声が、梶から聞こえる。

「あぁ、ん……?」

私は、曖昧に相槌を打つ。

梶の分別をする手が震え、そして、緩やかになる。


「こんな仕事じゃなかったら、何がしたかったんっすか……?

 俺は……、サッカーがしたかった……」

その声から、泣いていることがわかる。

あぁ、面倒くせぇ……。

ここに来てまでガキのお守りか……。

私は、分別の手を止めずに言う。


「じゃ、こんな仕事辞めて、さっさとサッカーをやれ。

 お前は、今日、一度死んだんだ。

 死んだんだったら、後はどれだけでもやれんだろ」

ぶっきらぼうな口調で、なるだけ冷淡に。

まるで、「そんなこと知らねぇ」と印象付けるように。

そして、付け加える。


「俺は……、ただ、コトバを綴っていきたいと思っていた……」

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