第11話『大森林~クルーガー~』

 翌日もわたしは朝から空を行く。いつものようにどこまでも続く緑の絨毯の上を300メートルくらいの高さで飛行する。


 ぼーっと飛ぶのも飽きてきた。そんな時、ふと、緑の中を何かの影が横切った。


 何? 上?


 何か嫌な予感がして上を見ると、白い翼と鋭い爪が迫ってくる。


 やばっ!?


 身体を捻って空中を蹴るりロール機動で、爪の一撃をやり過ごす。


 あぶねー!?


 これまで、わたしのオーラエールに追いつける魔物がいなかったから油断してた。


 急降下でわたしを捕らえようとしていたのは、真っ白な体毛を持つグリフォンだった。


 軽く10メートル以上ある翼を持ち、体長は先日倒したメガロベアに匹敵する。


 白いグリフォンは旋回して再び上昇。巨体に見合わぬ機動力は翼による空力だけじゃ説明がつかない。飛行には魔力と気力の両方を使っているようだ。


 魔物は基本的に魔力と気力の両方を使ってその存在をなしている。


 例えば定番のドラゴンだが、魔力によって変質した骨や皮、肝などの一部内臓は、死後も常識はずれな効果を残したまま、武器や防具、薬に利用される。


 だけど、気力によって強化されていた筋肉や内臓なんかは、死後は物理法則にしたがった一般的な素材になる。


 ドラゴンの肉が美味しく頂けるのはそういった理由だ。でなけりゃとても固くて食えたもんじゃないだろう。


 飛行については魔力だったり気力だったりと、種類によってまちまちだ。10トンを超えるような大型の魔物だと、魔力と気力の両方を使わないとまず飛ぶことは不可能だ。だけど、魔力というの気力と違って無制限に使えない。飛ばす生物が巨大であるほどその消費は激しく、長距離の飛行が困難になる。


 見た感じ、白いグリフォンの重さは1トン程度。通常は空力と気力だけで飛行しているようだが、瞬間的に魔力を使うことでブーストをかけている。


 それに空を駆けるような動き。わたしと同じように気力で大気を蹴っているのだ。


 魔力で加速されたら、最高速度で負けるかも。


 上昇していくグリフォン。また急降下攻撃か?


 いいよ! 喧嘩なら買うよ!


 魔力回路接続、イグディスブースト!


 え? お前死にかけたのに懲りてないのかって?


 大丈夫。今回はちゃんと加減してるから。


 魔法は気功と違って応用することが難しい。これは、わたしが使う魔法がイメージで使うようなファンタジーなものではなく、予めデザインされた効果を起動するデジタルな代物だからだ。それでもゲーム中と大きく変化した事がある。これは魔法だけでなく、気功も含めたスキル全てにおいて言える事なんだけど、ゲーム中での仕様を最大値として、効果を加減できるようになったのだ。


 わたしが自身にかけたのは、極小効果のイグニッションとディストーション。フルスペックで使用した際とは違い、金ぴかに光ることは無く、わずかに金色の粒子を放出するのみ。魔力消費も少ない。


 わたしは空中を蹴ってグリフォンの後を追うように上昇する。イグディスブーストと、手足で空中を蹴る空力を無視した機動で、わたしはグリフォンに肉薄する。


 至近距離からオーラバレットを撃ち込めば、グリフォンを仕留める事もできるだろう。でも、わたしにグリフォンを殺す気は無い。今のわたしは資金や経験値の為に、目につく魔物を殺戮しまくっていた、プレイヤーキャラではないのである。この世界に住まう生物は、例え魔物であってもツクネ様が生み出した命。軽々しく奪って良いものではない。ただ、二度と襲う気にならないよう一発殴っておくだけ。これは安全な空の旅を続けるためだ。


 グリフォンの上をとったわたしは背中にみゅらっこキックを放とうとして……


 何やってんですかツクネ様!?


 グリフォンの背中に乗ったツクネ様を発見したのだった。


『かかかっ! どうじゃ! かっこいいじゃろう!』


 ウォールスーツのヘルメットの中にツクネ様の声が響いてくる。


 次の瞬間、何かが目の前に飛んできた。


「んぎゃ!?」


 ヘルメットのバイザーで受け止める。飛び散る果汁。ツクネ様にトマトをぶつけられたのだ。


『かかかっ! やったぞ! 撃墜なのじゃー!』


 この創造主様はまったく、本当にもう!




 マイルームに帰るとツクネ様もグリフォンを連れて帰ってきた。


 庭にお行儀よくお座りするグリフォン。実は案外大人しい性格のようだ。


「飼うつもりなんですか? そのグリフォン」

ではない。じゃ」

「クルーガー?」

「このの名じゃ。気に入ったんで我が名付けた」


 もう飼う気満々なんですね。わたしは構わないけど餌とかどうするの? 一日オーク一頭分くらいは食べるよね? それに寝るだけなら庭で良いけど、翼を広げて飛んだりするにはこのマイルームじゃ狭くない?


「其方の友に良いかと思ってな。この先間もなく人間の狩人が活動するえりあに入る。を連れていれば遭遇しても其方を侮る者はおらんじゃろうし、其方の持つ力のにもなろう」


 カモフラージュって、こんな子連れてたらめっちゃ目立つよ?


