第42話 贋作は虚飾の始まり
「今日もお疲れ様でしたぁ~」
「おう。ありがとうな、フレティ」
「ありがとうございます!」
今日も今日とて依頼をこなし、早一週間。
シムローがフィクトゥスを短剣に直している間、俺達は延々と王都のギルドで依頼をこなしていた。
魔物退治から薬草採集。果てには別に冒険者じゃなくてもいいだろう的な、荷物の運搬作業なんかも依頼には張り出される。
しかし、金欠冒険者は贅沢なんぞ言っていられない。
一日サボってもいいだろ……的な思考こそ、冒険者が破滅へと落ちていく第一歩だとどこかの裏道に居たおじさんが言っていたような気がする。嘘だけど。
だが、何と言っても一日あくせく働いた後のメシは上手い。
今日はアータンのリクエストで、昼飯はピザを頼んだ。ここはイタリアじゃあないが、本当の石窯で焼いた香ばしいピザは、前世に食べたピザよりもずっと旨い気がする。これは嘘じゃない。
「アータン、おいしいか?」
「おいひい!」
「よかったねぇ」
トロ~リととろけるチーズに悪戦苦闘しながらも、ピザを頬張っているアータンは満面の笑みを浮かべて頷いてくれる。いっぱい食べるアータンが好きだよ、俺は。
「それにしても一週間あっという間だったなぁ~」
「ほうはへ~」
「平原に出たドラゴンフライを討伐したり、沼地に出た
「うんうん」
「バーローが
「私の知らないところで事件が!!?」
記憶にない事件を耳にしたアータンが驚愕の声を上げる。
そうか……あの時アータンは居なかったか。
いやぁ、あの時は大変だったぜ。バーローと一緒にハングリーウルフの群れの討伐に出たんだが、どうにも奴さんが発情期に入っていたみたいでな。一瞬で引きずり倒したバーロー相手に一心不乱に腰を振ったんだよ。
『ぎゃあああ!!? 助けてくれぇー!! オレはまだ初めてを散らしたくねえよー!!』
『バーロー!! 今待ってろ!!』
『あっ、でもハングリーウルフってメスでもイチモツ持ってるっていうし、メスに囲まれてると思ったら悪い気は……』
『バーロー!! お前は本当にバーローだな!!』
『ぎゃあああ噛まれたぁ!!? ラ、ライアー!! 助けてぇー!!』
『バーローーーッ!!!』
こんな有様だった。
周囲のハングリーウルフを倒して助け出したバーローは、涙やら唾液やらのなんかよく分からないネトネトした液体に塗れていたから、俺は距離を取りながら王都へと帰還した。
バーローを襲っていたハングリーウルフ……奴が雄だったのか雌だったのか真相は闇の中だが、世の中には明かされない方が良い謎もある。少なくとも俺は知りたくない。
「しっかし、毎日依頼をこなしてたおかげで路銀は貯まった! このまま剣を引き取って、ちゃっちゃとディア教国に向かおうぜ!」
「うん!」
「アータン! ピザの最後の一ピース食べるか?」
「うん!」
「おいしいか!?」
「うん! おいしい!」
「よかったねぇ」
よかったねぇ。
余程ピザが気に入ったのか、大きなピザの三分の二を食したアータンは、最後の一ピースまでをもしっかり堪能し、それを胃袋の中に納めた。
なんだか最近アータンがもっちりしてきている気がする。リーパの村もそうだったが、王都に来てからも動いた分しっかり食べているおかげだろう。出会った当初が痩せすぎだったぐらいだから、これぐらいがちょうどいいのだろうが……。
「……」
「どうした? そんなもじもじして」
「ねえ、ライアー……あれってなあに?」
「あれ?」
アータンの視線を辿ると、そこには冒険者の一人が小皿の上に乗っている白くてひんやりとしたデザートを食べていた。
「ああ、アイスクリームか」
「あれっておいしいの?」
「そりゃあ……冷たくてぇ~、甘くてぇ~、とぉ~ってもおいしいぞ~~~?」
「……」
「食べたい?」
「食べたい!」
「んもぉ、しょうがないわねぇ~~~!」
こんなにも瞳をキラキラ輝かせているアータンを裏切れるはずもなく、俺は仕方なくアイスクリームを注文した。
数分後、酒場の熱気とは裏腹にひんやりと冷えたアイスクリームが配膳されてくる。
「うわぁ……おいしそぉ……!」
「急いで食べると頭キーンってなるから気を付けろよ~」
