第六話 性癖暴露
二人が向かったのは、特別棟の空き教室。
扉を閉めて、亜美が教壇の上に上がると、こちらをくるりと振り返って頭を下げてきた。
「本当にごめん。京子と真央が余計なことして!」
「いや、本当にもう平気だから。なんとも思ってないし」
「……私がずっと落ち込んでたら、急にだてにしーのこと問い詰めてくるとか言い始めてさ」
「そうだったんだ」
どうやら、亜美は今日のぎこちないやり取りを気にしてくれていたらしい。
「ねぇ……私さ、だてにしーに何かしちゃったかな? もし嫌なことしちゃったなら、私反省するからさ」
不安げな瞳をこちらに向けてくる亜美。
「いや、米浦さんは本当に何もしてないから安心して」
「じゃあどうして、私にそっけない態度を取ってたの?」
「そ、それはその……」
「何か理由があるの?」
「えぇっと……」
亜美の太ももが素晴らしすぎて、デレデレしちゃうから避けていたなんて口が裂けても言えないので、和哉は必死に言い訳を考える。
「もしかして、彼女が出来たからアーシと喋るの避けるようになったとか?」
「へっ? いやいや、そんなんじゃないから!」
亜美から斜め上の予測を出されて、和哉は慌てて手を振って否定する。
「その……こっちにも色々と事情があったといいますか……」
和哉がさらに言い淀むと、亜美は俯きながら手をぎゅっと握りしめた。
「私には言えないのことなの?」
「そ、それは……」
「ねぇお願い。私こういう見た目してるから他の人から敬遠されがちで……。でもだてにしーだけは初日から偏見を持つことなく向き合ってくれたっしょ? それが嬉しかったの。だからだてにしーとはこれからもずっと仲良くしていたいの。だからお願い。アーシに嫌なことがあったなら、正直に教えて欲しいな」
そんなことを言われたら、和哉の胸が苦しくなってしまう。
亜美がそこまで和哉との関係を大切に思ってくれていたことが嬉しくて、身体の内側からブワっと熱いものが沸き上がってくる。
「そうだよ、米浦さんがいけないんだよ……」
気付けば、和哉はそんな言葉を口にしてしまっていた。
「うっ……そうだよね。やっぱり私がいけないんだよね」
和哉に叱責されたと思った亜美の表情が苦しいものへと変化する。
「そうだよ。米浦さんがいけないんだ。米浦さんが魅力的過ぎるから」
「えっ……?」
「あっ……」
しまったと思って口元を手で覆った頃には、もうすでに時遅し。
亜美は驚きに満ちた表情を浮かべている。
気持ちが抑えられず、思わずポロッと本音を嘆いてしまった。
「えっと、そのぉ……」
和哉が頬を掻きながら困り果てていると、亜美の方から尋ねてくる。
「へぇっ……だてにしー。アーシのこと魅力的だって思ってたんだぁー」
亜美は髪をくるくると指で回しながら答える。
満更でもない表情をしているものの、和哉は自身が失言してしまったことに対する焦りで気付かない。
「まあ、アーシもだてにしーのこと。嫌いじゃないというか?」
「えっとそのぉ……本当にごめん!」
亜美の言葉を遮るようにして、和哉は謝罪の言葉を口にして頭を深々と下げた。
「なんで謝るの?」
不思議そうな声を上げる亜美に対して、和哉は苦しい感情を押し殺しながら言葉を紡ぐ。
「俺が米浦さんに向けてる感情は、最低なものだから」
「ん? どういうこと?」
ここまで来てしまったらもう引き返せない。
和哉は覚悟を決めた。
「今から言うことは、きっと米浦さんを幻滅させると思う。今後のかかわり方は、米浦さんに任せるよ」
「待って、全然話が見えないんだけど」
混乱する亜美をよそに、和哉は自身の気持ちを口にする。
「昨日、テストの時に筆記用具貸したの覚えてる?」
「えっ、うん」
突然の問いに、困惑気味に返事を返す亜美。
和哉はさらに言葉を続けた。
