第47話:不思議・婦人警察官佐藤朱里視点

 ダウン症の子を保護してから1カ月半、ようやく身元が分かりました。


「どういう事ですか、どうやって大阪まで来たというんですか?」


 私は思わす、調べてくれた先輩警察官に詰めよってしまいました。

 ダウン症の子の名前は乾真由美、北海道の登別市に住んでいたというのです。


「さあな、飛行機や船は無理だから、電車でやってきたんじゃないか?」


「ですが、電車だと青函トンネルを通る時に発見されるのではありませんか?

 児童公園で保護した時には財布もなく部屋着の状態でしたよ。

 この辺の各駅停車ならともかく、青函トンネルを通過するような列車で、部屋着で無賃乗車は不可能でしょう?」


「家を逃げ出した時には財布を持っていたのではないか?

 服も外出着だったのではないか?

 腹立たしい事だが、大阪は治安の良い場所じゃない」


「それはそうかもしれませんが……」


「そんな事よりも、母親の死をどうやって伝えるかだ。

 母親だけでなく、真由美ちゃんを虐待していた男も一緒に死んでいる。

 俺は真由美ちゃんとって良かったと思うが、未だに庇っているんだろう?」


「はい、子ども食堂に慣れて、笑ってくれるようになりましたが、未だに名前も住所も話してくれません」


「虐待した母親たちを庇っているのは明らかだ。

 そんな子に、たった1人の肉親が死んだと伝えないといけなのだぞ」


「たった1人の肉親ですか?」


「ああ、血縁の人間はいるが、全員が真由美ちゃんの引き取りを拒否した」


「……そうですか」


「俺はその方が良かったと思っている。

 下手に親戚に引き取られて、肩身の狭い思いをして暮らすよりは、子ども食堂の姉御たちに育てられる方が、よっぽど幸せだ」


「それは当然です!」


「真由美ちゃんが未成年だとはっきりしたから、今後の事は朱里に引き継ぐぞ」


「分かりました、任せてください」


「虐待になるのか殺人未遂になるのかは分からないが、最大の容疑者がエキノコックス症で死んでしまっている。

 向こうのやる気次第だが、被疑者死亡での起訴で終わりそうだ」


 登別の警察署はやる気がないようですね。


「では、どうやって北海道からここまでやってきたのか、詳しく調べないで終わってしまうのでしょうか?」


「真由美ちゃんが死んでいて、母親と恋人が生きていたら、徹底的に調べられていただろうが、もう処罰するべき人間が死んでしまっている。

 捜査には莫大な費用が掛かるんだ、もう決着がついている事よりも、犯人が見つかっていない他の事件に人手や捜査費用を使うのは当然だ。

 朱里も悪事を働いた者が野放しにされるのは嫌だろう?」


「人手やお金がなくて十分な捜査ができないなんて……」


「全ての犯罪者を捕らえられるような人員を集めて、必ず犯人を捕まえられるだけの捜査費用を使ったら、この国に財政が破綻してしまう。

 もう破綻していると言う人もいるが、財政が完全に詰む、諦めろ」


「……分かりました、納得はできませんが、飲み込みます」


 警察の先輩には飲み込むと言いましたし、飲み込んだのですが、消化不良を起こして天子さんに吐き出してしまいました。


「世の中に不思議な事など山にようにあるだろう、気にするな」


「そうは言いますが、北海道の登別から大阪の柏原市まで逃げてきたのですよ。

 どうやったら、誰にも見つからずにやって来られるのですか?」


「そう言えば、秋田犬よりも大きな狐が真由美ちゃんを助けたとも言っていたね?」


「そうなんですよ、それも誰も信じてくれないんですよ。

 あの大狐は白髪稲荷神社の神使に違いありません!」


「朱里は神使だと信じているんだね?」


「はい、信じています、真由美ちゃんを助けるために出て来てくださったんです。

 天子さんたちの日頃の活動を見られているから、手助けしてくださったのです」


「だったら、真由美ちゃんが北海道からここに来られたのも当然だろう。

 親に殺されかけていた真由美ちゃんを助けようとして、呼び寄せたんだ」


「呼び寄せるって、いくらなんでも無理ですよ」


「呼び寄せるのを無理だと言ったら、大狐がいると言うのも無理な話だ。

 まして大狐が人を救ったなんて、誰も信じない話だぞ」


「それは……そうかもしれませんが……」


「朱里が大狐に会ったと信じるのなら、大狐が真由美ちゃん助けたと言い切るのなら、そのまま大狐が真由美ちゃん助けるための登別から柏原に呼び寄せたと思え。

 そうすれば、何が起きても不思議だとは思わなくなる」


「……だったら、どうして直接白髪稲荷神社に連れて来られなかったのでしょう?

 真由美ちゃんが自力で児童公園まで逃げてきたから、白髪稲荷神社から出て助けたと言いうのなら分かります。

 でも、真由美ちゃんを登別からここまで呼び寄せる力があるのなら、児童公園ではなく子ども食堂に直接呼び寄せればいいじゃないですか?

 そうすれば安全確実に保護できるじゃありませんか?!」


「本当にその方法が安全確実だと思うのかい?」


「はい、天子さんたちに保護されるのが1番安全で幸せになれます」


「その後でどうなるか考えてみな」


「その後ですか?」


「どこからともなく子供が現れたから保護しましたと言ったら、警察がそれを信じてくれると思うのか?」


「……信じません、誘拐したと疑って徹底的に調べます」


「マスゴミがどう反応するかわかるかい?」


「……子供を救いたいという動機で誘拐してきたと、ある事ない事書きます」


「そうなるのが分かっていて、神使様が子ども食堂に子供を呼び寄せると思うか?」


「思いません」


「あれほど都合よく、朱里が戻ってくるタイミングで、真由美ちゃんが児童公園にいた事が、偶然だと思うか?」


「それは、白髪稲荷神社の神使様が、真由美ちゃんを助けるために、私の前に呼び寄せられたのですか?!」


「私はそう思っているよ、こう見えても本職は巫女だからね」


 巫女、天子さんたちは巫女だったのですか?!

 子ども食堂に営む慈善事業家だとばかり思っていました。


 巫女だった天子さんたちが、子供たちを救おうと、白髪稲荷神社の境内に子ども食堂を造られたのですか?!


「私たちは神託を受けて、恵まれない境遇の子供やお母さんたちを救おうと子ども食堂を始めたんだ、今更神様や神使様を疑う訳がないだろう。

 私たちの事よりも朱里の事だよ」


「私の事ですか?!」


「白髪稲荷神社の神使様が、そのお姿を朱里の前に表されたのだ。

 朱里が神使様に見込まれたのは明らかだよ」


「見込まれると何か問題でもあるのですか?」


「恐らくだが、これからも虐待されている子供が朱里の前に現れるよ。

 朱里は警察官だし、家出している子を発見しても普通の事で、問題にならない」


「マジですか?!」


「マジだよ」


 天子さんが満面の笑みを浮かべて言う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あやかし子ども食堂 克全 @dokatu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画