「うん! いただきます!」
手を合わせ、アータンはアイスクリームをスプーンで食し始める。
次の瞬間、クリクリと丸い少女の瞳はカッと見開かれた。
「ふわぁあ……おいしぃ……! 冷たくて滑らかで、ミルクの優しい甘みが口いっぱいに広がる……!」
アータンは初めて食したアイスクリームに感嘆しているようだった。感嘆アータンだ。
一口目を十分に堪能したアータンはと言えば、その後、我を忘れたかのようにパクパクとアイスクリームを口に運んでいく。決して多い量ではないが、しっかり長く堪能できるよう小さいスプーンが付属されているのは、店側の計らいであろう。
すると、
「い、いたたッ!? 頭痛ぁ~!」
「あぁ~、だから言ったのに」
「嘘じゃなかった……!?」
冷たい物を一気に食べて頭痛に襲われるアータンは、俺の豆知識が真実であったことに驚いていた。
残念だよ、アータン……それが俺を信用しなかった報いだ。
……え? 日頃の積み重ね?
それを言われちゃあねぇ。
まあ、これを眺めるのも乙だとニコニコしながら眺めていると、最後の一口を前に頭痛と戦っていたアータンは、ハッとした表情でこちらを見据える。
「ライアーも……食べる?」
「え? 何を?」
「アイス。私ばっかり食べるのもあれだし……だから、一口あげるね!」
「お、マジか。ありが……」
「はい、口開けて」
「マジかッ!!!」
てっきり皿ごと寄越されると思っていた俺は、差し出されるスプーンの上に乗ったアイスクリームを前に席を立ち上がってしまった。
だってアータンの『あーん』だぜ?
しかも、アータンが食べてたスプーンで。
これってつまり、間接キス……?
いや、しかし待て。
無知を盾にするなど言語道断、恥ずべき行為だ。小さい子供に親がほっぺにキスしても問題はないが、これが成長に大きくなってくればまた話が変わってくる。
結局こういうのは当人の主観。当人の了承を得てから行動に移すべきだと、俺の良心と心の中の両親が叫んでいる。
「いいい、いいのかアータン……!!?」
「えっ? 別にいいけど……」
「そのスプーンで食べちゃっても大丈夫なのか!!?」
「うん。それより早くしないとアイス溶けちゃうよ?」
「そ、それもそうだな。じゃあ、いいいいいいいただきますすすすっ」
「未だかつてないほどの上下振動!!?」
俺は緊張でガタガタと震えながら口を開く。
だが、あまりにも俺が食べたくて食べたくて震える所為で、スプーンを突き出す アータンの手元も狂ってしまう。
するとだ。酒場の熱気で溶け始めていたアイスクリームが、その僅かな手元の動きによってスプーンの窪みから滑るように零れ落ちていき、
ペシャ。
「あ」
「あああああああアータンからの施しぃいいいいい!!!」
「そんなにショックだった!? あっ、ご、ごめん。ビックリしちゃって……また新しいの頼む?」
「いや……大丈夫だ。その気持ちだけで嬉しいさ……」
「滝のような号泣してるのに!!?」
今回ばかりは〈幻惑魔法〉ではない。
心の底からの男泣きで滂沱を顕現させる俺は、しばし酒場のテーブルに突っ伏していた。
「くっ、ふぐぅううぅうううう……!!」
「ラ、ライアー……今度は一緒に食べよう? ね?」
「うぐっ……はい……!」
今はその心遣いが苦しかった。
千載一遇のチャンスをむざむざと……。
そんな感じで悔しがっていたのだが、離れたテーブルでこちらを眺めていたバーローが血涙を流している姿を目撃していることに気付いた。
すると途端にだんだん涙が引っ込んでくる。
悪いな、バーロー。
お前は女と一緒に飲むことさえできないもんな。
そんな感じに勝ち誇った笑みを浮かべると、バーローはおもむろに手を上げて注文を叫んだ。
「フレティ! オレにもアイスクリーム一つ!」
「かしこまりましたぁ~」
「んで、オレに『あ~ん♡』してくれぇー! 頼むぅーーーっ!」
「あ~ん♡ですか? かしこまりましたぁ~」
「え、マジ? やったー! フレティにあ~ん♡してもらえるぞぉー! どうだ、ライアー! 女の子にあ~ん♡してもらえるのはてめえだけの特権じゃねえんだぜぇーーー!」