「俺の手から受け取った消しゴムがそのまま転がって米浦さんの太ももに挟まったでしょ。それから俺、米浦さんの太ももばかりに目が行くようになっちゃって……」
「はい……?」
和哉による突然の性癖カミングアウトに、亜美は素っ頓狂な声を上げたかと思うと、ようやく言われたことを理解したのか慌てて自身の太ももを手で覆い隠した。
それでも、和哉はもう止まれずにすべてを打ち明けていく。
「気づいたら俺、米浦さんの太ももばかり見ちゃう太ももフェチにさせられちゃったんだ! もう米浦さんの太ももを拝まないと満足できない身体にさせられちゃったんだよ! 米浦さんの太ももは国宝級なんだよ。ムチムチなのでつやつやで、見ているだけでうっとりされられちゃうぐらい素敵なんだ! もうそれを考えるだけで、ご飯三杯行けちゃうぐらい好きなんだ!」
情欲にまみれた最低な性癖暴露。
しかも、性癖を開眼させられた相手に対してだ。
なんて最低な発言をしているのだろうか。
まさに自己中心的、最低愛悪な告白。
きっと、和哉の気持ち悪い発言に、亜美も幻滅したに違いない。
色々と悟った和哉は、虚ろな目で亜美を見据えた。
すると、和哉の予想に反して、亜美は自身の太ももを擦り合わせながら、頬を赤らめてモジモジしているではないか。
「えっと、一応確認なんだけど、今日和哉君の様子がずっとおかしかったのって、アーシの太ももばかり見ちゃうからってこと」
「うん」
(あれっ、思っていた反応と違うんだけど……)
(もっとこう、ゴミを見るような目を向けられて、「気持ち悪い」と罵られて一蹴されるものだとばかり思っていたのに)
和哉が何も言ってこない亜美に対して戸惑っていると、見られている事に気づいた彼女は、顔を真っ赤に染め上げて叫ぶ。
「バ、ばっかじゃないの⁉ な、何いきなり自分の性癖暴露してんだし!? あぁもう、変な期待した私の方がばかだったじゃん!」
その場で地団駄を踏む亜美。
和哉に敵意を向けているというよりは、自分自身に対して何やら叱咤しているように見える。
「えっと、米浦さん?」
「⁉ ごめん、私、帰るね!」
亜美は羞恥に耐えられなくなったのか、我慢できないといった様子で教室を飛び出していく。
和哉の横をすり抜け、振り返ることなく逃げるようにして教室を出ていく亜美。
教室に一人取り残された和哉は、ふっと脱力して項垂れた。
「……終わった」
あの『ごめん!』という言葉には、和哉のことを受け入れられないといった拒絶の言葉だと捉えることが出来た。
絶対にしてはいけない性癖暴露を本人に向けてしてしまったのだから当然の報いである。
もしかしたら、今から学校や警察に訴えられてしまうかもしれない。
そしたら即お縄案件の事案である。
可能性として、最悪のシナリオも想定しておいた方がいいだろう。
和哉は自身の人生が色んな意味で終わったことを悟り、脱力して教室の机に寄り掛かることしか出来ないのであった。
◇◇◇
「いらっしゃいま……あら亜美ちゃん」
亜美は姉の経営するお店に入店するなり、挨拶を交わさぬままバックヤードへとズカズカ入っていく。
「どうしたの亜美ちゃん?」
バックヤード兼休憩所の扉を閉じて、亜美は真ん中に置いてある机に備え付けられているパイプ椅子へと腰掛けると、そのまま机に突っ伏した。
「あぁもう……感情がぐちゃぐちゃだよ」
和哉の様子がおかしいと思って心配していたら、性癖をカミングアウトされたのだ。
まさか好きな人に、亜美の太ももが大好物なんて言われるとはだれが予想できようか。
以前から胸に視線は感じることはあった。
亜美もあえて見せつけるような仕草を取ったりしていたので言い訳はできない。
けれどいつの間にか、太ももフェチに目覚めさせてしまっていたとは。
今顧みると、胸元よりも足元の方が無防備だったかもしれない。
そんな無防備な太ももを、和哉にガン見されていたのだと思うと……。
