第35話 筋肉は復興の始まり




 それはリーパの村が襲撃を受けてから数日後の出来事。

 インヴィー教国聖都グラーテ大聖堂での出来事であった。


「状況は?」

「南方の海岸部より魔物の大軍勢! 数は数百体に上るかと……!」

「そうですか。なら、海上での迎撃に騎兵隊キャバリアを配置。海岸での迎撃は騎士隊エクエス従魔隊ドミトルに任せます」

「は、はい!」

聖歌隊クワイヤ召喚隊スモレーネは城壁に配置。聖工隊ファブリーはそのバックアップを。奴等を一歩たりとも聖都に踏み入らせてはなりません」

「はっ!」


 流暢な口調で指示を飛ばす騎士団長・セパル。

 彼女の指示を受けた伝令役の騎士は、早々に指示を騎士達に伝えるべく、普段は走ることを禁じられている大聖堂内を全力で駆けていった。


 その後ろ姿を見届けたセパルは、一旦心を落ち着かせる為に紅茶を口に含もうとする。

 が、ティーカップの縁に口を付けた時になって、すでに中身が空であったことを思い出した。


 空気ばかりが口を抜けていき、喉はカラカラと乾く一方。

 はぁ、と溜め息を吐いた彼女は苛立ちを隠さぬまま、荒っぽくティーカップをソーサーの上へと戻した。


「……一体どうしてこのタイミングで」

「〈暴食ぼうしょく〉でしょうか? 〈憤怒ふんぬ〉でしょうか?」


 問いかけてきたのは副団長のザンである。

 有事に際しているというのに、この淡々とした口調。おかげでセパルは少しばかり平時の落ち着きを取り戻すこととなった。


「〈憤怒〉は孤高かつ無頼の魔王と伺っております。多くの魔物を従えるとなると、やはり〈暴食〉かと……」

「……魔王の癖に己が騎士団を擁するならず共の頭領ですか」

「ならず者であればどれほど良かったことか」

「……両方という可能性は?」


 その可能性を示唆され、セパルの表情がかつてないほど険しいものと化す。


「……それは考え得る限り、最悪のパターンです。仮に〈憤怒〉と〈暴食〉──二人の魔王が手を組んだとしたならば、この聖都は終わりです」

「……団長」

「分かっております。我々は神の御命において、インヴィー教国を守る騎士として最期まで高潔に戦い抜きましょうとも」


 セパルはそう言ってから、柔和な微笑みをザンへと向ける。


「ですが、万が一もあります。聖都の住民にはすぐ逃げられるよう避難勧告を」

「はっ」

「各都市に配属されている守護天使にも早馬を走らせてください。彼らの力も必要となるでしょう」




「──だ、団長!」




「なんだ!? 騒々しいぞ!」


 飛び込むように入室する騎士に、ザンが叱責を飛ばす。

 それで僅かに平静を取り戻した騎士は、まだ蒼褪めた色から戻らぬ顔のまま、強張る顔の筋肉で必死に口を動かそうとする。


「だ、大至急お耳に入れたいご報告が……!」

「団長」

「分かりました。なんでしょう」

「そ、それが……海岸沿いの上空に……」


 ゴクリと唾を飲み込もうとする騎士であったが、極度の緊張で喉が渇いているからか、ほとんど唾は呑み込めなかった。

 喉が潤うことはなく、ただ突っ張った皮が無理やり伸ばされるような痛みが走るだけ。

 そんな飲む方も出す方もにっちもさっちもいかない中、騎士は必死に言葉を搾り出した。


「巨大なドラゴンと、それに乗る人間と思しき影が……!」

「ドラゴン? ……まさか!」


 これには普段から表情を崩さぬザンも動揺を隠せなかった。


 魔物の大軍勢に巨大なドラゴン。


 それは考えうる限り最悪な組み合わせであることを彼女は理解していた。

 団長席で静かに座っていたセパルは、閉じていた瞼をゆっくりと開く。そこにたたずむ瞳は、まるで覚悟を決めたかのように静謐かつ力強い瞳を宿しながらも、一片の絶望までは隠しきれていなかった。


「……〈憤怒〉、ですか」


 孤高無頼の怒れる魔王。

 かつて、イーラ教国のとある主要都市は〈憤怒〉の襲来により、今では一面焼け野原と化してしまった。今まで何度もイーラ教国聖堂騎士団〈一本角〉が討伐に部隊を差し向けているが、ついぞ討ち取れたという一報は届いていない。


 孤による圧倒的な暴力、それが〈憤怒〉。


 それゆえに〈憤怒〉は部下を持たない。

 これまで奴は騎乗するドラゴン以外、これといった魔物や悪魔を従えるような動向はなかった。単独で動かれるからこそ動向を把握しにくかったという点は否めない。

 しかし、そんな〈憤怒〉が魔物の大軍勢と共に現れた。


 密かに魔物を従えていた?