「お待たせいたしましたぁ~」
「待ってましたぁー! ……え? フレティ? なんでスプーンの上にアイス全部乗ってる? おいおいおい、まさかそれ全部口突っ込む気じゃ……」
「はい、あ~ん♡」
「ふがごごぐぐぎがっ!!? あ゜ぶらばぁっっっ!!! 頭と喉と歯に突き刺すような痛みがぁーーー!!?」
「見ろアータン。あれが色欲と嫉妬に塗れた男の末路だ」
「うわぁ……」
お口がマグマの煮え立つ火口の如き様相になっている男に、アータンが引いたような声を漏らす。
うん、とりあえずだ。
バーロー、お前は歯医者行け。
「その症状、知覚過敏かもしれません」
「誰に言ってるの?」
***
『Butter-Fly』で食事を終えた俺達は、その帰りの足で『Adulter』へと向かっていた。
シムローがちゃんと有言実行したのであれば、今日明日ぐらいにフィクトゥスの改修は終わっているはずである。
「ま、酒に酔ってて全然進んでない可能性は無きにしも非ずだがな」
「本当にそんな人で大丈夫なの……?」
「情熱は確かなんだよ、情熱は」
なんて他愛のない会話をしながら店に続く裏道に入った。
その時だ。
「──いい加減にしやがれ!」
「まあまあ、そう言わずによぉ」
「「!」」
シムローの怒鳴り声が響き渡ってくる。
俺とアータンは即座に互いの顔を見合い、小走りで店の方まで向かって行く。そして、ある程度店の傍まで近き、角からこっそりと店の様子を伺った。
そこには当然シムローと、もう一人……いや、二人分ほど人影があった。
「(あの人達、誰だろう……?)」
「(……匂うな)」
「(やっぱり?)」
「(アイスクリームの芳醇な匂いが)」
「(あっ、私!?)」
アータンはちょうど俺の顔の真下に頭を付けている形だが、なんかもう全身から甘い良い匂いが立ち上ってきてどうにかなりそうだった。
めっちゃいい匂いだ。っていうか、普通にバニラの香りがする。
ビュートの奴め……バニラビーンズの栽培に成功しやがったな。異世界でバニラアイスなんぞ作りやがって。今度はチョコミントアイスをよろしくお願いします。
そんな邪念が沸々と沸き上がるのを横目に、店の前で言い争うシムローはヒートアップしていく。
「どんな旨い話を持ってこられようが、今更てめえの儲け話になんぞ乗らねえよ! ダートル!」
「そう言うなって、シムロー……お前、嫁さんと倅に出ていかれたんだろ? 色々物入りじゃあねえのか?」
「出てったのはてめえの
「おいおい、ありゃあお前の同意もあってだろう? おかげで嫁さんと倅に飯を食わせてやれたじゃあねえか」
「厚かましいこと言いやがって!」
カンカンに憤慨しているシムローの前に立つのは、これまた浅ましい笑顔を浮かべた背の小さいやせぎすの男だった。
『ダートル』と呼ばれた男は、鎚を片手に怒っているシムローを宥めながら、店先に並んでいる商品を視線だけで物色する。
「シムローよぉ、最近聞いたぜぇ? あれから逆に名剣やら伝説の武器のレプリカを作って、そいつを売り捌いてるみてぇじゃねえか」
「……汚ぇ商売なんかしてねえぞ。買う奴にゃきっちり贋作だって伝えてる。てめぇと違ってな」
「そう怖い顔するなよぉ。俺も聞いたぜぇ。『あの店の武器を持ってると、自分が伝説の勇者みたいになったようで良い気分だ』ってな」
ダートルと呼ばれた男は店内に入ろうとする。
それを止めようとしたシムローではあったが、彼が割り込むよりも前に、ダートルよりも大柄で大剣を背負った大男が立ち塞がってきた。
シムローが苦々しい表情を浮かべる一方、まんまと店内に足を踏み入れたダートルは、飾ってある武器の一つ一つを舐めまわすように物色する。
「どれも良い武器だぁ……随分腕上げたみてぇじゃねえか」
「てめえと違ってな。鍛冶屋は一生勉強よ」
「……そうかい、そりゃあ殊勝なこって」
「はぁ~、そろそろ帰れや。ぼちぼち客が来る約束があるんだよ。てめえみてえな胡散臭ぇのが居ると、客も寄り付かねえだろうが」
「……なあ、シムロー。こいつをもっと広く売りまわろうって気はねえか?」
「……なんだとぉ?」
ダートルの言葉に、シムローの眉尻が上がった。