「うわぁ……マジ恥ずい」
亜美は自身の手で顔を覆い隠してしまう。
それほどまでに、和哉の太もも好きは衝撃だった。
「胸はまだよかったけど、流石に太ももは恥ずかしすぎる」
いくら好きな人とはいえ、見られるには心の準備というのが必要なのだ。
気持ち悪いとは思うけど、好きな人だから許してしまえる自分がいた。
亜美自身も、和哉が席を立ち去った際に残り香を嗅いでしまうほどに匂いフェチである自覚があるので、人のことを言えないという理由もある。
「てか、和哉君に罵倒して出てきちゃった。嫌われたって思ったよね」
羞恥に耐えられず、亜美は和哉の元を立ち去ってしまった。
出ていく際に変態と罵倒してしまったので、きっと和哉は亜美に嫌われたと勘違いしただろう。
「どうしよう……でもでも、ここで嫌じゃないからって送るのも違う気がするし……」
スマホの画面を開き、和哉とのトーク画面を開くものの、どうメッセージを送ればいいのか分からず、亜美は机の上に肘をつきながら頭を抱えてしまう。
「てか、明日からどうしよう……恥ずかしい」
席が隣同士な以上、学校に登校すれば和哉がいる。
性癖を暴露された以上、和哉が舐めまわすような目で亜美の太ももを見つめてくる姿を想像してしまい、モジモジと太ももを擦り合わせてしまう。
「嫌じゃないけど、嫌じゃないんだけど……流石に恥ず過ぎて無理だっつーの」
結局、亜美は明日から和哉とどう顔を合わせればいいのか分からず、悶々とさせられる羽目になってしまうのであった。
◇◇◇
「ただいま……」
和哉は魂が抜けた状態で家に帰宅した。
「おかえりー」
家に帰ると、妹の
羽香は白シャツに灰色のショートパンツを履き、スラリとした長い足を惜しげもなく晒していた。
「どうしたのお兄ちゃん。元気ないの?」
コテンと首を傾げながら尋ねてくる羽香。
「なぁ羽香よ。俺はどうしてこんなにも欲望まみれなのだろうか?」
悲しきことかな。
和哉は亜美に拒絶されたにもかかわらず、家に着くなり妹の太ももを堪能してしまっているのだから。
「何があったのかは知らないけど、私はお兄ちゃんの味方だよ」
「ありがとな羽香」
和哉は靴を脱いで廊下に上がって自室へと向かう。
すると、何故か羽香も和哉の部屋に入ってきて、そのままベッドの上に寝転がった。
うつ伏せに寝転がり、スマホを弄り始めてしまう。
「妹よ」
「ん? なぁに?」
足をパタパタ上下に動かしているので、和哉の視線はそちらへ吸い寄せられてしまう。
「なぜ俺のベッドの上でくつろいでるのかな?」
「だってお兄ちゃん。太ももフェチに変わったでしょ?」
「なっ!? なぜそれを知ってる⁉」
妹からの突然の指摘に、和哉はぎょっとしてしまう。
「態度で分かるよ。この前までは胸が強調されるような格好してたらじっとりとした視線で見てきてたのに、今は全然興味ないんだもん。もしかしてと思って足を見せてみたら、効果てきめんだったね。私の足を舐めまわすように熱い視線で見つめてきて」
「ぐっ……己、邪心よ鎮まりたまえ」
和哉は力を込めて手を目元に置き、邪な感情を振るい払おうとする。
「別に私なら構わないよ。逆に街中でお兄ちゃんが女性の太ももばかり視線で追っていって、ストーカー行為に及んで性犯罪者として逮捕されないように、妹の私がお兄ちゃんを満足させてあげないといけないからね」
当然のように言ってのける妹。
「羽香、お前理解者過ぎない?」
「そうだよ。私は理解ある妹なの。だからお兄ちゃん、他の女の子に自分の癖を暴露することなんてしないでくださいね」
「……あと少しだけ早くそれを言ってほしかったぜ、妹よ」
つい1時間ほど前に暴露してしまいました。
言ってしまった以上、もう後の祭りである。
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