 それならばまだいい。

 話が奴だけで完結するのであれば、どんなにも素晴らしいことか。


 だが、それまで頑なに配下を持たなかった魔王が急に配下を用意した理由は?


 それらしい理由を用意することはできる。

 けれども、そのすべてが釈然としないものばかりになるのも否めない。

 そもそもあれほどの大軍勢を突然用意すること自体が不可能だ。仮にそういった動きがあるとして、諜報部隊の耳に入らないわけがない。

 元々何者かの手によって用意されていた戦力を動かしたと見た方が、まだ現実的である。


 つまり、あの大軍勢を用意したのはほかでもない。


「〈暴食〉……まさか、〈憤怒〉と手を組んで……?」


 一筋の汗がセパルの頬を伝う。

 新兵時代から最悪を想定しろと常々言い聞かされてきた。


 それにしたって此度の最悪は、地の底すらも突き抜けているではないか。




 ***




 聖都グラーテ海岸沿い上空に、一頭のドラゴンが飛んでいた。

 ドラゴンとは強大な魔物。強靭な鱗と強固な筋肉に守られた肉体は、やわな刃や魔法を通さぬ防御力を誇る。

 攻撃に関しても、尾の一薙ぎで木々をへし折れば、翼の羽ばたきで暴風を巻き起こすこともできる。

 そして一たび息を吸おうものならば、それは強烈なブレスと化して目の前の万物に襲い掛かるであろう。


 各国の従魔隊も、これほどまでに強力なドラゴンを飼いならそうという動きはあるものの、中々うまくいっていないのが現状だ。


「安い駒が雁首揃えやがって」


 だが、ここに一人ドラゴンの背に立つ存在が居た。

 全身に漆黒の鎧を纏い、背には一振りの大剣を背負っている。そして耳や口には痛々しいくらいの数のピアスを着け、指にはすべて指輪を嵌めているではないか。

 その他にも首枷、手枷、足枷と金色に輝く拘束具を身に着け、極めつけにはベルトで体の至る所を縛り付けていた。


──まるで自分を罰するかのように。


 その大罪人は夜のように暗い黒髪を靡かせながら、目の前に並ぶ“敵”を冷たい目で睥睨する。


 そして、ブツブツと何かを唱えた大罪人は、掌に灯った魔力の炎を放り投げる。


「一瞬で、焼き尽くしてやる」




──〈憤怒の業火インフェルノ




 次の瞬間、景色が青に染まった。

 空まで焦がさんばかりに、青い炎の壁が燃え上がる。


 悲鳴、絶叫、嗚咽。

 炎の下で奏でられていた合唱も、間もなく蒼炎に焼き尽くされた。




 ***




「おーい、あんちゃん。木材こっちに持ってきてくれ」

「あいよー」


 デジャブだ。

 と言いたいぐらい、俺は先日と同じように木材運搬に勤しむ。だが今日の手伝いは船の修理ではなく、家の方の修理であった。


 先日の悪魔との死闘。

 無事に勝利を掴んだ俺達であったが、戦いの余波は想像以上に大きく、村の家屋がいくつか倒壊する事態となった。

 先んじて住民が避難していたおかげで、人的被害はなかったことは不幸中の幸いであったか。


 しかし、家とは文字通り人間の生活に欠かせぬ衣食住の一柱。

 倒壊した家屋の住民は、今はほかの家を間借りして生活はしているものの、本来それだけの人数の受け入れを想定していない家の中は、かなり窮屈そうだった。


 彼らの生活を取り戻す為にも、できる限り早く家を建て直すべきなのは明らか。


 けれども、人手は有限。

 こうして率先して資材運搬を手伝うけれど、建築の知識を持っている人間が限られる以上、作業スピードはどうしても頭打ちになってしまう。

 流石に前世が建築業とかでもない限り、こういう場面では力になれない。


「どうしたもんだかな……」


「みんなー! お昼作ってきたよー!」


「ぃいよっしゃあああああ!!! アータンの手作り料理だぁーーーッ!!! 全員盛り上がってけぇーーーッ!!!」

『イェーーーイッ!!!』

「なにこの熱気!?」


 気分が落ちかけていた時、天使がやってきた。

 マーターや他の女性たちと共にアータンがお弁当を持ってきたのだ。性格良し、顔もかわいい。そんな天使がわざわざ自分達の為に弁当を携えてきてくれるなど、男からしてみればそれ以上ない誉れであろう。