「そうだ、せっかく手間暇掛けて作ったレプリカなんだろ? こんな冒険者向けの値段、適正価格以下も甚だしすぎるぜ!」
「……それで?」
「もっと広く……贋作でも欲しがる収集家や貴族に向けて高く売り捌くんだよ!」
ダートルは興奮した声色で言い放った。
シムローは……まだ面白くない顔をしている。一度騙された相手を前にしているのだ。どれだけ旨い話であろうと疑うのは当然だ。
しかし、そのようなシムローの表情を厭わぬダートルは弾んだ声で続ける。
「お前の腕は金の腕だ、金を稼ぐ才能がある! こんな裏路地の鍛冶屋で腐らせるとくにゃもったいねえ! 俺と一緒にもっと稼いで日の目を見ようぜ!」
「稼いで……どうなんだ?」
「王都の一等地に店を出そう! 従業員も雇って量産して、王都以外にも山ほど売り捌くんだ! そうすりゃあ大金を稼げる! 『名工シムロー』なんて言われちゃったりもしてな! 新しい嫁さんだってもらえるはずさ!」
「……そうか」
「どうだ? 悪い話じゃあ──」
そこまで言いかけた瞬間、ダートルの顔の横を何かが通り過ぎた。
直後、店内に轟音が鳴り響いた。木の板が砕かれるような、乾いた断裂の音だった。
瞬時にひりつく空気に冷や汗を流したダートルが恐る恐る振り返れば、彼のすぐ横の壁には、鍛冶に使う鎚の頭部が壁の中にめり込んでいるではないか。
これはシムローが投擲した私物だった。
年季の入った金属部分は、もしも頭部に命中すれば、頭蓋骨を陥没させるなど容易いであろう。
一歩間違えれば脳漿をぶちまけていたかもしれない。
そう理解したダートルは、思わずその場に尻もちをついた。
「ひ、ひぃい!!? な、なにしやがんだシムロー!! 危ねえじゃねえか!!」
「分かっちゃいねえなぁ、てめえはよぉ……」
「な、何が……!!?」
「オレ様はなぁ、金を稼ぐ為に鍛冶屋やってんじゃねえんだよ」
「あぁ!!?」
訳が分からないと、せめて大声を上げて威圧するダートル。
しかし、シムローの放つ大音声はさらにそれを上回っていった。
「オレ様はよぉ……鍛冶に魂を売ってんだぁ!!! 客には夢を売ってんだよぉ!!!」
「ひっ!?」
「そもそも飾るだけでロクに振りもしねえ収集家やお貴族様は客じゃねえんだよ!!! オレ様の打った武器を握って、過去の英雄から勇気を分け与えてもらえるような……そして、いつかは手前が伝説の勇者になってやろうって馬鹿野郎共がオレの商売相手だ!!! てめえみてぇな金稼ぎしか頭にねえ奴が知ったような口利いてんじゃねえぞ、ボケがぁ!!!」
「っ……て、てめえ!!」
「あとよぉ、てめえは何度もぶち殺されても文句は言えねえ怒りをオレ様から買ってんだ!!! 今すぐ殺されたくなきゃあ、さっさとその汚ぇ短足を店ん中から退かしな!!!」
口喧嘩はシムローの圧勝だ。
ダートルの方は顔を蒼褪めさせ、萎縮し切っている。今すぐにでも退店しなければ本当に自分を殺しに来そうなシムローの怒り狂う姿に、最初の余裕……いや、舐め切った様子は消え去っていた。
しかし、それが逆に相手に危機感を覚えさせてしまったのだろう。
「お、おい!!」
「うす」
「なんだ、てめえは!!?」
「俺が店の商品集める間、そいつを押さえとけ!!」
「なんだとぉ!!? おいダートルぅ!!! てめえ、ふざけ……うぐっ!!?」
清々しいほどのダートルの犯罪宣言に動き出そうとしたシムローであったが、直後に大男が彼を取り押さえ、地面に組み敷いてしまう。
何とか藻掻くシムローではあるが、無駄に力だけはある悪漢の拘束を振りほどくことはできない。
その間にも、ダートルは血眼で高そうな武器を探していた。
「へ、へへへっ!! 素直に俺の儲け話を受け入れてりゃあ、もっと穏便に済んだのによぉ~!! ……お? この短剣……」
「!! おい、そいつぁ客が引き取りに来る武器だ!! 汚ぇ手で触ってんじゃねえぞ!!」
「……そこまで必死になるからにゃ、よっぽど良いブツなんだろうな。どれどれ……」
「ダートル!!」
「……なんだこりゃあ? なんの贋作だよ」
そう言ってダートルが手に持っていた短剣は……おいおい。
俺のフィクトゥスじゃねえか!
