第43話:飢餓・文野綾子視点

 私は急いで天子さんに電話しました。

 集まっていた人の話では、子供の泣き声が日に日に弱まっていると言うのです!

 サツマが休むことなく玄関ドアをひっかき続ける、緊急事態なのです!


 手短に状況を話して天子さんの指示を仰ぎました。

 子供を助けるのに必要な最適の方法を聞きました。


「まずは119番して救急車と消防車を呼びな。

 母親が1カ月帰ってこないのに、中で子供の泣き声がすると」


「そんなウソを言っても良いんですか?」


「ウソとは限らないだろう、本当の事かもしれない。

 ウソだったとしても、子供たちを助けるためのウソなら幾らでも吐いてやる。

 何かあったら私が頭を下げるからそう言いな。

 太郎たちが警察に電話して、児相と府には苦情を入れている。

 綾子さんは安心して119番して救急車と消防車を呼ぶんだ」


「分かりました」


 私は天子さんに言われた通りの話をして救急車と消防車を呼びました。

 救急隊員さんと消防士さんは、この場にいるのに何もしない児相のクズとは違って、あっという間に駆けつけて、管理人に命じて玄関ドアを開けさせました。


 私が止める間もなくサツマが中に飛び込みました。

 救急車と消防車が来てからは大人しくしていたので、油断していました。

 慌てて追いかけたのですが、中はゴミ屋敷になっていました。


「ウォン、ウォン、ウォン、ウォン、ウォン!」


 サツマが必死の声で私を呼びました。

 ゴミの山に紛れるように、痩せ細った幼い子供が2人もいました。

 生れたばかりかと思えるくらい小さな子と、杉野勇平君よりも痩せ細った子。


「しっりしなさい、救急隊員さん!」


「分かっている、大丈夫だ、点滴も経口補水液も用意してある」


 直ぐ後ろから救急隊員の声がしました。

 慌てていたので、振り返って確かめることなく呼んでしまったのです。

 急いで振り返ると、救急隊員さんだけでなく消防士さんもいました。


 それからは、もう私のする事はありませんでした。

 天子さんたちが懇意にしているこども病院名を言うだけです。

 あっという間に痩せ細った子供2人をこども病院に連れて行ってくれました。


 ★★★★★★


 事の顛末は、天子さんが話してくれました。

 助けた子供、北井幸子ちゃんと北井洋司君を天子さんたちが引き取る事になったので、私たちも話を聞いておく必要がありました。


 可哀想な姉弟を大切にしたかったからです。

 私だけでなく、子ども食堂に通う人たち全員の想いです。

 事情を知っていないと、何気ないひと言で傷つけてしまうかもしれないのです。


 私が119番して話した事、母親が子供をマンションに閉じ込めて1カ月も帰って来なかった話は、嘘ではなくなりました。

 本当に母親は1カ月近く子供たちをマンションの部屋に放置していたのです。


 子供たちは瀕死の飢餓状態だったようで、1時間遅かったら死んでいたそうです。 

 経験豊富なこども病院の先生は、子供たちを助けるために胃を確認され、空腹に耐えかねて食べてしまった多くのゴミを発見して、適切な処置をされたそうです。


 危険な状態から脱するまでは、児童養護施設で受けいれられるくらいに体力が回復するまで、こども病院が入院治療してくれました。

 天子さんたちが育てても大丈夫になるまで、体力を回復させてくれました。


 標準の3歳児に比べると半分の体重しかない北井幸子ちゃん、標準的な1歳児の半分しか体重のない北井洋司君。

 専門的な知識と十分な養育経験がなければ育てられないです。


 北井幸子ちゃんと北井洋司君の治療が行われている間に、天子さんはどこかに圧力をかけて、児童相談所のクズ職員に辞表を出させました。

 北井幸子ちゃんと北井洋司君を柏原市の児童養護施設に入園させました。


 入院中に入園の手続きをしただけでなく、入院中に天子さんたちの従妹、葛葉さんが専門里親として育てる手続きまで終えていました。


 そして今、北井幸子ちゃんと北井洋司君が目の前で甘やかされています。

 葛葉さんが北井幸子ちゃんにご飯を食べさせてあげています。

 北井洋司君には、妹と名乗った女の子が離乳食を食べさせてあげています。


