第十四話 練習一日目
「いらっしゃいませー……あら、和哉君こんばんは」
店内に入ると、亜美の姉である
髪色は明るいのにおっとりポワポワしている雰囲気が漂っていて、亜美とは違う意味で可愛らしい女性だ。
「こんばんは。すいません、遅くなりました」
「来てくれてありがとうね。今亜美を呼んでくるわね」
そう言って、美紀さんは裏手へと向かっていく。
しばらくして、着物姿に身を包んだ亜美がむすっとした表情で姿を現す。
「遅いし」
「悪い、生徒会の仕事が立て込んでて」
「嘘、来てくれただけで嬉しい。生徒会のお仕事お疲れ様」
亜美は腕を組みながら、いきなり和哉のことを褒めてくれる。
ツンデレヒロインっぷりに和哉はドキっとさせられ、その様子を近くで見ていた美紀さんは微笑ましい様子で見つめていた。
「亜美ちゃん、二番のお部屋が空いているから使っていいわよ」
「分かった。準備してくるから和哉はちょっと待ってて」
そう言って、亜美は準備のために一旦お店の奥へと消えていく。
「それじゃあ和哉君、こっちよー」
「はい」
美紀さんの案内で2番の部屋へと案内される。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
お礼を言いながら部屋に入ると、少々薄暗い落ち着いた雰囲気のお部屋が佇んでいる。
「和哉君、亜美のことをありがとうね」
すると、扉の前で美紀さんが和哉へお礼を言ってきた。
「いえ、俺はただ、亜美の手伝いをしているだけですから」
「そうじゃなくて、亜美といつも仲良くしてくれてありがとう」
「こちらこそ、いつも仲良くしてるのは俺の方です」
和哉がお礼を言うと、美紀がどこか懐かしむ様子で語りだす。
「昔はね、亜美ちゃん学校の話とか全然してくれなかったの。でもね、新学期になってから凄く楽しそうに話してくれるようになったの。何かあったのかなって思ってたんだけど、きっと和哉君と出会えたおかげだと思うの。亜美が楽しい学校生活を送れているのは和哉君のおかげよ。だからお礼を言わせてほしいの。ありがとう」
そう言って、美紀が頭を下げてくる。
「いえ、亜美と出会って、俺も色んな世界を観ることが出来ているので感謝ですよ」
むしろ亜美に出会えて感謝したいのは和哉の方だ。
新たな太ももという境地を開拓してくれたのは、亜美無しでは無理だったのだから。
「ふふっ、和哉君は好奇心旺盛なのね」
「よく言われます」
「これからも、亜美と仲良くして頂戴ね」
「はい、もちろんです」
そこで、美紀はほっと安堵の息をつく。
亜美が姉想いであるように、美紀もまた妹想いなのだろう。
姉妹愛を感じて、和哉がエモーショナルな気分になっていると、美紀がにやりとした笑みを浮かべて尋ねてくる。
「ところで、二人はどこまで行ったのかな?」
「どこまでとは?」
「もちろん、男女としてどこまで行ったのかなってことよ。キスはもちろんしてるわよね?」
「えぇ!? いやそれは――」
「もしかして、もう大人の階段上っちゃってるのかしら!?」
さらに進んだ関係性を想像して、美紀が一人黄色い声を上げて盛り上がっている。
「ちょっとお姉ちゃん! 邪魔だからどいて!」
すると、準備を終えた亜美が部屋にやってきた。
「亜美ちゃん! 和哉君とはどこまで進んだの!?」
美紀はやってきた亜美になりふり構わず単刀直入に和哉との関係性を尋ねた。
「馬鹿ッ! 私たちは友達。別に付き合ってないっての!」
「もう、お姉ちゃんの前だからって恥ずかしがっちゃってぇー! 本当は行くところまで行っちゃってるんでしょ? お姉ちゃん分かってるんだからぁ!」
「何にもわかってない! 本当に和哉君とはまだ何もないの!」
「”まだ”ってことは、これからあるかもしれないってこと?」
「もう! 受付に戻ってろ!」
「いやん、もーっ」
美紀を無理やり入口の方へと追いやり、亜美は深いため息をつきながら後ろ手で扉を閉めた。
「ごめん、アーシのお姉ちゃんが暴走しちゃって」
「なんというか、凄いお姉さんだね」
「一度そうだって決めたら止まらないのよ。ほんとお姉ちゃんの悪い癖」
「でも、亜美だって止まらないよね」
「どこが?」
「今だって、お姉さんのためにこうして耳かきを上達しようとしてるところとかも、亜美も一度決めたことはやり切るって強い意志があるよ」
「なっ……うっさい! ほら、とっとと始めるっつーの」
当てられたのが恥ずかしかったのか、亜美は頬を真っ赤に染め上げつつ、ズカズカと畳の上に乗ると、手に持っていた耳かき用品を地べたに置いた。
「和哉君もこっち着て」
そして、亜美は恥じらいつつ自身の太ももをトントンと叩いた。
和哉が亜美の前に座り込み、つい女の子座りをして待ち構えている着物姿の亜美を見つめてしまう。
金色の髪に赤の着物は彼女のエレガントさを引き立てており、どこかその所作一つ一つが色っぽく見えてしまうのだから不思議なものである。
「ほら、早く……来て? そんなにジロジロ見られたら恥ずかしいんだから」
亜美は顔を真っ赤にして和哉を促した。
とはいえ、和哉にだって心の準備が必要なのである。
亜美の太ももに布越しとはいえ肌が振れるので、変な気を起こさないように言い聞かせなければならないのだ。
(えぇい! 寝転がっていいと言われてるのに行かないとは男としてダメだよな! よっしゃ、寝っ転がってやる。亜美の太ももにダイブしてやるんだからな!)
