第5話 宿命

 僕は、鞘から刃を抜いた。白い波のような模様がぎらりと光る。ゾクゾクとした高揚感が背中を這い、無敵になった感覚に包まれる。

 持ったばかりだというのに、つかが手に馴染んでいる。まるでぼくを待っていたかのようだ。


「かかってこい、桃太郎」


 青鬼の声が響く。時間さえも息を止めたかのような、静寂さ。

 刀が血を求めている。僕は恐れることなく、鬼に向かって行った。

 頭領は防御の所作を見せなかった。仁王立ちのまま、ぎょろりとした目で僕の動きを見ていた。

 刀が、鬼の上半身と下半身を切り分ける。血が噴きあげ、鬼の体が倒れた。


「切れ味がいい。俺の魂を削って、作った甲斐があった」

「あなたが作った?」


 床に転がった鬼の上半身。鬼の目が動き、血が滴る刀のきっさきを見つめた。


「青鬼と人間の女が結ばれ、双子の男児が生まれた。女は産後まもなく亡くなり、鬼は途方に暮れた。人間の姿をした双子が鬼の世界で生きれば、なぶり殺される。鬼は、双子の兄をうちでの小づちで小さくして人間世界に置き、弟は桃に入れて川に流した。人間として生きることを望んだのだ」

「桃って……、誰の話をしているんだ!! 青鬼って、あなたのことなのか⁉︎」

「都に人斬りが現れた。人間の刀では殺せん。桃太郎。その刀を持って、都に行け」


 背中を、じっとりとした汗が流れる。


「なぜそのような話を僕に……。都の人斬りって、まさか、双子の兄ではないですよね?」


 鬼の唇が微かに動き、幕が下ろされるように瞼が閉じた。



 ◇◆◇◆



「わんわん! 桃太郎さん!!」


 鬼ヶ城を出ると、犬と猿とキジが駆け寄ってきた。

 鬼退治に成功したようだ。外には赤鬼、青鬼、黄鬼、黒鬼、緑鬼らが倒れており、うめき声をあげている。


「ケーン! ぼくたん大活躍したでありますぅ。いっぱい褒めてくださいましまし。あれぇ? 桃太郎殿、泣いておられる?」

「空を見ろ!! 綺麗だわん!」

「曇っておりますがぁ?」

「いいから、見ろ!」


 キジの顔に猿の手が伸び、無理矢理に上を向かされる。ポキッと首の骨が鳴る音がし、キジが「痛いですぅ!」と喚いたが、猿に耳元で囁かれ、静かになった。


「ケーン! 灰色の雲が綺麗ですぅ」

「あっ、雲の間から光がこぼれたわん!」

「綺麗だな」


 三人の視線が外れたことで、僕は瞳に溜めていた涙を解放した。

 

 鬼の頭領の最期の言葉は「すまない」だった。

 彼の温情によって、僕は生きている。人間世界で生きることを望んでくれたから、優しい両親と素晴らしい仲間に出会えた。

 

 僕の体には人間の血だけなく、鬼の血も流れている。それは、都の人斬りも同じ。彼を止めることができるのは、僕しかいない。

 

お地蔵様『素晴らしい!! よく決意してくれた。では、人斬りとなった一寸法師探しの旅に行くよ。レッツゴー!!』


 お地蔵様が不思議な呪文を唱えると、景色が一変した。途端に、背中に重みが乗って、僕はひっくり返ってしまった。


「やーい、のろまなカメー! ひっくり返ってやがんの。だっせー!」


 僕を見下ろしているのは、ウサギ。これは一体……?


お地蔵様『ウサギとカメの世界にブロマンスを添えてみました。ウサギに勝ったら、一寸法師探しのヒントをもらえるよ。頑張って!』




 ◆おわり◆


 

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おとぎ話にブロマンスを添えてみた 遊井そわ香 @mika25

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