 飢餓状態だった北井洋司君は、まだ食が細いです。

 離乳食とは言いますが、今も半分以上はミルクで栄養をとっています。


 親鶏胸肉と豆腐とジャガイモをペーストした物を混ぜた、柔らかくて消化も良い団子を作って、洋司君の離乳食にしています。


 北井幸子ちゃんは、葛葉さんベッタリと甘えています。

 私の見ている範囲では、ひと時も離れようとしません。

 葛葉さんは、そんな幸子ちゃんを一切𠮟らず、甘えさせてあげています。


「はい、全部食べるんだよ」


 天子さんたちの指示だと思うのですが、葛葉さんは1日6回に分けて幸子ちゃんに食べさせてあげています。


 恐らくですが、飢餓状態を経験している幸子ちゃんは、満腹になっても食べるのが止められず、吐くまで食べてしまうのでしょう。

 過食症になっているか、過食症にならないように予防されているのでしょう。


 洋司君の離乳食にしている団子と同じ割合のハンバーグを、ケチャップ味にして幸子ちゃんに食べさせてあげています。


 食べ易く消化し易いようにペーストにした人参やブロッコリー、栄養満点のチキンスープを食べさせてあげています。


 身体だけでなく心も癒してあげようと、愛情を込めてお世話しているのが見て取れて、胸が熱くなり涙が流れそうになります。

 

「綾子さんも鈴音ちゃんと一緒に早く食べておくれ。

 今日も見廻りに行ってくれるんだろう?」


 姉弟をじっと見てしまっていた私に、天子さんが声をかけました。

 いけません、いけません、しっかりと食べて、万全の状態で見廻りするのです。


 3人も虐待されている子を救った事で、人助けに目覚めてしまいました。

 鈴音が1番大切なので、子供を公平に育てないといけない里親にはなれませんが、見廻りを増やす事くらいはできます。


 天子さんたちは、莫大な収益をあげた事で、番犬の見廻りにつきそう母子生活支援施設のお母さんたちを臨時職員にして、アルバイト代を支払ってくれました。


 母子生活支援施設だけでなく、施設に遠方にある母子生活支援施設のお母さんたちも臨時職員に採用されました。


 そういうお母さん方が何所にいるのかは、児童相談所や警察、小中学校や保育園幼稚園から情報を集められたそうです。


 今回の件と以前の件を理由に強気で府に掛け合って、普通なら手に入れられない情報を手に入れられたようです。


 表向きは公益社団法人として、生活困窮者の支援や児童青少年の健全な育成に必要な情報を、正式な手続きをして府から提供してもらった事になっています。


 その情報を使って、母子生活支援施設に入る事ができない、まだ苦しい状態にいるお母さんを平飼い親鶏料理専門店に雇ったのです。

 

 お母さんたちの希望に応じて、臨時職員として採用する場合もあれば、時給の良いアルバイトとして採用する場合もあります。


 もちろん、お母さんたちに付きまとう不幸の元、DV夫やDV恋人を警察を使って排除されていました。


 当然、幸子ちゃんと洋司君を餓死させる直前だった、母親の北井恵子と恋人を許す天子さんたちではありません。


 使える限りを影響力を行使されたのでしょう、母親は10年間の実刑、恋人はあらゆる余罪を明らかにされて30年の実刑となりました。


「お母さん、私もシナノとおさんぽに行きたい」


 晩ご飯を食べ終えた鈴音がワガママを言い出しました。

 鈴音の望みはできるだけ叶えてあげたいですが、危険な事は認められません。

 見廻りでは、交通事故にあう事もあれば、通り魔に襲われる事もあるのです。


「鈴音ちゃん、お母さんは仕事で見廻りするから、お散歩ではないんだよ

 施設のお友達が登下校する時も、中学生のお兄ちゃんお姉ちゃんだけが手綱を持っていて、小学生は持っていないだろう?」


「そうなの、おさんぽじゃないの?」


「ああ、おさんぽじゃないんだよ。

 鈴音ちゃんも小学校からここまで歩くのに疲れただろう?」


「うん、つかれた」


「シナノも疲れたから、今日は休ませてあげような」


「うん、シナノ休ませてあげる」

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