第3話 グレーターデーモン
「助ける?」
つやつやとした朱色の唇が動くのを見た途端にテニアスは身構え後ずさりし壁を背にする。
その様子を見て子供は生意気そうな笑みを浮かべた。
「ふーん。黒目、黒髪か。この国の人間じゃないね。ま、それはどうでもいいことか。私の姿を見て警戒するとは頭脳明晰。だが戦闘能力は皆無かな。そして死にかけてる」
「私を助けてくれ。なんでも言いつけに従う」
テニアスの懇願に子供は鼻で笑う。
「逃げ出さないところをみると、失血で立っているのがやっとなのだろう? 悪いね。私には人間を癒す力はないんだ」
その返事にテニアスは壁を背にしてずるずるとくずおれ落ちた。
「くそ。こんなところで……」
脚を投げ出すようにして座るテニアスを面白そうに子供は眺める。
「ああっ。実にもったいないな。こんなことなら早くに開業しておくんだった。これだけの美味しそうなものを目の前にして食することができないなんて。うーん。どうしようかな。そうだ」
子供はトコトコとテニアスに近づいてきてにんまりと笑った。
「名前は?」
「テニアス」
「私に忠誠を誓うのであれば、生まれ変わるチャンスをやろう。あと僅かな時間でお前は死ぬが、死んだ後に新たなものとしてここで生を受けることができる。テニアス。私の手をとるかい?」
「従う……」
子供は左手の薬指を噛み破る。
薬指の先に青い色の体液が膨れ上がった。
「テニアス。血の誓いだ。私に従うのならばこの指の血をすすれ」
今や顔面蒼白となり目の焦点も定まらないテニアスの顔の前に左手を差し出す。
子供は僅かに離した場所で薬指を止めた。
テニアスは渾身の力を振り絞って首を前に傾けると薬指を己の口内に収める。
銅の味のするものを飲み下した。
その瞬間、テニアスは横倒しになって倒れる。
全身を激痛が駆け抜けた。
騙された?
後悔する間もなくテニアスは意識を手放す。
子供はその様子を冷ややかに眺めながら呪文を唱えた。
テニアスの体を構成するものを置き換え魂を移し替えるリンカネーションの魔法を発動する。
子供は人間が
ダンジョンと呼ばれているものは別世界とつながる入口のような存在であり、グレーターデーモンはその別世界の住人である。
グレーターデーモンにとっては人間の魂は何にも勝る美味だった。
この世界の高位存在アークレウスとの取り決めにより地上に出て人間の魂を狩ることはできなかったが、ダンジョンに入ってきた人間は自由にしていいことになっている。
シュッツガルドの都の近くにあるダンジョンである最も深き迷宮は拡張も進み、多くの人間をおびき寄せていたが、強力な魔法使いが居座ってしまった。
この魔法使いがトゥレボニアンから護符を奪ったゴルバンゾーナである。
人間ながら魔法に精通しておりグレーターデーモンも寄せ付けない。
ダンジョンのコントロールを奪われてしまったので、最も深き迷宮では人間の魂を入手することができなくなってしまった。
そして最も深き迷宮を取り戻すために向かった数体のグレーターデーモンが今ではゴルバンゾーナに使役される始末である。
これに対して、別世界の支配者は長期戦の構えを取ることにした。
最も深き迷宮を取り戻すことは後回しにして、今まで建築途中で放置していたいくつかのダンジョンの開発を再開することにする。
それを命じられたのがテニアスと出会ったグレーターデーモンのススルーカテコンだった。
同僚を多く失ったのでススルーカテコンの仕事は忙しい。
最も深き迷宮に資源を集中投下していたので、他のダンジョンはほとんど手つかずの状態だった。
それでも他の4つほどのダンジョンは稼働させたものの、トゥボレニアンが凱旋門を建てようとした場所にあるものはまだ準備段階にある。
ようやく第2層まで作り上げたものの、それに相応しいモンスターが足らない。
他所から引っ張ってきた巨人を放って様子を見ていたところにテニアスと出会ったのだった。
想定されたとおりに環境が大きく違うとモンスターは落ち着かないのか必要以上に暴れてしまう。
作り上げたばかりの回廊を壊されては困るため、ススルーカテコンは巨人を元のダンジョンに送り返した。
なので、別にススルーカテコンにしてみれば情けをかけてテニアスを助けたわけではない。
それでも成り行きで危機を救うことになった相手であるテニアスの頭脳には感心している。
このような場所に子供の格好をした存在がいることは、異常なことであるということにすぐに気が付いていた。
頭の出来に驚いた際にススルーカテコンにあるアイデアが浮かんでいる。
手が足りないのであれば、自分の代理人にこのダンジョンを任せればいい。
どうせ、このまま開業しても最後発のこのダンジョンは実質的に放置することになる。
ダンジョンの運営者に高い戦闘能力は必要ない。
もちろん、高い戦闘能力があれば侵入者の人間を効率良く狩ることができるが、やりすぎれば、人間は敬遠して寄り付かなくなってしまう。
人間が欲しがる報酬を用意し、なんとかクリアできそうな難易度にして、あともう少しというところで侵入者の一部を倒す方法が最もダンジョンが長持ちした。
ダンジョンに入ってくる人間は特別な例外を除けば1グループで最大6人までの編成である。
これは人間たちの高位存在であるアークレウス神が保護のために課した安全装置だった。
冒険者と自称するこの6人組をどのように料理するのかがダンジョンの管理者の腕の見せ所である。
管理者には筋力も敏捷性も耐久力も必要なかった。
もちろん外見の良さも不要である。
求められる資質は知性と精神力、この2つだった。
ススルーカテコンの見るところ、テニアスの知性は人間としては最高水準にあると思われる。
グレーターデーモンはダンジョンに侵入してくる冒険者を評価するために、その特性を6つの要素で評価していた。
6要素の組み合わせで魂の味の方向性が決まり、合計が大きいほど一般的に魂の味はいい傾向にある。
そして、ダンジョンの何層まで到達できたかで魂の大きさが決まった。
試しにテニアスを評価すれば、筋力、敏捷性、耐久力は低く、知性、精神力は高い。
こういう能力の持ち主の魂は淡白であっさりとした味わいとなりススルーカテコンの好みである。
残念ながらダンジョン開業前なので、取り決めによりテニアスを狩ることはできない。
死にかけていなければ取っておいて開業後に美味しくいただくという手もあったのだが、それができなかった。
このため次善の策として、死亡時に新たな生き物に生まれ変わらせる転生の魔法を使う。
直接テニアスの死に関与したわけでなく、テニアスが自発的に望んだのであれば高位存在との取り決めには違反しないはずだった。
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