「武器の見た目だけが取り柄のてめえが、生意気にオリジナルかぁ? 身の程を弁えやがれ。こんな安物作りやがって」
「今すぐそいつを放せ!!! 殺すぞ!!!」
「……てめえ、この期に及んで自分の立場が分かってねえようだな」
目元に暗い影を落とすダートルは、おもむろに壁に突き刺さっていた鎚を取り出す。
すると奴は、手に持っていた短剣──フィクトゥスをカウンターに置くや、握りしめた鎚を頭よりも高い位置に振りかざしたではないか。
「へっ、『客から預かった武器を折っちまう最低最悪な鍛冶屋』って……悪評はどうだ? きっと折角常連になってくれた客も離れるだろうよ」
「ダートルゥゥゥゥウウ!!!」
「俺に逆らったのがてめえが悪いんだ!! これが神の鉄槌だぁー!!」
「はーい、そこまででーす」
パシッとな。
鎚が振り降ろされる寸前、ダートルの背後に回り込んでいた俺はその腕を受け止めた。
振り向いてくるダートルも、突然現れた俺に驚愕しているのか、目を白黒させながらこちらを見上げてくる。
「……は? だ、誰……?」
「貴様が客を神様だと思うなら神様だ」
「いや……お前俺の客でもなんでもねえだろ……」
「不敬っ!!」
「ぶべらぁ!!?」
怪訝な顔をした犯罪者に神のビンタを喰らわせる。
右頬に打ち付けられ、左頬まで突き抜ける凄まじい衝撃。それを喰らったダートルは、見事なトリプルアクセルを決めながら店の外へと吹っ飛ばされていく。
そのままシムローを組み敷く大男に直撃したダートルは、大男も巻き込んで裏路地の壁へと突っ込んでいった。
うーん、これは芸術点高めですね。
「い……いぎゃああああ!!? 顎、顎がぁ~~~!!?」
「今のは神の裁きだ……今退かねば、次はこの短剣で神の捌きを見せてくれよう……」
「誰!!? 本当に誰なのぉ!!?」
「神様という名の客だ」
「じゃあ客なんじゃねえか!!」
「ラ、ライアー……」
「よーう、シムロー。カスハラ受けてんなぁ!」
「カスハラ……? んだそりゃあ!?」
「カスのハラスメント、略してカスハラ」
「若干目ぇ逸らしてんじゃねえぞ、ガキ。嘘だろ?」
「バレたか。まあいいや。揉め事ってんなら衛兵呼んで来てやろうか?」
「……けっ! 別に呼ばれなくったってどうにでもなったわ!」
「そう? まあもう呼びに行っちゃったんだけど」
アータンがね。
などとシムローと話し合っていれば、『衛兵』という単語に反応したダートルが、痛みに転がっていた状態から何とか立ち上がってくる。
「て、てめえ!! 余計な真似を!!」
「あららら? 衛兵呼ばれると困っちゃうことしてたのかナ~? ……人の子よ、今ならまだ間に合います。神に懺悔し、罪を告白なさい」
「誰がてめえなんぞに!! もういい……衛兵が来る前に片づけちまうぞ!!」
「……うす!」
遅れて立ち上がってきた大男。
俺よりもはるかに身長の高いそいつは、身の丈ほどの大剣を背中から抜く。
「おいおい、刀傷沙汰を起こしちゃったらそれこそ取返しつかんぞ~?」
「へ、へへへっ。死人に口なしよ……おい、やっちまえ」
「ったくよぉ。親父~、フィクトゥス借りるぞ~」
相手が武器を構えたのを見て、俺はカウンターに置いてけぼりにされていたフィクトゥスを手に取った。
長さは以前の半分……いや、三分の一ってところか。
これで大剣相手にやり合おうなんぞ、無謀にもほどがある。
それを知ってか否か、組み敷かれてからずっと地面に伏せたままだったシムローが、慌てたように声を上げた。