 連日続く作業に辟易していた住民も、彼女の登場にテンションが天元突破する。俺のノリに乗せられたとか言ってはいけない。


 そんなこんなで昼食タイム突入。


 アータンお手製のサンドイッチを食べながら、俺は先日誕生日を迎えたばかりの少女と談笑する。


「にしてもなぁ~。こんな時こそ従魔隊にいてほしいよなぁ~」

「怪我してるからもうちょっとゆっくりしてけば良かったのにね。急いで聖都に帰っちゃったし……何かあったのかな?」

「セパルが暴れたとか?」

「割とそれはいつも通り……じゃなかった。それはひどくない?」

「今アータンも割とひどいこと言おうとした?」


 共通認識が暴れている女、セパル。あいつは泣いてもいい。

 いや、そうじゃなくて。


「従魔隊の魔物さえ居てくれれば、こういう建築の時もめちゃくちゃ助かるんだよなぁ~」

「そうなの?」

「従魔隊の強みはいろんな特技を持った魔物の使役。基地の作成とかも従魔隊の領分だったりするから、こういう建築に関しちゃ下手すりゃ田舎の大工より詳しいんじゃねーの?」

「へぇ~、そうなんだぁ~」


 そう言いながらアータンはサンドイッチを口いっぱいに頬張っている。ハムスターみたいでカワイイ。

 しかし、いくらアータンがカワイイからと言って世の中にはどうしようもならないことがある。


 はてさて。

 一体どうしたものやら……そう思いながらサンドイッチの最後の一口を口に放り投げた時だった。妙に芳しい匂いが風に乗ってやってくる。


「あれ? 何の匂いだろう……?」

「焼きたてのパンのかほり……」

「なんでそんな雅な言い回しなの?」


 どこかの家でパンでも焼いているのだろうか?

 だが、香ばしい匂いはどんどんこちらの方に近づいてきている。刻一刻と小麦の香ばしい匂いは濃くなっていき、たった今サンドイッチを食べたばかりだというのに、もう腹の音がぐぅぐぅと喚き始めていた……俺の隣で。