ダイブは流石にまずいけれど、それぐらいの心意気で臨まないと、身体が動かないのだ。
「そ、それじゃあ、失礼します……」
和哉は意を決して、亜美の横に座ってから、身体をゆっくりと倒していく。
目を閉じて、和哉は亜美に身を任せる覚悟を決めた。
そして――
ポフ。
亜美の弾力ある柔らかい太ももへと顔が着地する。
和哉の頭を優しく包み込んでくれるようなソフトな感触。
着物越しなのに彼女の体温が伝わってくる。
さらに眼前には、彼女のしなやかな足が伸びていて……。
「スゥーッ」
和哉は無意識のうちに息を吸っていた。
(いや、ナニコレ。ヤバすぎるでしょ。こんな身近なところに、最高の絶景が隠れていたなんて…。)
ユネスコは、早くこの光景を世界文化遺産に指定した方がいいと思います。
「そ、それじゃあ……早速耳かきの練習していくね」
「は、はい、よろしくお願いします」
二人の間に、緊張したぎこちない雰囲気が流れる。
お店の薄暗い雰囲気でリラックス効果を促しているので、そこで膝枕をしているのが余計に二人の間に漂う変な雰囲気を助長していた。
落ち着け、これはあくまで亜美の耳かきが上達するための実践練習。
やましいことは何もない。
和哉は自身に言い聞かせて、必死に煩悩を振り払う。
「そ、それじゃあ、失礼しまーす」
一言断りを入れてから、亜美の気配が耳元へと近づいてくる。
和哉はごくりと生唾を飲み込んだ。
ピトッ。
直後、和哉の左耳の外側に、そこばゆい感触が当たる。
どうやら、綿棒の先端が和哉の耳に当たったらしい。
「まずは耳の外側から掃除していくけど、気持ちよくないとか、もっとこうして欲しいとか、どんどん要望を言って行ってほしい」
「おっけい。任せて」
「んじゃ、始めるね」
亜美は強張った声を上げながら、慎重に綿棒を動かしていく。
だがしかし、すぐさまくすぐったい感触が和哉の耳を襲う。
力を入れるのを怖がっているらしく、これで掃除しているというよりは、ただ綿棒の先端を外耳にくっ付けて動かしているだけになっている。
「もうちょっと力入れちゃって大丈夫だよ。じゃないとくすぐったいから」
「わ、分かった……こうかな?」
スリスリ。
あっ、いい感じになった。
力を入れたことにより、先ほどまでのくすぐったさは消えていき、心地よい感触になっていく。
「そうそう言い感じだよ」
「本当に? 私、結構力入れてるんだけど、耳痛めちゃったりしない?」
「これぐらい平気だよ。ただ今同じ場所ばかりを行ったり来たりばかりしてるだけだから、耳の外側をくまなく綺麗に掃除していく感じでやってくれると嬉しいかも」
「な、なるほど……こ、こうでしょうか?」
ぎこちない口調で尋ねつつも、亜美は外耳の色んな部分へ綿棒を擦らせていく。
和哉のお耳の汚れが落ちていく感覚がする。
とそこで、ジョリっと綿棒が耳から抜け落ちてしまう。
「ひゃっ⁉ ご、ごめんね! 痛かったよね?」
「全然痛くないよ。むしろちょっと引っ掛かって出て行ったからピュってなって汚れが落ちたような気がするよ」
「ほ、本当? こ、こんな感じ?」
ピュッ、ピュッ、ピュッ。
「あっ、そうそう。そんな感じ」
「へぇ……これがいいんだぁー。初めて知ったよ」
「お客さんによって個人差はあると思うけど。少なくとも俺は気持ちいって思ったよ」
「なるほど……和哉君は気持ちいんだ。なら、もっと気持ちよくなってもらえるように頑張ってみるね」
律儀だな……。
こういう真面目に聞き入れてくれるところも、彼女の魅力の一つなのだろう。
亜美は再び外耳に綿棒を置いて、再び掃除を再開する。
段々力加減も慣れてきたのか、ほどよい心地よさが襲い掛かってきた。
ガリッ。
とその時、外耳で一番複雑になっている部分で綿棒が引っ掛かってしまう。
逆に言えば、そういう場所こそ、汚れが一番貯まりやすいと言っても過言ではない。
「ごめん、今の所、綿棒でジョリジョリするの難しいかもしれないけど、もしかしたら汚れが溜まってるかもしれないから、重点的に掃除してくれないかな?」
「へっ、こ、この辺りかな?」
「そうそう。その辺りをこう擦るような感じで」
「分かった。やってみるね」
亜美は勇気を振り絞り、外耳で複雑になっている溝の部分を丁寧に綿棒でジョリジョリしていく。
綿棒で擦られるごとに、細かい汚れが落ちていく感覚があった。