「おい、馬鹿!!? 短剣如きで大剣に敵うはずないだろ!!?」
折られるのが関の山だ! と。
シムローはそう言うが、
「いいから信じろ」
「はっ……!?」
「アンタが打ち込んだ魂って奴をよ」
大剣を振りかざす大男に、俺もまたフィクトゥスを構える。
間合いは歴然。向こうの方が断然広い。
しかし、だ。
「……死ね!!」
「フッ!!」
一閃。
奴の大剣の間合いの中で俺が剣を振るえば、宙にクルクルと何かが舞った。
数秒後、甲高い金属音を鳴り響かせて落ちてきたのは巨大な刀身。
折ったのではない。
斬ったのだ。
肉厚な鋼の刃を、たったの一振りで。
「なっ……!?」
「あぁ……!?」
シムローとダートルは顎が外れんばかりに口をあんぐりと開けていた。
それも当然だ。大剣と短剣では明らかに刀身の厚さも違う。細い剣を折るならば想像がつくだろうが、大剣の分厚い刀身がすっぱりと斬られるなど誰が想像できようか?
「──良い仕上がりだぜ、親父」
何より、フィクトゥスは変形していた。
〈虚飾〉の〈罪〉の影響を受けた罪器は、以前と変わりなくその権能を存分に発揮するかの如く、刀身を長大に伸ばしてみせていたのだ。
フィクトゥスに出来ることは形を変えるだけ。
しかし、それでいい。それでいいのだ。
「さてと」
「ひぃ!?」
ぎょろりと振り返れば、ダートルから情けない悲鳴が上がる。
だが、今の俺は愛剣を馬鹿にされてカンカンだ。むしろフィクトゥスを見せつけるように振り回し、鉄仮面から閃く鋭い眼光と共に悪党共を威圧する。
「お前……さっき俺のフィクトゥスを安物とかなんとかほざいちゃってたかなぁ~?」
「あ、あれは、その……」
「商売人ともあろうモンが魔道具さえ分からねえたぁ……目利きの才能ないじゃないのぉ~? ぷぷぷーっ!」
「う、うぐぐ、ぐぅ~!!」
ダートルは悔しそうに歯嚙みしている。
そうだろう。罪器でなくとも魔道具は高級品。売れば金貨数十枚にもなるのだから、商売人としては絶対に見逃せない一品であるはず。
それをまずまず『安物』と言い切るとは……こいつは本当に口ばかりが達者で、鍛冶としての才能は皆無のようだ。
「やるにしたってもうちょい勉強してからやりな。ま、それも豚箱に行ってからだがな」
「ち、ちくしょ~~~!!!」
ダートルと大男はやけくそになって襲い掛かって来る。
が、結果はお察しの通りだった。
武器を見る目を養えない奴が力量差を量れるはずもないってこった。
***
「はぁ~……」
「お疲れだな、親父」
「あのバカのせいで余計な時間食っちまったからなぁ」
無事、ダートルと大男が衛兵に連行されていった。
シムローにも大した怪我はなく、少しばかり荒れた店先を掃除すればすぐにでも店を開けるだろう。
そんな中、俺とシムローはわざわざ店先に座り込みながら話していた。
「……一つ訊いてもいいか?」
「うん?」
「てめえ……いつオレの武器を魔道具にしやがった?」
「使い込んだら勝手になったから、いつとかは憶えてねえな」
「なんだよ、そりゃあ……」
疲弊した様子のシムローは顔を手で覆い、次第にその肩を揺らし始める。
「おい? 親父?」
「──くくっ、ギャーッハッハッハ!!」
「おやじこわれちゃった」
「馬鹿言うんじゃねぇ!!」
そう言ってシムローは俺の後頭部を叩く。控え目に言って痛い。
「痛ぇっての! もうちょい手加減してくれよぉ」
「るせぇ!! ハハハハハッ、はー、面白ぇ……しばらくぁ酒場のネタにも困らねえや」
