第6話 彼女の真実

 午後八時半。僕は昨日訪れた家に再度やってきた。今回はそばの物陰にスタンバイ。今度こそ正真正銘の不審者である。


 庭に目を向けると、ヒマワリが太陽を見失って心なしか落ち込んでいるように見えた。


 今度は二階の窓に目をやり、昨日顔を出した女の子に思いを馳せる。


 あの子の朗らかな笑顔には吸い込まれるような感覚になる。それはまるで、向日葵の笑顔のようで。いや、それは正確ではない。


 


 手紙に添えられていたヒイラギの花。ヒイラギは冬に咲く花だ。真夏の日本には当然咲いていない。でも彼女は自分の庭に咲いていると書いた。大いなる矛盾。


 その矛盾を解き、これまでの数々の謎を全て解消するただ一つの結論がある。


 それは彼女は過去に殺された亡霊なのではなく、だということ。


 彼女が昨日案内してくれたのは、。まず、「彼女はあの家で死んだ亡霊である」と仮定する。すると、手紙に書かれていた「家」というのは、当然あの家を指すことになる。でもあそこにはヒマワリしか咲いていなかったし、見落としだとしてもこんな真夏にヒイラギが咲くとは思えない。


 ならば背理法により、「彼女はあの家で死んだ亡霊である」という仮定は間違っていたことになる。これは、亡霊は死んでから年齢が増えるものには思えないという僕の感覚にも合致する。


 僕は一昨日の夜中のことを思い出す。


「未来と戦うためにやってきた」と彼女は言った。


 僕はそのとき、「殺された彼女から見た未来と戦う」すなわち「現在を相手に戦う」のだと解釈した。だがそうではなかった。


 人一倍相手の立場に立って物事を捉える彼女は「と戦う」という意味であの言葉を発したのだ。だが、彼女がその発言をしたのが今現在である以上、戦う相手は未来ではなく現在のはず。


 ということは、「未来と戦う」は「未来を相手に戦う」という意味ではなく「未来と一緒に戦う」という意味と解釈することができる。


 彼女は未来で産み出された過去に戻る技術――端的にはいわゆるタイムマシン――のようなものの助けを得て、この現在にやってきたのだ。つまり彼女は死んでいない。強盗に襲われて重傷を負ったが彼女だけは生き残り、父母に先立たれしまったのだ。そして今は元来た未来に戻り、ヒイラギの咲く十年後の冬を過ごしている。


 じゃあ彼女にとっての「戦う」というのはどういうことだったのだろう。僕は強盗に復讐することだと解釈したが——。


 違う。僕が馬鹿だった。どんな理由であれ、彼女が人の死を望むとは思えない。あの笑顔の裏に殺意を秘めているだなんて、どうしてそんな残酷なことを想像していたのだろうか。


 それに僕の推測が正しいのなら、強盗事件はまだ起きていないはずだ。そしてそれは今日——8月16日、今から目の前で起こる。


 黒ずくめの男がキョロキョロと辺りを見まわしながら現れたのは、午後十一時を過ぎたころだった。

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