「よく鳴く虫を飼われているようで」

「ラ、ライアー!」

「移動式の屋台かもな。アータンの為にも探しに行くか」

「え~? 村にそんなお店あったっけ……?」

「村の入り口の方だな……いくぞー!」

「あっ、待ってよー」


 軽い腹ごなしに村まで歩いて向かう。とは言っても、徒歩数分もかからない距離だ。

 歩いてすぐに、見慣れぬ屋台と煙突と思しき物体が視界の端に見え始める。たしかあれは村になかったような気がするな。


「……まさか」

「心当たりあるの?」

「まさかまさかまさかァー!」

「ライアー!? まさかで通じるという思い上がりは今すぐやめて!」


 的確なツッコミを入れられながら、俺は村の入り口近くに構えた屋台──もとい、移動式屋台の下まで駆けていく。

 なんというか、デカい。屋台のくせして、下手すると村に建っている平屋よりも高さがある。高級版屋台みたいな雰囲気がある。


「わぁ、おっきい……」


 感嘆の息を漏らすアータン。感嘆アータンだ。

 けれども、彼女が大きいと評したのは屋台の方ではない。屋台部分をけん引するハンドル。そこを握っていたのは巨大な山を彷彿とさせる──。




「「「クマッスル!」」」




「なんて?」


 デカい熊が三匹。そいつらが一斉にポーズを決めて吠えた。

 大中小とサイズが違う熊が三体ハンドルを握っていたが、どいつもこいつも筋骨隆々で普通の熊ではありえない逆三角形の体型をしている。


 なんて筋肉だ……大胸筋が歩いてやがる……。


「こいつら、筋肉熊キンニクマだな」

「もしかして魔物!?」

「まあ待て、アータン。杖をしまいな。こいつらは別に凶暴な魔物じゃない」

「そうなの? こんな怖い顔してるのに……」

「怖いなんて失礼だぞ。見ろ、この澄んだ外眼筋を」

「外眼筋は見えないよ」


 まあ確かに眼球動かす筋肉は見えないが、それを補ってあまりあるほど体の筋肉は仕上がっている。

 文字通り、こいつらは筋肉に取りつかれたクマ型の魔物だ。

 筋肉こそ彼らの母であり、父であり、そして神であるのだ。


「キンニクマ達は己の筋肉に誇りを持っている。オス同士の縄張り争いも筋肉の大きさで雌雄を決し、メスへの求愛も己の筋肉一本で男らしさをアピールする」

「筋肉だ……」

「その筋肉を作り上げる為にキンニクマは良質なたんぱく質を求めている」

「筋肉だ……」

「そこで低脂質高たんぱくな豆を主食にしている」

「意識が高い……」


「「「クマッスル!」」」


 自分達の努力を誉められて嬉しいのか、キンニクマ達がポージングを決めてくれた。ナイスバルクだぜ。


「でも、良質な筋肉には時に脂質や糖質も必要だ。その時にはどうしても肉を食べなきゃいけなくなる」

「じゃあ、やっぱり人間を襲ったり……!?」

「週に一回チートデイを設け、自分へのご褒美に好物のサーモンと蜂蜜を食べるんだ」

「ストイックだ……」


「「「クマッスル!」」」


 再びキンニクマ達がポージングを決める。見事なダブルバイセップスだ。上腕二頭筋が煉獄山の如く隆起しているぜ。


 このように何かとポージングをしてくれるキンニクマ達だが、それもれっきとした生態由来の行動だ。


「アータン。実はな、キンニクマ達は筋肉を誉められるとポーズしてくれるんだ」

「え? なんで?」

「なんでもメスのキンニクマ達の鳴き声に反応するのと同じ理由らしい」

「そうなんだ……」

「試しに少しやってみるか?」

「試しにって……」


 半信半疑のアータン。

 だが、百聞は一見に如かず。やって見せた方が話は早いだろう。


「ふくらはぎ子持ちサーモン!」

「「「クマッスル!」」」

「筋肉が詰まりすぎてるよ! 密です、密です! 蜂蜜も詰めてやらんかぁーい!」

「「「クマッスル!!」」」

「そこまで仕上げるには眠れない冬もあっただろう!」

「「「クマッスル!!!」」」


「なにこれ?」


 俺の掛け声に応じて次々にポージングをしてくれたキンニクマ達。

 お前たちのナイスバルク……俺は忘れないぜ。俺も一度はあれぐらいムキムキになってみたいもんだ。


 だが、残念かな……この筋肉の素晴らしさにアータンはいまいちついていけてなさそうだ。ポカーンと口を開け、唖然としている。


 このように屋台のハンドル付近で騒いでいると、屋台の側面に屯していた子供たちが不思議がって集まってきた。子供は揃いも揃ってパンをその手に持っている。焼きたてホカホカらしく、白い湯気が立ち上っていた。


「これ、パン屋さんなんだ……」


 熊が屋台を引いているからといって、サーモンを売りさばいているわけではなかったらしい。


 まあ、俺はわかっていたけれども。


「この屋台……おぉーい! 居るんだろぉー?」

「え?」


 知り合いなの? とアータンが俺に問いかけようとした瞬間、屋台の中からひょっこりと何者かが顔を覗かせる。


 そいつは──。




「パン、食べるかい?」




 運搬マン! ……じゃなかった。

 キャリーパンマン! ……でもなかった。


「よぉー! 久しぶりだな、ビュート!」

「なんだ、ライアーか。豆パン食べる?」

「豆パンマン!」


 もうダメだ。こいつは愛と勇気だけしか友達がいなくなってしまったらしい。

 このフルプレートアーマー……こいつは俺の知り合い、ビュートだ。そいつは再会祝いにと焼きたての豆パンを手渡してくれた。

 ウッヒョー! 焼きたての豆パンだぜぇ!

 流石フルプレートアーマーは違うな。俺みたいな金欠冒険者と違って気前がいいぜ。


「いや、それ流行ってるの!?」


 なんだか後ろから威勢のいいツッコミが聞こえてきた気がする。


「どしたんアータン?」

「鎧! だって鎧! 全身鎧!」

「……? 厨房は戦場だろ?」

「魔物を〆るところから始めようとしてる!? だとしてもフルプレートアーマー着る人居ないでしょ!」

「居たさ、ここにな!」

「居たけども! 私のこの気持ちを受け止めて!?」


 アータンの気持ちを受け止めろと言われたらやぶさかでない。仕方なく彼女の気持ちを一旦受け止める。


「その……なんなのこの人は? どちら様?」

「知り合い。以上」

「それ以上! 情報! 所望!」

「韻踏んできたな」


 ラップ調になるぐらい人の過去を知りたいってのかい?

