::虐待される子供たち
第44話:虐待
先祖代々北の地に住む妖狐の一族がいた。
仙狐や神使を目指して修行の日々を送っていた。
ある日、白髪稲荷神社に仕える善狐から手伝いを頼まれた。
その手伝いとは、苦しい状況にいる子供を救う事だった。
親兄弟姉妹はもちろん、周りの者に苦しめられている子供を救う事だった。
頼まれはしたが、仙狐でも神使でもない野狐にできる事は限られている。
多くの野狐は、仙狐や神使どころか気狐にもなれていないのだ。
もう少しで気狐に成れる狐が少しいるだけで、多くは狐火に変化するのが精々で、とても人の子を助ける力などない。
「その方たちに直接助けろとは言わない。
苦しい状況にいる子供がいないか探して知らせてくれるだけで良い」
白髪稲荷神社に仕える善狐の長にそこまで言われて、大量の稲荷寿司と和蠟燭までいただいては、北の野狐を束ねる代表は言う通りにするしかない。
「神使長殿の頼みだ、皆頼むぞ」
白髪稲荷神社の神使長から直接頼まれた、北の野狐を束ねる男が言った。
「人に狩られる事がなくなったから、人里に行って子供の様子を見るくらい大した事ではないが、いつまで手伝えばいいのだ?」
次席の座にある野狐が言ったが、直ぐに反対する野狐が現れた。
「おい、おい、狩られる事は無くなったが、里に下りたら南からやってくる旅人や子供に追い回されるのだぞ、俺はやりたくない」
「それはお前がノロマだからだ。
南の旅人や子供に見つかるようなノロマで、化け術が未熟だからだ」
「なんだと?!」
日頃仲の悪い野狐が言い争いを始めた。
「バカ者、そのような事をしていて、神使長殿の怒りに触れたいのか?!
お前たちはもう神使長殿の差し入れ、稲荷寿司と和蝋燭を食べたのだぞ。
手伝わずにタダ食いしたとなったら、狐汁にされても文句が言えないのだぞ!」
「「「「「ひぃいいいいい」」」」」
余りにも実力の違う、白髪稲荷神社の神使長殿を怒らせるなど、野狐の中でも出来の悪い連中には、とても考えられない事だった。
神使長殿を怒らせたら、どれほどの罰を与えられるか考えるのも怖かった。
「確かに先に差し入れを食べてしまった以上、神使長殿を怒らせる訳ないはいかないが、死ぬまでずっと手伝う事はできない。
特に寒い時期は、生きるための餌探しで必死なのだ。
いつまでと期限を決めてくれ、それくらいの交渉はしてくれ」
若い野狐や弱い野狐の嘆きを聞いて、最初は賛成していた次席の野狐も、代表の野狐に条件を付けた。
「分かった、確かに若くて弱い者を長く手伝せるのは無理がある。
神使長殿にお願いして、期限を決めてもらおう」
北の野狐を代表する者は、決死の想いで神使長殿に交渉した。
だが、あっさりとこう言われてしまったのだ。
「我らもあの程度の差し入れで長く手伝ってもらおうとは思ってはいない。
あれはあくまで手付であり、日々の手当ては別だ。
手伝ってくれる野狐には毎日1羽の親鶏を渡す」
そこまで言われてしまったら、全力で手伝うしかなかった。
いや、食糧の乏しい冬には、餓死する者もいるのが野狐の苦しい生活だ。
比較的温かない人里に降りて、子供たちの様子を見て回るだけで、美味しい親鶏をお腹一杯食べられるのなら、喜んで手伝うのが普通の野狐だ。
その日から、北の大地に住む野狐は一族を総動員して人の子を見て回った。
親兄弟姉妹だけでなく、周りの者からケガをさせられ子供がいないか、親が餌を与えない子供がいないか見て回った。
「代表、子供と言うほど小さくはないのですが、自分で餌を取れそうにないノロマな子供が、母親の新しいツガイに殴られて大きなケガをしています。
逃げれば良いのに、逃げもせずに殴られ続けています。
母親も、1人で餌も取れない出来の悪い子供を見捨てる気のようです」
「バカ者、人を野狐と一緒にするな!」
代表は登別から十勝までのんびりと報告に来た若くて愚かな野狐を𠮟りつけた。
若いからしかたがないのだが、まだまだ智慧がついていないのだ。
苦しい状況の子供がいるのに見つけられない事も怒られるが、見つけていたの、助けるどころか直ぐに連絡もしなかったら、神使長殿を激怒させる。
本気で怒らせてしまったら、北の地に住む野狐は皆殺しにされてしまう。
代表は登別に向かって全力で駆けながら、遠く離れた白髪稲荷神社にいる神使長殿に、念話を使って事情を話した。
「二度とこのような失態を起こさないように、全ての野狐に今回の事を話して、次に同じ様な事あったら、北の野狐が皆殺しにされると言いなさい。
その証拠に、有珠山を噴火させるから、皆に見学させなさい」
「はっ、必ず。
二度とこのような失態のないように、厳しく言い聞かせます。
母親と母親の新しいツガイに殺されそうな子供を助ける事で、この度の失態を少しでも償わせていただきます」
「それはこちらでやる、お前には別の事を頼みたい」
「何なりとお申し付けください」
「母親と母親の新しいツガイに、野狐の病をうつしてやれ。
一気に大量にうつして、死んでもおかしくない病にしろ」
「承りました、ご指示された通り、野狐の病をうつしてみせます」
白髪稲荷神社の神使長である天子は、遠く離れた場所から、登別にいる子供を救おうと、神通力を使っていた。
「コーン!」
その子は安全な知的障害者施設に入所していたのに、無能無責任無情な児童相談所の職員が、母親が新しい恋人と同居している事を知りながら、母親の恋人にDV加害歴があるのまで知りながら、子供を自宅に戻らせて安全確認もしなかった。
母親の恋人から激しい暴力を加えられた女の子は、全身が激しく痛かった。
それ以上に、冷たい目で見るだけで助けてくれない母親に胸が痛かった。
何も食べさせてもらえず、激しい飢えと渇きに苦しんでいた。
先ほどまで情け容赦なく殴る蹴るを繰り返していた母親の恋人は、母親と共に糸が切れた人形のように眠っていた。
眠っている間に何か食べようかとも思ったが、見つかったらもっと激しく殴られ蹴られるのが分かっていたので、飢えと渇きを我慢するしかなかった。
そんな女の子の前に、不意に障子戸が現われ、とても温かない明かりが見えた。
明かりが見えただけでなく、我慢し難い美味しそうな香りがしてきた。
女の子は全身の痛み耐えながら、這って障子戸に近づいて行った。
立って歩く力も、障子戸を開ける力も無くなっていた女の子だったが、障子戸の方が左右に開いてくれたばかりか、女の子を飲み込み消えたのだった。
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