「ったく……飲む量もほどほどにしろよ? 俺の剣の面倒看られるのはアンタだけなんだから」
「ッ──そう、だな。……飲むのはビール三杯までにしといてやらぁ」
「分かってねえじゃねえか!」
「「ギャッハッハ!!」」
そうやって一頻り笑ったシムローは、目尻の涙を指で拭いつつ、俺の腰に佩かれた二振りの剣を見やった。
「どうだった? 新しい剣はよぉ」
「最高だったぜ。ドラゴンフライやクレイシザーも一刀両断よ」
「クレイシザーもか! あんだけ硬い甲羅の奴を斬れんなら上等だな! オレ様も腕を上げたもんだぜ……」
「自分の才能に惚れ惚れか?」
「いや、」
そこまで言ってシムローの表情が暗くなる。
「……オレにもっと才能がありゃあ、嫁にも倅にも逃げられるこたぁなかったろうにな」
「……シムロー」
「ああ、勘違いすんじゃねえぞ? 別に嫁に戻って来てほしいとかは思っちゃいねえ」
ただ、と一拍置いて、
「……倅が上手くやっていけてるかだけが、オレにゃあ心残りだ」
「……どこに行ったか見当は?」
「さてな。風の噂じゃあ東に向かったとは聞いちゃいるが……」
それ以上のことは何も知らないと、そんな口振りだった。
今どこで生きているかも分からない子供の身を案じるシムローは、深々とため息を吐きながら俯く。
「……なあ、ライアー」
「なんだ?」
「もしも倅に会ったらよぉ、こう伝えてくれ。『いつでも帰ってこい』ってな」
「ああ、分かった。名前は?」
「二つ返事かよ。安請け合いしやがって……フェルムだ」
「オッケー。それとだ、知らねえのかシムロー? 勇者ってのは困ってる人を見過ごせないんだぜ」
「こんな胡散臭いガキが勇者か。笑えるぜ」
ハハハ、と乾いた笑い声を漏らした後、シムローはゆっくりと面を上げる。
そのまま俺の方を向いたシムローは、至極真剣な表情で言い放つ。
「頼んだぜ、ライアー」
「任せろよ」
そう答えて俺達は拳を合わせた。
男と男の約束に、それ以上の言葉は不要だった。
世の中金がなければままならぬことは数あれど、それでも人情というものを捨ててしまっては、世界が豊かになるはずもない。
「ついでにアンタが打ってくれた
「待てねぇよ。さっさと見つけてくれるならそれに越したこたぁねえ」
「っんの、我慢のできない大人めぇ……」
「ガハハハハッ!! てめえもいつかはこうなるんだよ!!」
「なりません~!! 俺はもっとイケメンでスマートなナイスミドルになる予定ですぅ~!!」
「そんな奴になれるのはごく少数なんだよ!! てめえも太ってハゲ散らかしやがれ!!」
「あのぉ……」
「「ん?」」
俺達が騒がしくしていると、何とも青々しい態度の青年が店の近くにやって来ていた。
装備もまだロクにそろっていないところを見るに、駆け出しの冒険者と言ったところだろうか?
青年はおもむろに口を開いた。
「ここでカッコいい剣を買えるって聞いたんですが……」
「「……」」
俺とシムローを互いの顔を見つめ合い、思わずプッと噴き出した。
そして、
「いらっしゃい! 伝説の剣の
「ただし、武器や防具は持っているだけじゃ意味がないぞ! ちゃんと装備しないとな!」
「そうすりゃいつかは伝説の勇者になれるかもな! ガハハハハッ!」
ここは贋作を買える店『Adulter』。
しかし、込められた情熱は本物ならば、この上なく頼りになる武器であることには違いない。
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