 アータンは欲しがりだねぇ……。


「昔一緒のパーティー組んでたやつだよ。んで、今は『Butter-Fly』のオーナーやってる」

「『Butter-Fly』……え!? 王都の、あの!?」


「うん。普段はマスター──ピュルサンに任せてるけれどね」


 ビュートはなんてことがないように答える。

 しかし、王都の冒険者ギルド内の酒場など、立地としては一等地にあるといっても過言ではない。あそこに店を構えられるなど、それこそ一部の成功者にしか許されない偉業だろう。

 そんな酒場のオーナーを務めている男こそ、今目の前に居る全身鎧尽くめのこいつであった。


「いやぁ、やっぱり全身鎧尽くめってのは才能に溢れちゃうのかなぁ~?」

「そういう割にはキミはここで何してるんだ?」

「たてなおし」

「人生の?」

「豆パン顔面にぶつけてやろうか?」


 お前から貰ったばかりの豆パンはホッカホカだぞ? 凶器足りうるぞ?


 まあ、こんな軽口を叩けるぐらいにはビュートとは気の置けない関係ということだ。

 なのにどうしてパーティーを解散したのかって?


 そりゃあよぉ……。


「聞いてくださいよ、アータン先生。こいつ、故郷くにに女作りやがったんですよ」

「えっ!? ご、ご結婚されて……?」

「……誤解を生むような言い方はやめてくれ。彼女とはそういう関係じゃない」

「こいつぅ~、同棲してるくせにぃ~」

「どどど、同棲!?」


 あからさまにアータンが動揺する。

 そうか、まだアータンに同棲は刺激が強すぎたか。

 そうだよ。こいつはきっと同じ屋根の下、一緒にご飯食べたり、お風呂に入ったり、同じ寝室で寝たりしてんだよ。


「ッカァー! きっと家でイチャイチャしてんだろうなぁー! カワイイ女の子と蜂蜜みてぇに甘ったるい毎日過ごしてんだろうなぁー!」

「だから彼女とはそういう関係じゃ……」

「じゃあ大切じゃないってのか?」

「大切に決まってるだろ!!! ボクは命を賭して彼女を守る覚悟があるっ!!!」

「結婚しやがれぇーーーっ!!! 責任取って幸せな家庭を築けぇーーーっ!!!」


「五月蠅っ」


 男同士熱く叫び合ったが、どうにもアータンの琴線には触れなかったらしい。


 しかし、今語ったことからもわかる通り、ビュートは故郷に居るとある女の子の為にパーティーを抜けた。その時期、もう一人だけパーティーメンバーが居たのだが、そいつはついでのような形で抜けていって、俺は晴れてソロパーティーになっちゃったのである。

