第17話 僕のソラ色
父、恒靖の仏壇。
3年前、僕が陶芸展に出したタタラのお皿に母の作った卵焼きが供えられ、仏壇からよく見える棚の上には姉の結婚式の家族写真が飾られている。
日差しがよく入るリビングで岳がうたた寝をしている。
今はこの家に岳と母が暮らしている。
僕はダンゴモールから異動になった。
と言っても、また真司と一緒に働いている。
催事に積極的に取り組んだ結果、社内で過疎化する地元への商業施設の役割を提議した。そして、権田のおばちゃんから引き継いだ不動産部門の3人と真司、僕が地元の空き家問題を含めた人と土地をつなぐプロジェクトを担うことになった。今はその仕事を楽しみながら励んでいる。
井原先生も陶芸教室のほかに空き家で個展の出来るギャラリーを営んで、僕の街にも若い人達が多く訪れるようになった。権田のおばちゃんはおばあちゃんとまた青春時代を過ごすかのように、二人でよく旅に出ている。
「岳、お待たせ」と僕は岳を迎えに来た。岳はむくりと起き上がり小麦色のフサフサな尻尾を振ってついて来た。
そして玄関を出て一緒に車に乗り込む。
「岳、皆んな待ってるぞ」と頭を撫でてからエンジンをかけた。
琵琶湖を横目に車を走らせ母の、いや今は義兄と姉の店に向かう。春の風を窓からクンクン岳が嗅いでいる。少し青い匂いがする。空は勿論青く広がっていた。
「着いたぞ」
車を停めて僕は皆んなが居る店の裏の琵琶湖畔の芝生へ岳と向かった。ハァハァと岳の息づかい。今日はポカポカ暖かい春の陽射しが眩しい。一本だけある桜は少し散り始めている。
「おーい!」と航君が僕と岳を見つけて手を振った。リードを離すと岳はそのまま航君に駆け寄って飛びついた。
岳に舐めまわされている航君を放って芝生にシートを広げてお弁当を食べ始めた母とお腹が大きな怜央姉、蛍の輪に混じった。トイプードルの風花は凛としてその輪に鎮座している。
「お腹空いた〜」と大好きな母の卵焼きに手を伸ばす。
「いい天気ね」
母のその言葉につられて僕も空を見上げる。青い空に真っ白な雲が浮かぶ。僕はあの日から空に靄がかかって綺麗な青空を感じなかった。でも今は違う。
こうして家族が増えて愛する人を守りたいと思い気づいた。父は僕を愛していたから守ってくれたんだ。こうして今生きているのは父のおかげ。生かして貰ったから、真司にも岳にも出会えた。友達や仕事の仲間もいて、近所の人達と関わって、沢山の愛を貰いながら僕の心の靄が晴れていった。僕はずっと一人じゃなかった。
今の僕は毎日がワクワクして楽しくて仕方ない。あの日の僕がこんな未来を想像してただろうか。
おと〜ん、ごめん、僕のせいやけど…でも伝える言葉はごめんじゃなかったんだ…ありがとう、今は心の底からそう言える。ごめんと言っても父はきっと喜ばない。ありがとう、それが大切だったんだ。
だって、僕は可哀想なんかちっとも無かった。ずっと幸せやったんや。
ぼんやり空を見上げていたら、隣に蛍が腰掛けた。
「りっちゃん見て」と左手で空を旋回する一羽のトンビを指した。そっちを見ると少し眩しくて僕は左手をかざす。太陽が二人の薬指のリングを照らしていた。
僕らは今、権田のおばちゃんが最後の仕事として紹介してくれたハイツに住んで一年が経つ。
「今日もいい天気や!」
一段と眩しくてキラキラした空色が見える。
靄がかかったり曇ったり雨が降ったり、そうして過ぎて見る空だから、青さがより一層分かる。
陶芸は土が違うと同じ釉薬でも色の発色が変わる。僕の心に抱えていたものが色んな人と交わり色を変えて行った。胸が高鳴ったり、悲しみや寂しさも伝えてそして微笑みに変わった。
僕の空色は今、僕だけのソラ色になった。
権田のおばちゃん~僕のソラ色~ 灯 とみい @akaritomi1
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます