星月夜 空より見たい 君だけを

星月夜ほしづきよ

空より見たい

君だけを




________________


【とある癌癌者さんの手記】



 緩和ケアサロンでの演奏会。

 私より、若い二人の子が、ピアノとヴァイオリンを奏でるその姿に、すっかり引き込まれてしまった。


 何だろう?

 ずっとまとわりつく、痛みが。

 消えないけれど、まるで中和されるかのようで。

 

 酸素ボンベが手放せない。


 旅行に行けないことはないよ、と先生は言うけれど。できれば、遠くを見るよりも。一秒でも長く、貴方の傍にいたい。でも、迷惑になることは分かっている。


 こうやって一緒に過ごせた。

 その時がきたら緩和ケア病棟へ入院を――。


「ねぇ? ちょっとお散歩しない?」

 貴方は突然、そんなことを言ってきた。





■■■




 車椅子を押してもらいながら。カタンカタン揺れる。


 ――車椅子に乗るとおばあちゃんに、なったみたい。

 つい本音が漏れた私に、あなた達は、車椅子をデコレーションを始めるんだもの。福祉用具の担当者さんがビックリしていたから。


 と、止まる。

 貴方はベンチに腰掛けた。

 すっかり遅くなった。


 見上げれば、満点の夜空。

 秋になって。

 空が澄む。


 こうやって、貴方と過ごす時間が貴重だって思う。入院したら、もう見れない。そう思うと――。


「緩和ケア病棟のことなんだけど、さ」


 彼は言葉を区切る。


めない?」

「へ?」


 まさか彼から、そんな言葉が出るとは思わず、目を丸くする。だって、貴方も賛成して――。


「たくさん、考えたんだけれど、どさ。俺、やっぱり一緒にいたいと思った」

「で、でも。それは――」


 私だって、それは一緒だ。

 でも、先生と貴方が交わした言葉を聞いてしまったんだ。


 ――肺転移した人を看るのは、生半可な覚悟じゃできないよ?


「仕事はどうするのよ……?」

「介護休暇をとるよ」

「でも、これ以上迷惑は――」

「迷惑とかじゃなくて。ただ、俺が一緒にいたいんだ」


 家で過ごしたい。

 貴方と一緒にいたい。

 でも、痛みで当たり散らしてしまう。

 貴方が悲しい顔をするのが何より――辛い。


「だから、ごめん。これは俺の我が儘。単純に一緒にいたいって思ったの」

「あ、ぁ――」


 どう言葉にしたら良いんだろう。

 そもそも、今の気持ちを言葉にできない。たくさん傷つけているのに。たくさん、負担になっているはずなのに。


 満点の星空が綺麗なのに、私は貴方の顔しか見えていない。

 年甲斐もなく泣いた。

 年甲斐もなく、貴方が触れた。

 いつ以来?

 こうやって、手を繋ぐことも。

 もう忘れていたのに――。


 演奏会の時の演奏が。あの音色が微かに流れた気がする。

 手をのばして。

 車椅子に座っている自分が歯痒い。


 我が儘、言っても良いの?

 私、本当は――。




 あのね、私――。






※季語は「星月夜」でした。

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