「わぁっ……本当だ。綿棒に汚れがこびりついてるよ」
綿棒を離して先端を確認した亜美が、汚れが付着しているのを見て感動した声を上げている。
「見てみて和弥君! お耳の汚れ取れたよ!」
きらきらと目を輝かせながら、綿棒を見せつけてくる亜美。
「う、うん。そうだね……」
自分の耳から取れた汚れを嬉々として見せられて、和哉は曖昧な返事を返すことしか出来ない。
汚い耳と思われていないだろうかという不安と、亜美が和哉の耳の埃を取って貰ってるという恥ずかしさが和哉の心の中で渦巻いている。
「えへへっ……和弥君のお耳の汚れを取って、もっと綺麗にしてあげるね♪」
汚れが取れたのがよほどうれしかったのか、亜美は嬉しそうな口調で次なる汚れを求めて綿棒を左耳に再びくっつけてきた。
もう最初の頃の怯えた様子はまるでなく、汚れがないかとくまなく綿棒を外耳で走らせている。
ひとしきり外耳を綿棒で擦り終えたところで、亜美が和哉の耳元で囁いてきた。
「それじゃあ今度は、右耳の外側を掃除していくね。向きを変えてくれる?」
「うん、分かった」
和哉はゆっくりと身体の向きを変えるべく、一度頭を上にあげてから、反対側へと身体を回転させていく。
仰向けになったところで、こちらを見下ろしていた亜美と目が合ってしまう。
彼女はまるで、わが子をあやすような母性たっぷりの笑みを浮かべていた。
なんだか見てはいけないものを見てしまったような気がして、和哉は咄嗟に視線を左へと逸らす。
身体の向きを反対側へと向けて、再び亜美の太ももへと頭を下ろしていく。
がしかし、今度は別の意味で困ってしまうこととなる。
眼前に広がるのは、着物越しに広がる亜美のお腹。
彼女が呼吸するたび、微かに上下動しているのが分かる。
さらに、少々上に視線をずらせば、着物越しからでも主張する二つの双丘がより抱擁感を満たしてくれていた。
だからと言って、今度は下に目を向ければ、スカート越しの先にある太ももの付け根の間にある絶対領域が……。
(文化庁さんすみません、俺が間違ってました。世界文化遺産に設定すべきは膝枕で内側を向いた時です。って、いかんいかん、落ち着け俺……!)
目のやり場に困り、和哉は目を閉じながら一つ大きく息を吐って、自身を落ち着かせた。
「お待たせ、いいよ」
平静を装って準備が出来たことを伝えると、亜美はくすっと微笑んだ。
「なんだかこっち側向いてる和弥君、ちょっと子供みたいでかわいいかも」
「……そう言う事言わないで。恥ずかしいから」
「はいはい。それじゃあ早速、お耳掃除していくね」
今この状況では、和哉は完全に亜美に主導権を握られてしまっていた。
さっきから亜美に翻弄されっぱなしで、たじたじになっている。
しかも、目を閉じたことで視覚情報はなくなったが、今度は触覚と嗅覚が反応してしまう。
内側を向いているからか、先ほどと違ってより太ももがよりムチっとしている気がする。
(ヤバイ……このままでは、また太ももの沼に嵌ってしまいそうだ)
さらに柔軟剤の匂いなのか、はたまた亜美から放たれるフェロモンなのか。
モワっとした湿気の中に感じる甘い香りが和哉の鼻を刺激してくる。
正直、目一杯息を吸い込みたくなってしまう衝動に駆られるものの、なんとか堪えた。
こうなるなら、身体を反対側に置いて外側を向くべきだったと後悔する。
膝枕で亜美側を向くのは、素人童貞の和哉には難易度が高すぎたらしい。
スッ。
そんなことを考えているうちに亜美が綿棒を右耳に押し当ててきた。
すぐに和哉の外事に心地よい感触が襲い掛かってくる。
もう亜美も慣れたらしく、躊躇することなく外耳に綿棒を滑らせていく。
「どうかな? 気持ちいい?」
「う、うん……凄くいいよ」
「良かったぁ……ってあれ、ここなんか引っ掛かるなぁ。もしかして汚れたが待ってるかな?」
亜美は自主的に汚れを確認するようになり始めた。
その代償として、じっくりと耳を覗き込まれているのが恥ずかしくて仕方ない。
さらに、耳を覗き込むため、必然的に前屈みになるので、亜美の身体が前傾姿勢になって、和哉の鼻の先が軽く亜美の制服に触れてしまう。
彼女の体温で包み込まれたような感覚に陥り、ついに頭がくらくらしてきてしまった。
(これは非常にまずい……何がまずいって。ホント色々とまずい!)
