第37話 復讐の鬼

 1546年に、能登畠山家の家臣、長続連ちょうつぐつらの三男として長連龍ちょうつらたつは誕生したそうな。


 臨済宗の門に入り、能登国熊木定蓮寺くまきじょうれんじの僧となって、宗顒を称して、孝恩寺の住職になった。以後、僧形でありながらも「孝恩寺」を通称として戦場に出たという。


 

 1577年5月、上杉謙信の侵攻を受けた際、7月、平子和泉、轡田肥後くつわだひご唐人式部かろうどしきぶ・板倉伝右衛門が穴水城あなみず救援に向かうと、孝恩寺は法衣をきて水軍を率いて迎撃し、乙ヶ崎合戦で大勝して首級70を取ったという。

 

 謙信が能登に軍を進めたために穴水城の包囲を解いたため、長続連は、自身が事実上の城主たる畠山家の居城・七尾城に籠城して上杉軍に取り囲まれた。


「くっ‥‥‥上杉軍にとりかこまれてしまったか‥‥‥しかし、城主である畠山様のためだ。主君のために死ねるのなら本望だ!!」

 

 長連龍は覚悟を決めて七尾城に籠城したようだ。


 しかし、幼い畠山春王丸はやけやまはなおうまるが病死して、守兵の士気が下がったので、長綱連ちょうつなつらは弟である長連龍を密かに海路より織田信長のもとへ援軍要請に赴かせた。


 「私も籠城したかったが‥‥‥援軍要請は大事な任務だ。早く信長様の元に向かい援軍を請わなくて‥‥‥!!」


 長連龍は急いで織田信長の元へ向かったのである。


 

 一方、長綱連は一揆勢を扇動して上杉の背後を付かせようとしたが失敗し、9月になると七尾城は陥落は避けがたい状況になった。


 謙信は、上条政繁じょうじょうまさしげ・長尾与次郎・島津淡路を使者として遊佐続光ゆさつぐみつを内応させたのである。


 遊佐は温井ぬくい・三宅兄弟と謀って、9月15日、続連、綱連、則直、連常、連盛ら長一族14人をことごとく謀殺した‥‥‥。


 

 長連龍が織田軍と共に来援したときには、すでに一族の首は石川郡倉部浜に晒されており、援軍は遅きに失したのである。

 

 「父上‥‥‥母上‥‥‥嘘だろう‥‥‥こんなことがあってたまるか‥‥‥われの一族を処刑した者は誰だ!! 許さぬぞ‥‥‥!!」


 長連龍は怒りに満ち溢れ復讐の鬼になっていく。


 

 長連龍は畠山家も滅亡していたため、信長に仕えて報復の機会を待つことになる。


 そしてその機会はすぐに訪れることになる。


 それは、1578年8月、長連龍は自ら兵500を集めて穴水城を奪取し、上杉家臣の当時七尾城主であった鯵坂長実あじさかながざねや、織田家に属した神保氏張じんぼううじはるらと結び、遊佐氏らに対抗した。


 仇である遊佐らと戦を繰り返し、神保氏張らと共に能登・越中を転戦した。


 遊佐・温井らによって七尾城の鯵坂が追放されると、柴田勝家に近づき、前田利家・佐久間盛政らとともに遊佐・温井らを攻めた。


「我が一族の仇をここで討ち取る!! 遊佐・温井覚悟しろ!!」


 長連龍は怒号をあげながら攻めかかった。長連龍の家臣たちは怒号を聞いて士気をあげ次々と敵を討ち取っていく。


 さらに、逐電した遊佐を追撃し、討ち取ることにも成功したのである。


「ついに仇である遊佐を討ち取ったぞ!! これも皆のおかげだ感謝する!!」


「何を言われまする。長連龍様がめげずにおられたからこそ仇をうてたのでございます」


「そういってくれると私はすごく嬉しいぞ!! では、勝鬨をあげるぞ!!」


「「えい!! えい!! お―――――――!!」」


 皆一丸となって勝鬨をあげたという。


 

 能登が前田利家に与えられると、土肥親真どいちかざねらと共にその与力となり、以後前田利家と共に活動していくことになる。


 


 

 


 

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