第12話 6分の1

「おい。リーレル。逃げるのか?」

「当たり前でしょ。あんな強そうなのに勝てるわけがないでしょうが。あんたも逃げないと無駄死にするわよ」

 そういう背中はすぐに角を曲がって姿を消す。

 バービスは振り返りデュラハンに視線を向け、床に横たわる4人を見た。

「くそっ。覚えてやがれ」

 踵を返すと走り出す。

 角を曲がるとすぐに暗くなった。

 剣を持ち換えて右手で壁を触りながらほぼ何も見えない中を駆ける。

 今にも後ろから斬られるのではないかと生きた心地がしなかった。

 床の窪みに足を取られて盛大に転ぶ。

 その拍子に左手から剣が離れて床を滑っていった。

 起き上がり必死になって剣を探す。

 暗がりの中では見つからなかった。

 諦めてまた壁を手で確認しながら早足で歩きだす。

 手が突き当りの壁に触れ、手探りで扉の取っ手を探し引き開けた。

 部屋の中をランタンの明かりが照らしていることに気が付く。

 ランタンの明かりを遮る人影にリーレルが待っていてくれたのかと思った。

 記憶の中の背格好よりも大きいを思ったときには長剣がバービスの頭蓋骨を割っている。

 リーレルと勘違いした相手はデュラハンだった。

 バービスが死ぬと同時にテニアスは扉を開けて小部屋に歩み出る。

「遺体を保管庫に運ぶんだ」

 命令に従いデュラハンはバービスの遺体を担ぎ上げた。

 テニアスが押さえている扉を通ってデュラハンは指示に従う。

 何度か往復して残りの4人や装備品も運ばせた。

 今回の冒険者を倒すことで入手した報酬の一部を使って修復と再駆動のスクロールを入手する。

 待ち伏せを行った場所へ移動して3体分の骨を修復し、2体のスケルトンに再構成し再び仮初かりそめの命を与えた。

 テニアスはスケルトンに対しあらかじめ開いておいた隠し通路を通って中の部屋で待機するよう命じる。

 金色の鍵を使って管理室に戻ると隠し通路を閉じ、回収した装備品や財布の仕分けをして棚に置いた。

 シュッツガルドの貨幣はダンジョンの整備には使えないが冒険者への報酬となる。

 宝箱に仕掛けてもいいし、モンスターに持たせたり飲み込ませてもいい。

 実態としては冒険者から冒険者に移動しているだけなのだが、当の冒険者は気付いていなかった。

 シャーガルがふよふよとやってきて壁際の金が積まれた箱を示す。

「想像していたより入金があったね」

「ああ、シーフがベテランだったのが大きいな」

「1人逃がしたけど本当に良かったの? デュラハンがいるってバレたら中級冒険者がやってくるよ」

「もともと全滅はさせないつもりだったからね。デュラハンを見られた対策は考えてある」

「それならいいけど。まあ、とりあえず発動した落とし穴の罠を元に戻さなきゃね」

「いや、今は戻さない。復活させるのはもうちょっとしてからでいいだろう。いっそ、あのままでもいいかもしれない」


 息を切らしながらダンジョンの外に逃れたリーレルは、陽光を浴びると膝からくずおれる。

 まだ太陽は中天にも差しかかっていなかった。

 少し離れた場所で凱旋門を造る足場が組まれている。

 その掛け声に人間の世界に戻ってきたという感慨がわき上がった。

 呼吸が落ち着いてくると体勢を変えて座りなおす。

 ダンジョンの入口からバービスの巨体が現れるのを待ち受けた。

 しかし、どれだけ待っても四角形の闇の中からバービスは出てこない。

 理性ではなく感覚で他の4人の後を追ったのだと悟った。

 リーレルは地面に放り投げたままのカンテラを拾いあげて中の火を消す。

「私がこれを持ち出しちゃったから……?」

 独り言が漏れるがすぐに首を横に振った。

 あんな化け物が出てきてモタモタしているのが悪いのよ。

 リーレルは大儀そうに起き上がる。

 とぼとぼとジャグラッドの町に向かって歩き始めた。

 つい先ほどまでは6人だったのに、簡易舗装された道の上には寂しげな孤影だけかある。

 リーレル自身は身体に毛筋ほども傷を受けてはいなかった。

 その一方で心には深い傷を負っている。

 ジャグラッドまでの距離が往路よりも遠く感じられた。

 顔見知りの門番の挨拶に適当に返事をするとリーレルは街路を通って冒険者ギルドへと足を向ける。

 気が乗らないがダンジョンに挑戦した首尾を報告しなければならない。

 ギルドの入口の大きな扉を押し開けた。

 日頃はバービスが開けていたので気づかなかったが扉はかなり重い。

 まるで軟弱者には用がないと主張しているかのようで不快になった。

 真新しいカウンターに近づく。

 受付係はにこやかに笑みを浮かべた。

「初めてのダンジョンどうでした? 残りの方はお祝いで先にお店に行かれているのでしょうか?」

「……みんなは……」

「どうしました?」

「私以外はみんな死んだっ!」

「え? 第2層に侵入したんですか。あれほど……」

「第1層だよ。スケルトンにバックアタックを食らったんだ。それで後衛がやられちまった。先に引き返した人間が次にやられて、最後は黒い鎧の騎士が現れたんだ。こいつは首が無かったんだよ」

「ちょっと待ってください。ギルドマスターを呼んできます」

 受付係は慌ただしく裏に駆け込む。

 元は屈強な戦士だったのだろうが、今では全身に貫禄をつけすぎた中年男性がやってきた。

「デュラハンだと? できたばっかりのダンジョンだぞ。それの第1層に出るなんて話は聞いたことがない」

「そんなことを言っても私は見たんだ」

「まあ、5人も倒されて慌てたというのは分からなくもないが」

「本当に出たんだよ」

「で、仲間の遺体はどうしたんだ?」

「だから、デュラハンて言うんだっけ? そいつが出て命からがら逃げてきたんだ。そんな余裕は無かったんだよ」

 ギルド長は顔をしかめた。

 死んですぐならアークレウス神の神殿で復活ができる。

 喜捨の額は少なくは無いし、必ず成功するわけではないが、生き返るチャンスがあれば試してみない理由はない。

 ただ、そのためには肉体が必要だった。

 器である肉体を修復して呼び戻した魂を中に入れる。

 その肝心の魂はススルーカテコンのような別世界の住人にとっては糧であった。

 折角確保した魂を取り戻されてはかなわない。

 両者の利害が衝突することになるが、それを調整するために取り決めがされていた。

 一緒にダンジョンに入ったパーティメンバーが全員ダンジョンを離脱するか死亡するかするまでは魂を奪わない。

 滅多に存在はしないが蘇生の魔法を使える者がいればその場で復活することも可能である。

 そうでない場合も、遺体を回収してダンジョンから連れ出せば魂は肉体に紐づいた形で留まっていた。

 バービスをリーダーとするパーティの場合は、リーレルがダンジョンを出たことにより魂は肉体から切り離されている。

 ただ、この場合でもすぐに魂がこの世界から消えてなくなるわけではなかった。

 人数を揃えてダンジョンに挑み遺体を回収してくれば復活する望みはある。

 そのタイムリミットは深夜の日付が変わる頃だった。

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