頭の中のボキャブラリーが退化してしまうほどに、和哉は混乱してしまっていた。
(頼むから、早く終わってくれ……!)
和哉はただきゅっと目を閉じながら、この時が終わるのをじっと待ち続けた。
「よーしっ、右耳の汚れも綺麗になりましたよー!」
ようやく右耳の外耳の掃除が終わりを告げ、和哉はふぅっと脱力した。
「ふぅーっ……」
「⁉⁉????⁉⁉」
刹那、何を血迷ったのか、亜美が和哉の右耳へと息を吹きかけて来たではないか。
不意打ちに耐えられず、和哉は身体がびくっと反応してしまう。
恥ずかしさのあまり、体温がどんどんと上昇してきているのが分かる。
「ふふっ、和弥君の耳真っ赤―」
「だ、だって……亜美がいきなり息を吹きかけるから……」
和哉が文句を垂れると、亜美は前傾姿勢になって、和哉の耳元で囁いてくる。
「これは私の練習に付き合ってくれたご褒美だよん。私だって恥ずかしいだから、我慢してねーっ!」
そんな言ってから、亜美は再び吐息を吹きかけてきた。
和哉はぎゅっと身体に力を入れて、ビクッとならないよう細心の注意を計る。
「んふふっ、和弥君可愛い」
「か、可愛くないし」
「可愛いよ。そうやって必死に身悶えるの我慢してるところとか堪らないんだけど」
「別に悶えてなんかないし……」
和哉がツーンと唇を尖らせながら小言を呟くと、再び亜美が耳元で囁いてくる。
「もう……そんな強がってる和弥君も可愛い。あーもう和弥君の全部かわいく見えてきちゃった。キュンキュンしてきちゃうんだけど、どうしてくれるの?」
「いや、別にどうもしないけど」
「ふぅーっ」
「⁉ だ、だから亜美、不意打ちはずるいってば!」
「あー可愛すぎる……! もうヤバイ!」
そう言って、亜美はぎゅっと和哉の頭を抱き締めてきた。
刹那、和哉の身体に電流のようなものが迸る。
和哉の顔が彼女の腹部へと誘導されて、そのまま柔肌へと包み込まれてしまう。
温かい亜美の体温と柔らかさに包まれて、和哉まで変な気持ちになってきてしまいそうだ。
先ほどから感じていた匂いもより鮮明なものとなり、和哉の脳を溶かしていく。
「はぁっ……もう和弥君可愛すぎ。マジ無理なんだけど」
満足したのか、ようやく和哉を解放してくれる。
ほっと息を吐いて顔を上にあげれば、そこには恍惚な表情でこちらを見つめてきている亜美の姿があって、妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「どうだった? 気持ちよかった?」
そんな表情で尋ねられると、違う事を聞かれているのではないかと勘違いしてしまいそうだ。
和哉は一つ喉を鳴らしてから、今日の総括を述べる。
「まあ、初回の練習にしては、大変よくできたのではないでしょうか」
「ふふっ、お褒めの言葉をありがとうございます」
「んぐっ……なんか納得いかない」
「不満なら、今すぐ私から離れてもらっていいんだよ?」
「……」
和哉は無言のまま身体を動かすことなく、視線だけを左右に動かした。
「ふふっ。もう、和弥君は正直じゃないんだから。でもそう言う所も可愛い」
「もう何とでも言ってくれ」
結局その後も、和哉は亜美の膝枕を堪能して、亜美は赤子をいつくしむかのように和哉の頭を優しく撫でてくれるのであった。
(恋人でもないのに、二人して何やってるんだろう。でもまあ、亜美も嫌そうにしてないから、別にいいよね?)
そんなことを自身に言い聞かせながら、和哉と亜美はしばらく二人でまったりとした時間を過ごすのであった。
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