第11話 女子が好みの異性を聞いてくるときは気がある証
「あ、ケンジやん」
「新谷さん……」
二色の声音に新谷が顔を上げると、昼食を載せたトレーを手にした丹波口と梅小路が目の前に立っていた。
二人とも新谷の姿を見て目を輝かせるが、梅小路は向かい合って座る翔太の姿を見るや表情が渋くなる。
「二人ともどうしたの?」
「うちは、友達がたまたま用事があるっておらんくなったんよ。一人でメシ食べるんもさみしいわ~っておもっとったら、たまたまウミも一人でおったから、誘った」
「私も今日は用事があって一人だったから、ちょうどよかったかな」
この時点で二人の用件を察した翔太は、友人に助け船を出すことにする。
「俺は新谷の高校からの友人の加茂翔太。せっかくだし四人でメシ食わないか? っても、俺たちは茶飲んでるだけたけたど」
「ええの?」
「じゃあ、ご一緒させてもらいます……」
二人はそう言いながら、新谷の左右に腰を下ろす。
翔太の両隣がぽっかりと空いてしまった。
突如テーブルを囲んだ二人の女子、しかも両者ともに顔面偏差値は60を越えている。
「まあ、俺の彼女には及ばないがな」
翔太は強がり半分にそう思いながら、目の前の光景を見る。
「そういえば、今期のドラマなんか見とる?」
「私はゲームよくやるかな…… どうぶつ集めるのとか、農場経営するのとか好き」
「僕は課題の他には、本読むかな。時代小説とかけっこう好き」
新谷は女子を相手にさすがにエロゲの話題は出せないものの、無難な趣味で話をつなぐ。
女子と親密な関係を築くのは三十を超えても不得手だった。
だが、リハビリ職にとって適度な距離感を保ちつつ信頼を得るのは必須スキルだ。
「マジか」
だが女子を前にするとテンパるか無視するか他人行儀な態度をとる新谷の姿しか知らない翔太は、目を白黒させた。
そのうちに、丹波口のしゃべり方が熱を帯びてくる。
「そういえば、ケンジって芸能人で言えば誰が好きなん?」
「芸能人ってよくわからないかな…… あえて言えば三船としお? クロサワの映画で、殺陣がすごいんだ」
その返しに翔太は頭を抱えたくなるのを必死にこらえた。
女子が好きな異性のタイプを聞いてくるのは、そこそこ気になってる相手にだけだ。
(せっかくいい線いってるのに、その返しはねえだろ)
女子はセックスしてもいい相手かどうかを七秒で見極めるという。
だがたとえアリと思っても、気のない態度を繰り返す男子には早々に見切りをつける。
助け舟を出そうと思った翔太だが、その必要はなかった。
新谷がスマホを出して三船としおの動画を見せると、はじめはモノクロの動画にあまり興味を示さなかった丹波口も次第に食いついてくる。
「うわ、刀かっこええわ~。時代劇は興味あらへんかったけど、この人はイケとるね」
「う、うん。着物がいい……」
そのまま、新谷の両側から女子二人がスマホを覗き込む形できゃっきゃうふふする。
しばらく自分の趣味を共有できたことで楽しんだ新谷。自分が好きなことで話が盛り上がるだけで、胸が弾む。体中に幸福感が染み渡る。
久しく忘れていた感情だった。
だが梅小路の横顔を見たとたん、冷や水を浴びせられる。
笑顔なのにどこか弱弱しい。眼だけが笑っていない。この中で彼女だけは、心底楽しんでいないのが伝わってくる。未来では一年以上、しかも辛い時に接してきた相手だから新谷にはよくわかった。
しゃべりすぎてしまったのか、そもそも動画を大勢で見ることが苦手なのか、歴史ものにもとから興味がないのか。
もしくはそれ以外の理由か?
新谷は今までの経験からどうするべきか必死に頭をひねり、元担当患者に対して穏やかに声をかけた。
「そういえば、梅小路さんが好きなゲームって?」
雀色の髪の彼女はいそいそとバックを開ける。
樹脂製のケースから携帯ゲーム機を取り出し、起動すると2Dのキャラたちが果物をかじったり、桜舞う木々の中を牧歌的に闊歩する光景が映し出された。
「これなんだけど」
そのかすれるような声に初めて会った時の、抜け殻のような彼女がふと思い出された。
「おお、キャラがちっこくてかわいい」
「跳ねまわってるのがいいね。町もあるんだ」
だが彼女自身が得意なことに話を誘導したおかげか、梅小路の表情が生き生きとしてくる。何を話すか困ったときは、相手に話してもらうように誘導すればいい。
そしてどんな話でも受け入れ、否定せずに耳を傾けること。
専門用語でいう「受容と傾聴」。認知症や精神疾患の患者との会話スキルの一つだ。
といっても新谷には、このゲームがどう楽しいのかよくわからなかった。
だが偽りの共感でも、人の心を癒すことはできる。
それに今は楽しくなくても、後で楽しくなるかもしれない。帰ったらエロゲだけじゃなく、こういうのもプレイしてみてもいいかもしれない。
梅小路も話しているうちに、だんだんと表情が柔らかくなっていく。
こぼれるような笑顔に新谷は胸の高鳴りを抑えきれなくなる。
完全に蚊帳の外に置かれた翔太は、苦笑いしながらつぶやいた。
「俺が相談に乗る必要なかったじゃねえか……」
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