「其方がひとりでふらふらしていたら、善良な市民も変な気起こしかねんからの」


 それ、善良な市民じゃないからぶっ飛ばしていいと思う。


「あるんですか? この近くに人が住んでる村か町が?」

「まさか。我の世界に暮らす人間には、この大森林に村や町を作る力はまだ無い。あるのは狩人達が作った前線基地じゃ。其方ならばあと1時間も飛べば森を抜けるじゃろう。じゃが、たったそれだけの距離が、我の世界の人間がこの森に進出できる限界なのじゃ。それもかなり無理をしてな」


 どんだけ魔境なんだよこの森。


 でも、それじゃあ買い物は出来ないかな?


「ハンター相手にはなおさら狙われそうな気がしますけど?」


 めっちゃ綺麗でかっこいい真っ白なグリフォンだよ? ハンターからすれば見逃せない獲物だろう。よこせって言われるよ。絶対。


「今の我の世界の人間にを手懐けることなどできんよ。身の程知らずに襲って来る輩など容赦なくぶちのめせ」


 言質とりましたよ! もっとも、ツクネ様はこの世界の創造主のくせに権力は無いみたいだから、言質とっても意味はないんだけどね。


「クルーガーはそれでいいの? わたしと友達になってくれる?」


 クゥ。


 小さく鳴くと、身をかがめて目線をわたしに合わせるクルーガー。この子凄い良い子だ。


とは我からも話をつけている。其方の事はかなり気に入っているようじゃぞ? 其方は空戦最強の相手にどっぐふぁいとできるとんちきじゃからな。もまた一緒に飛びたいようじゃ」


 トンチキってなんだ。こういう時は規格外って言葉を使うのが俺TUEEEの作法だぞ。


「空戦最強? ドラゴンとかワイバーンとかは?」

のような空飛ぶ蜥蜴は、身体が冷えると動けなくなるから、高くも飛べんし、速度も出せんぞ? あいつら変温動物のくせになんで空飛ぶ道を選んだのじゃ? 謎なのじゃ」


 悲報。この世界のワイバーン。創造主様からポンコツ扱いされる。


はでかい身体を飛ばすのに馬鹿みたいに魔力を消費するから長く飛べん。おかげで海を渡れず、住処のある大陸から出られんのじゃ。虫型は低空では機敏じゃが、高くは飛べんし、知能が低い。じゃから我の世界において空の王者はなのじゃ」

「なるほど。グリフォンって凄いんだね」


 クォ!


 得意げに鳴くクルーガー。前足を掲げてきたのでハイタッチ。


「君、ほんとイケメンだね。わたしはミュラだよ。よろしくクルーガーくん」

は雌じゃぞ?」


 それならなんで男の名を付けた?


「年頃でいえば其方と同じくらいじゃな。そろそろ番を探そうという年頃なのじゃが、見ての通りの美人なもんでのう。雄共が皆にめろめろになりおって、嫉妬した他の雌によって群れを追い出されたのじゃ」


 わたしも昔、お前がいると姫プ出来ねーってパーティー追放された事あったな。人間でもグリフォンでも、女の嫉妬は怖いのだ。


「大変だったねクルーガー」


 クァ…


 わたしはクルーガーの首元に抱き着いて頭を撫でた。クルーガーの白い毛並みはふわふわでもこもこだ。


 こうしてこの日、わたしにちょっと大きな友達が出来た。


 その後、着替えて昼食をとる。ツクネ様にトマトぶつけられたからね!


 服装は現地人との接触に備えて、お気に入りの踊り子衣装。


 お昼ご飯はお馴染みのフードクラフターで、わたしは麻婆茄子定食。ツクネ様はジャンボパフェ。


 クルーガーには倉庫に放り込んであった各種魔物のお肉を出して、好きなのを選んでもらった。


 オーク肉、ミノ肉(ミノタウロスの肉)、蛇肉(サーペントの肉)、トリ肉(コカトリスの肉)の中でクルーガーが気に入ったのは蛇肉だった。


 食事を済ますと、クルーガーに乗って空を行く。とても快適である。


 クゥ!


 クルーガーが何かを見つけた。


 え? 煙? それに血の匂いがするって?


 確かに、木々の向こうにある岩山の方から立ち上がる煙が見えた。


「狩人共の前線基地じゃな。魔物に襲われているようじゃが、ほっといてもいいじゃろ」


 クルーガーがの頭の上でふんぞり返っているツクネ様が、なんでもないことのように言う。


 確かに、魔物と戦うなんてハンターなら日常茶飯事だろう。それに、呼ばれてないのに乱入して、他人の稼ぎを奪うのはマナー違反である。


「でも、この世界の人間の戦いは見たいかな。遠くから眺めるくらいはいいでしょ? ツクネ様」


 魔獣の跋扈する森に挑む人類の最前線だ。あそこで戦っているのはきっと、人類の中でもトップエース集団だろう。わたしの力がどの程度この世界で通用するか見定める為にも、見逃したくないんだよね。


「なんじゃ行くのか? あいつらもう全滅寸前じゃぞ? まったく。自分達の力量も鑑みずにこんな場所まで進出するのが悪い」


 ツクネ様って、もしかしてこの世界の人間が嫌いのかな?

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どうも! サ終した世界からやってきました踊り子です! ぽにみゅら @poni-myura

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