 そこ、ぼっちとか言うな。


「……あれ? じゃあ、この人……」


 不意に冷めていたアータンが何かを悟った。

 鋭いな。ちゃんと俺の話を覚えていてくれていたようで嬉しいよ。


「アータン……今こそあの質問をする時だ!」

「えぇ……いいのかなぁ……?」


「……何がだい?」


 怪訝にビュートは小首をかしげた。

 そんな奴の下に恐る恐るアータンは恐る恐る歩み寄っていく。


「あ、あの……一つお伺いしてもいいですか?」

「ボクに答えられることなら」

「じゃあ……きのこ派ですか? たけのこ派ですか?」

「は?」


 『お前何言ってんだ?』という視線が俺に突き刺さってくる。

 なんでだ、質問したのアータンやろがい。


「……キミの入れ知恵か」

「炊き込みご飯の具でそんな敵意向けてくることある?」

「いやまあそうなんだけど」


 なんか勝手に対立構造作られて釈然としないなぁ、とビュートは当時を思い出していた。


「たしかボクはたけのこが好きと言ったけど……」

「パンダさんの味方なんですね」

「カワイイ言い方するね、キミ」


 そうだろそうだろ、アータンはカワイイんだ。

 あの白衣の天使に喧嘩売るような翼の折れたエンジェルとは違ってな。


 俺が思い出に浸る一方、一つの疑問が解けたアータンは神妙な面持ちで答えを噛み締めていた。


「たけのこ派なんだ……」

「きのこも好きだよ? ただあの時はたけのこだけ貶されたのが許せなかっただけだから」

「パンダさんの味方じゃないんですか!?」

「時と場合とパンダによるよ」


 ビュートが真面目な顔で訂正する。

 そうだよな、世の中には救いようのないパンダもいるもんな。


 と、ここまでの会話からうっすらとお判りいただけるように、こいつは食べ物に関しては常人よりも敬意を払っている。

 酒場のオーナーやっているのもあるが、それ以上に故郷でやっている仕事も関係しているだろう。


「アータン。こいつ実はな、故郷にデケェ農場と牧場持ってんだ」

「農場と牧場を!? す、すごい……!」

「しかも従魔の才能もあるから、農業と畜産業に便利な魔物を従えて普通のところより効率よく作物を収穫できるんだ。まさに一国一城の主ってわけよ」

「あっ、魔王ってそういう……」


「ボクのこと魔王って紹介したの? キミ」


「たけのこ派の魔王……」


「アータンちゃん? それはもう山の王を名乗るべきなんだよ」


 至極まっとうなツッコミが返ってきた。

 よかったな、アータン。こいつのツッコミの感性はお前に近いらしい。


 それはさておき、この世界においてデカい農場や牧場を持つことは結構なステータスだ。現代日本でも金持ちな農家さんがちらほらテレビに出演していたりもしたが、こいつはまぁ先の女の子と一緒に稼いでること稼いでること。俺にもちょっと分けてほしいくらいには儲かってやがるんだ。


「そんなビュートさんがこんなところに何用ですかねぇ、えぇーーーっ!!?」

「なんでそんな喧嘩腰なんだよ。まあ、うちの商売は大陸展開だからね。今度インヴィー教国にも『Butter-Fly』の支店を出そうと思って、食材の仕入れ先を探してたんだよ」

「それでリーパの村に?」


 そうアータンが訊いてみるが、ビュートは『ううん』と首を振った。


「たまたま聖都で悪魔の被害に遭った村があるって聞いてね。うちはそういう場所への支援を手厚く行うのがモットーだからね。いわゆる慈善事業だよ」

「わぁ、立派……!」

「そのついでに仕入れ先の下見に来たのではなくってぇ!?」

「荒波の如く舵を浚っていくな、キミは。まあ、そういうところ嫌いじゃないけど」

「俺はそういうお前の淡々としたツッコミ好き」


「「えへへへへ」」


「仲良し……」


 なんて旧知の仲らしいやり取りを挟みつつ、話題は村の被害の方へ戻る。

 村を見渡すビュートはうぅんと難しそうな声で唸った。


「なるほど……たしかに荒れているね。これは復興も時間が掛かりそうだ」

「どうよ、ビュート。この村直してくんね?」


「そんな軽い口調で!?」


「いいよ」


「そんな軽い口調で!?」


 あまりにも早い即答にアータンは驚いた。


 だよね、俺もびっくりした。


 けれども、ビュートだって冗談で言っているわけじゃあない。


「ただし条件がある」

「じ、条件?」

「この村から魚や貝……海産物を仕入れる時、少し値段を引いてもらいたい」

「……それだけですか?」

「それだけだよ」


 拍子抜けしたようにアータンが唖然としているが、商売人──ましてや従業員を養っていかなくてはならない立場として、コスト削減はけっして軽視できるものではない。


「それと、流通の拠点としてここに品数とかを管理する為の建物を建てたい。その土地を譲っては貰えないかな?」

「はぁ……? でも私にそんな権限とか……」

「分かっている。だからこの話はちゃんと村の代表の人と話し合って決めるよ」


でも、とビュートは一言間を置いた。


「ここはキミの村なんだろう?」

「!」

「だったら、キミもこの村で何をするかは知っておきたいんじゃないかな?」


 ニコリ、と。

 兜のせいでその目元は窺えないが、柔和に笑ったような雰囲気のビュートに、アータンは少しうつむいてから面を上げた。


「……はい!」


 先日、アータンはこの村で18歳の誕生日を迎えた。

 自分自身忘れていた誕生日を姉の養親に教えてもらうという形で、だ。

 そのおかげでアータンは養親二人を本当の家族として受け入れることができたし、この村を第二の故郷として受け入れることもできた。


 アータンにとってこの村の出来事はもはや他人事ではない。

 それを彼女自身よく理解しているところだったのだろう。


「じゃあ、ボクは村長さんと話をつけてくるよ」

「おーう、行ってこーい」


 十数分後。


「話ついたよ」

「早ぇーよ」


 アータンがまだパン食べてる途中でしょおがぁ!




「「「クマッスル!!!」」」




 キンニクマも豆パン食べてる途中でしょおがぁ!

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